第五十三話 隠の倉
高床の倉を作るにあたり。
三輪の者たちから、
名張は「板材」について教わった。
木漏れ日の落ちる名張の山。
三輪連由良が、皆の前に立って話す。
「こちらの幅広い石斧で面を削り、
丸太を割った物を、平らに近づけます」
「おお、こんな形の斧が……」
シラガが、感心したように石斧を眺める。
後に扁平片刃石斧と呼ばれるもの。
「その後、こちらの細長い石斧で、
柱の欠き込みや、細かな削りに使います」
こちらは、柱状片刃石斧だろう。
「これにより木を蔓で縛るだけではなく、
板同士の嚙合わせによる建築が可能となります」
名張の者たちは目を丸くしていた。
名張の得た最大の恩恵は、
正直、ここにあるのかもしれない。
それぐらいに大きな技術である。
――――――――――
次に、俺の出番だ。
「では、それらを基に、
名張の高床の構造を説明します」
三輪からの技術は、正直、助かった。
俺の頭にある「膨大な知識」に、
高床式倉庫の造りに関する情報はある。
だが、それらにどうやって着手するのか、
その具体的な工程に困っていたのだ。
あとは、もう、なにも心配はない。
「まず、三輪の方一人に対して、
名張の者は二人で組をつくってください」
三人一組を作る。
あくまで三輪に教えてもらう形を取る。
それによって潤滑な関係性が得られるだろう。
「ふむ、こんなもんかのう……」
村の長であるシラガが調整をしながら、
即興の班が用意された。
「それじゃ、さっそく取り掛かるか」
イワホコの掛け声に、
村の男衆の声が大きくあがる。
それから、カン、カンと木を割り、
ズリ、ズリと板を削る音が響きはじめた。
「……にぃに、みんな、楽しそう……」
イミコが、俺の袖を掴んで言った。
「そうだね」
俺たちや、村の子らは、
そんな光景を離れた所から見守る。
大人たちの背中に学ぶことも、大事である。
そして――
「一緒にひとつのものを作ることで、
人は、ひとつになれる」
そんな手応えを、
俺は、目の前の光景に感じていた。
三輪と、名張が、
少しずつ噛みあっていく。
名張の村に続いて、
名張の山も、賑わってきた。
――――――――――
高床の倉が完成には、数日を要した。
「……わぁ、すごぃ……」
見渡す限りの青空。
高くそびえる名張の山。
そこに、ひっそりと佇む、
名張の山小屋。
そこに、村の者たちしか知らない、
秘密の倉が建った。
それは「隠の倉」とも呼べるだろう。
「上手くいったな……」
俺は独り言ちる。
この「隠し倉」を、
三輪の者たちと一緒に作ること。
それ自体に意味があるのだ。
名張の「隠し倉」を三輪に明かしている。
それは、三輪に「信」を置いているという証である。
そして、
三野は知らない。
名張と、三輪の強固な繋りを――
「それでは普段使いの、
食料や、物資は村に残しつつ……」
俺は、村の者たちに声を掛ける。
「収穫した穂などを中心に、
それ以上の物を倉に分けましょう」
名張の村だけに置くのは良くない。
この、隠の倉にだけ置くのも良くない。
大事なのは「分ける」ことだ。
万が一の際、その被害を。
「あと、大事な種もかな……」
「たね……?」
「種は、次の春にむけた、村の命だからね」
「つぎの、はる……」
イミコは首をかしげる。
名張の山に「日時計」を建てた時から、
日を数えることに村人たちは馴染み始めていた。
けれど、幼いイミコにとって、
次の寒さを越えた先という遠さは、
まだ、うまく掴めてないのかもしれない。
「木が、みんな枯れて、寒いのが来て、
それが終わった後のことだね」
「……ここ、命のおうちになるんだね……」
そんな、イミコの何気ない言葉に、
周りは静まり返った。
命のおうち――
それは、子供の戯言に過ぎないかもしれない。
だが、冬の厳しさを知る者たちにとって、
それを笑えるはずもなかった。
「命のおうちか……」
俺は、山小屋に視線をむける。
* * *
まだ、寒さも厳しい頃。
この山小屋で、
俺と、イミコは死にかけていた。
本来の歴史における俺達は、
おそらく、あそこで死んでいたのだろう。
イミナと、イミコの二人は。
本来の歴史上の「誰でもない」のだと思う。
そんな俺達は、今、
この名張村の芯となっている。
いつの頃からか、
この名張の村に深く根付いていた。
* * *
例え、名張の村が崩れても。
名張の山が残ってさえいれば、
何度でも立ち上がれる。
この「隠の倉」は名張の最後の生命線。
そう、言えるのかもしれない。




