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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:二章】人里の村

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第八話 不浄を祓う太陽

 小屋には、村中の動ける者たちが集まっていた。


 ドアもなく、窓もない、ただの隙間から、

 村中の目が中を覗きこんでくる。


 それはひとえに異様な光景だった。



 地面を掘り下げただけの土の床に、わらを敷き詰めた屋根。

 山の上にある俺達の小屋と基本的な造りは同じだ。


 だが、この小屋の奥には、

 重い草屋根を支える太い柱が立っていた。


 壁も、屋根も、ずっと立派である。



 そして、何より――

 小屋の中央にはがあった。


 地面を四角く掘り込み、

 石で、縁を囲んだだけの粗末なものだ。


 だが、薪さえくべれば、強い火が起こせる。



――――――――――


「……う、うぅ……」


 土の床に敷いたむしろの上に、

 病に倒れた子供は寝かされていた。


「……コイシ……コイシ……」


 その母親の震える手が、子の小さな身体を抱き寄せる。

 搾り出すような声で呼びかけ続けていた。


 その名が、静かな小屋に何度も溶けていく。


(……コイシ、か……)


 俺は、母親へ視線を向ける。


「……お母さんの名前は?」


「……ぁ……アサメ……です……」


 一瞬の戸惑いを見せながらも、

 アサメは、か細い声で答えてくれた。



 母親の手足は細くやつれ、

 その粗末な麻の貫頭衣は泥に汚れている。


 自身もつらい状況のなか、

 子供のため、必死に踏みとどまってきた。


 そんな、痛ましい姿だった――



「あとは、俺たちに任せてください」


 そう伝えてから、俺は、炉の前に立った。



――――――――――


 村人たちの焚いた薪が、

 ぱちぱちと、赤い火を上げている。


「イミコ、火の前に……」


「……ぅん。……にぃに」


 なにをするかもわからず、

 不安だろうに――


 それでも、イミコは、

 俺のことを信じて動いてくれた。


 俺は、イミコの背後に回り、その小さな肩を支えた。



「それでは、お願いします」


 なみなみと水の入った大きな土器を、

 俺の指示に従い、村の男たちが火にかける。


 それを確認してから、

 俺は、イミコに耳打ちをする。


「火は、目に見えない魔物を殺す……そう伝えて」


「……んっ……」


 イミコは、たどたどしく……、

 けれど澄んだ声で、まわりの村人たちに言葉を紡ぐ。



「……ひ、は……みえない、わるいもの……ころす。

 ……この、ぉみず……きれいに、なる」


 イミコの背後から、

 俺は、懐から炭を取り出して炉の底へ放る。


 その次に乾いた薪を足す。

 すると、赤く息づいていた火が、たちまち勢いを増した。



 貴重な薪、普段の料理では無駄にしないよう、

 慎重に火を扱っていることだろう。


 だが、今夜は違う――


 容赦なく薪をくべて、

 火力を猛烈に押し上げていく。


 ぐつぐつと、土器の中の水が激しく泡立ち始めた。



「……おお、なんだあれ……」


 まわりで見ている村人から声があがる。


 立ちのぼる真っ白な湯気が、

 炎の熱に押し上げられ、小屋いっぱいへ広がっていく。



「……お、おい……あたりが真っ白だぞ……」


「……こんな大きな火、見たことねえや……」


 日常ではありえない火力と、蒸気の量に、

 窓から覗く顔たちが口々に言う。


 この非日常な光景こそが、

 彼らに「神秘」を錯覚させるだろう。


「……おねがいします……ああ、神様……」


 小屋の片隅では子を想う母親が、

 両膝を地面につき、両手を合わせて祈っていた。



(……そろそろ頃合いか)


 火にかけている土器が割れないか気にかけながら、

 俺は、イミコへ視線を向けた。


 村人たちに見せるための演出。


 ここまでは問題ない、予定通り、これなら――



 パキッ。


 不穏な音がした。


 微かな、けれど確かな――

 燃え盛る炎の爆ぜる音に違和感が混じっていた。



(……なん、だ……)


 音は、イミコの首元から。


 不浄の象徴と蔑まれていた、

 泥の塊に、一条の亀裂が走っていた。



「お、おい、あれ見ろよ……」


 猛烈な蒸気の熱と、水分によって脆くなった泥の層が、

 パラパラと剥がれ落ちていく。


 その崩れ落ちる泥の中から現れたのは――


 これまでの「灰色の世界」には、存在し得なかった色彩。



 深い、深い、緑――


 炎の光を吸い込み、

 その内側から神聖な輝きを放つ。


 それは巨大な、ヒスイの勾玉まがたまだった。



「あ……あぁ……なんだありゃ……」


 イミコの首元に、村中の視線が集まっていた。


「……か、輝いてる……」


「……きれいだなぁ……」


 火に煌めく勾玉の輝きは――


 まるで、イミコ自身が、

 太陽を纏っているかのようにも見えた。



「……忌み子じゃねぇ……」


「……こりゃ……火の……巫女様だ……」


 誰かがそう言い、一人が地面に額を擦りつけると、

 まわりもせきを切ったように。


 次々と、村人たちがその場に深く平伏ひれふしていった。



 予定外のことはありながらも、

 儀式という名の見せ方は、無事に終わった。


 ここからが本当の戦いだ。



――――――――――


 炉の火で沸かし、

 清めた水を別の器に移して冷ます。


 その間に、村に分けようと持ってきていたトウキを、

 丸い石で細かく擦り潰し、白湯さゆへ落とす。


「アサメさん、コイシを抱き起こしてあげて……」


 俺の言葉に、アサメの震える腕が、コイシの上体を起こす。

 コイシの息は浅く、意識は混濁していた。



「……のんで……きれいな、ぉみじゅだょ……」


 イミコが、薬草を薄く移した湯の入った器を、

 コイシの口元へ寄せた。


 干からびていた唇がわずかに開き、

 すこしずつ、喉の奥へと流し込まれていく。


 一度に飲ませてはいけない。

 弱り切った胃が驚いて吐き出してしまうからだ。


 俺は、火を通して奇麗にした水を浸した麻布で、

 コイシの額や首筋を丁寧に拭っていく。



 毒を出し、熱を逃がし、清潔を保つ。

 ただそれだけだ。


 だが、この時代には、

 それだけの手当てが奇跡になりえる。



――――――――――


 ずっと小屋の中は静かだった。


 炉の火が揺らめくたびに、影が壁を這う。

 村人たちは誰も口を開かず、ただ、じっと見つめていた。


 小屋の片隅では、アサメは両手を合わせたまま、

 声もなく、涙を流し続けている。


 イミコは、コイシの傍に寄り添い、

 小さな手で、その手をそっと握っていた。


 重い時間が流れ。


 それから、どれほど経ったか――



「……ん、ぁ……」


 むしろの上の、コイシの喉が、小さく鳴った。


「あ……! あぁっ……!」


 アサメが、顔を覆って泣き崩れる。


 荒く、乱れていたコイシの呼吸が、嘘のように穏やかになっていた。

 土気色に沈んでいた頬に、わずかな赤みが差している。


 閉ざされていた目が、ゆっくりと開かれる。


「……おかあ、さ……」


 掠れた細い声。

 だが、コイシの意識は戻ってきた。


「……み、巫女様……! 巫女様、ありがとうございますだ……っ!」


 アサメが、床に額を擦りつけ、イミコの足元に何度もすがる。


 小屋の入り口に集まっていた村人たちが、

 また、一斉に平伏する。


「……よかった、ね……にぃに」


「ああ、イミコの祈りが通じたんだ……」


 俺は、静かに胸を撫で下ろす。



 イミコの慈しみが、人を動かした。

 俺の知恵が、命を繋いだ。


 どちらが欠けても、

 こうはいかなかっただろう。


 だけど、俺達二人が揃っている限り、前に進める。


 そんな手応えを感じていた。


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