第六十一話 戦のあとしまつ
◇【イミナ】視点◇
日も暮れて、
名張は、深い闇に沈む。
北に向かい遠ざかる松明の行列が、
名張の山から、よく見えた。
ひとつ。
また、ひとつ。
小さな灯が、闇に揺れながら、
ゆっくりと離れていく。
――――――――――
「どうやら、上手くいったようです」
俺は、小さく息を吐いた。
大きく見えた三野の兵の固まりは、
今や、か細い火の列となっていたのだ。
三野は、理解してくれたのだろう。
これ以上、踏み込んでも、
得るものはない。
名張の山に入れば、
失うものばかりが増えていく。
そう、思わせることができたのだ。
「ぜんぶ、にぃにの言ったとおり……」
隣で、イミコが呟いた。
その声には誇らしさが混じっていた。
俺は、苦笑するしかない。
全部などではない。
常に、ぎりぎりの綱渡りだった。
すこしでも足を踏み外せば、
村も、倉も、人も、すべては谷底へ落ちていた。
それでも、今、名張の火は消えてなかった。
――――――――――
「おお、ここじゃ、ここじゃ」
山の下から聞き慣れた声がした。
松明の明かりが、
揺れながら上がってくる。
シラガだ。
その後ろに、タケ、イワホコ、ハヤト、
他の名張の男衆たちが続いていた。
皆、無事だった。
だが、その姿は、
戦の前とは似ても似つかない。
シラガの白い髪には、土と、木の葉が絡み、
衣の裾は泥を吸って重く垂れていた。
頬には細い擦り傷がある。
タケはさらにひどい。
その片腕に布を巻き、
衣の端が裂け、髪も乱れきっていた。
それでも目だけは鋭く、
いまだ獣のような光を失っていなかった。
イワホコは肩で息をしていた。
片頬に赤い跡があり、
耳の横には細い木片が、
引っかかったままだった。
――――――――――
「みなさん、無事でなによりです」
俺は、頭を下げた。
「ここまで上手くいくとはな」
タケが、かすれた声で言った。
勝ち誇る声ではない。
ただ、やっと一息吐けた。
そんな声だった。
「みなさんのおかげですよ」
名張の丘で、命を懸けた男衆。
名張の村から、物資を運んだ女衆。
子供や高齢者を背負い、
この名張の山まで逃がした若衆。
人形を立て、旗を張り、
空の村を作り上げてきた者たち。
それら、すべての手によって、
名張は、首の皮一枚で生き延びたに過ぎない。
――――――――――
「三野は、あんな大勢の兵がいるのに、
なぜ退いたんだ」
イワホコが、遠ざかる松明の列を眺めている。
「見えないというのは、恐ろしいんですよ」
俺は答えた。
「相手がどこにいるのか、何人いるのか。
何を守り、どこを攻めればいいのか、分からない」
この戦、それが見失われるように。
名張の姿が「隠れる」ように徹底してきた。
「それだけで、人は前へ進めなくなります」
夜の山に見えない敵、
姿を消した仲間。
空の村から、
何も得られない戦。
そこまで重なれば、退くしかない――
そう判断できる者達であってくれと、
そう、俺は願った。
そして、それは現実となった。
「もし、三野が退かなければ、
この倉が最後の防ぎになったでしょう」
そうなれば。
女、子供、年寄りには荷を捨てさせ、
三輪へ向かわせるしかなかった。
名張村を捨てる――
その判断は喉元にまで迫っていた。
勝ったのではない。
どうにか生き残れた。
本当に、ただそれだけなのだ。
――――――――――
「頼んでいたことは」
「手はず通りじゃ」
シラガが小さく頷いた。
その視線の先に、
本隊とは別の松明の列があった。
名張の男たちが、
負傷した三野の兵を率いている。
腕を、布で吊った者。
脚を引きずる者。
縄で、手を縛られている者もいる。
三野から見れば、先発隊は、
壊滅したように見えたのかもしれない。
だが、名張は、殺し尽くしていない。
できる限り動けなくし、押さえ、捕らえた。
――――――――――
今回の戦にまつわる、
諸々の評定は、後にするとして。
まず、戦の後始末だ。
敵と味方。
勝者と敗者。
その、線引きが示された。
次は、これらの結果をもってして、
どのような利を導くのか。
それらのすべてを含めたものが。
戦、なのだから――




