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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:夏】七章「三野の名張侵攻」

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第六十一話 戦のあとしまつ

◇【イミナ】視点◇



 日も暮れて、

 名張は、深い闇に沈む。


 北に向かい遠ざかる松明の行列が、

 名張の山から、よく見えた。


 ひとつ。


 また、ひとつ。


 小さな灯が、闇に揺れながら、

 ゆっくりと離れていく。



――――――――――


「どうやら、上手くいったようです」


 俺は、小さく息を吐いた。


 大きく見えた三野の兵の固まりは、

 今や、か細い火の列となっていたのだ。



 三野は、理解してくれたのだろう。


 これ以上、踏み込んでも、

 得るものはない。


 名張の山に入れば、

 失うものばかりが増えていく。


 そう、思わせることができたのだ。




「ぜんぶ、にぃにの言ったとおり……」


 隣で、イミコが呟いた。

 その声には誇らしさが混じっていた。


 俺は、苦笑するしかない。


 全部などではない。

 常に、ぎりぎりの綱渡りだった。


 すこしでも足を踏み外せば、

 村も、倉も、人も、すべては谷底へ落ちていた。


 それでも、今、名張の火は消えてなかった。



――――――――――


「おお、ここじゃ、ここじゃ」


 山の下から聞き慣れた声がした。


 松明の明かりが、

 揺れながら上がってくる。


 シラガだ。


 その後ろに、タケ、イワホコ、ハヤト、

 他の名張の男衆たちが続いていた。



 皆、無事だった。


 だが、その姿は、

 戦の前とは似ても似つかない。


 シラガの白い髪には、土と、木の葉が絡み、

 衣の裾は泥を吸って重く垂れていた。


 頬には細い擦り傷がある。



 タケはさらにひどい。


 その片腕に布を巻き、

 衣の端が裂け、髪も乱れきっていた。


 それでも目だけは鋭く、

 いまだ獣のような光を失っていなかった。



 イワホコは肩で息をしていた。


 片頬に赤い跡があり、


 耳の横には細い木片が、

 引っかかったままだった。



――――――――――


「みなさん、無事でなによりです」


 俺は、頭を下げた。


「ここまで上手くいくとはな」


 タケが、かすれた声で言った。


 勝ち誇る声ではない。


 ただ、やっと一息吐けた。

 そんな声だった。



「みなさんのおかげですよ」


 名張の丘で、命を懸けた男衆。

 名張の村から、物資を運んだ女衆。


 子供や高齢者を背負い、

 この名張の山まで逃がした若衆。


 人形を立て、旗を張り、

 空の村を作り上げてきた者たち。



 それら、すべての手によって、

 名張は、首の皮一枚で生き延びたに過ぎない。



――――――――――


「三野は、あんな大勢の兵がいるのに、

 なぜ退いたんだ」


 イワホコが、遠ざかる松明の列を眺めている。



「見えないというのは、恐ろしいんですよ」


 俺は答えた。


「相手がどこにいるのか、何人いるのか。

 何を守り、どこを攻めればいいのか、分からない」


 この戦、それが見失われるように。

 名張の姿が「隠れる」ように徹底してきた。


「それだけで、人は前へ進めなくなります」



 夜の山に見えない敵、

 姿を消した仲間。


 空の村から、

 何も得られない戦。


 そこまで重なれば、退くしかない――


 そう判断できる者達であってくれと、

 そう、俺は願った。


 そして、それは現実となった。



「もし、三野が退かなければ、

 この倉が最後の防ぎになったでしょう」


 そうなれば。


 女、子供、年寄りには荷を捨てさせ、

 三輪へ向かわせるしかなかった。



 名張村を捨てる――


 その判断は喉元にまで迫っていた。



 勝ったのではない。


 どうにか生き残れた。


 本当に、ただそれだけなのだ。



――――――――――


「頼んでいたことは」


「手はず通りじゃ」


 シラガが小さく頷いた。


 その視線の先に、

 本隊とは別の松明の列があった。



 名張の男たちが、

 負傷した三野の兵を率いている。


 腕を、布で吊った者。

 脚を引きずる者。


 縄で、手を縛られている者もいる。



 三野から見れば、先発隊は、

 壊滅したように見えたのかもしれない。


 だが、名張は、殺し尽くしていない。


 できる限り動けなくし、押さえ、捕らえた。



――――――――――


 今回の戦にまつわる、

 諸々の評定は、後にするとして。


 まず、戦の後始末だ。



 敵と味方。

 勝者と敗者。


 その、線引きが示された。



 次は、これらの結果をもってして、

 どのような利を導くのか。


 それらのすべてを含めたものが。


 戦、なのだから――


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