第五十一話 焦がしのカカシ
名張の村に三つの人影。
だが、それは、人と呼ぶには、
あまりにも異形な姿をしていた――
まっすぐな枝が大地に突き立てられ。
一本の横木が、萱と、枯れ草で、
しっかりと巻きつけられている。
その頭には草束を丸められ、
肩から古い布が垂れる。
布の端は、わざと細く裂かれており、
風を受けるたび、人の袖のように揺れていた。
胸元には骨片や、貝殻が蔓で吊るされており、
風が吹くたび……から、から、と乾いた音を鳴らす。
つまりは案山子だ――
――――――――――
「何度見ても妙なものですね……」
ユラが、少し困ったように笑った。
「人のかたちに見えれば、それで十分です」
「形は粗いが、しっかり立っているぞ」
イワホコが誇らしげに胸を張る。
実用面で言うなら、
頑丈な作りになっているのだろう。
「……にぃに、これ、畑のひと?」
「そう、畑守りだ」
「畑守り! 畑守り!」
まわりにいた村の子たちが、
面白がって繰り返す。
なんでも笑える年頃なのだろう。
あ、俺も、同じ年頃のはずなのだが。
広場の中央に『隠の旗』が風にたなびく。
今日、その足下に、三つの畑守りが誕生した。
名張には、もともと「こがし」という伝統があった。
焦がした獣の脂、焼いた毛、魚の頭。
そうしたものを畑の端に置き、鳥や獣を遠ざける。
臭いで害獣を追い払う知恵のことである。
そこに人影と音を足した。
つまり、それが案山子だ。
臭い、揺れ、音が重なれば、
害をなす獣も警戒をしてくれるはず。
そして、それは人も同様であろう。
そんな三体の案山子を、
今日は、名張の村に立てる。
――――――――――
一本目の案山子は、巫女の沢。
そこに広がる水田は、
すっかり、青くなっていた。
頼りない草にしか見えなかった苗が。
今では、水面の上に、
しっかりとした葉を伸びていた。
「根づいたな」
「……ねづいた……?」
「もう、挿しただけの草じゃない。
この苗は、ここで生きると決めたんだ」
この田では、主に米が植えられており、
名張村を支える最重要の場ある。
水田の向こうでは、シラガが骨笛を吹いている。
三人一組になった若衆が動き、
次の場所へと移っていく。
二本目の案山子は川から離れた、土畑。
そこでは、様々な種類の穀物が、
実を結び始めていた。
「……これは、穂……」
まだ、黄金色ではない。
指で触れれば壊れそうなほど柔らかい。
他には豆類や、雑穀、菜など。
田よりも、こちらの畑のほうが先に、
収穫期を迎えそうだ。
今日も、イワホコが若衆を率いて、
畑仕事に励んでいた。
三本目の案山子は、環濠の橋の前。
外から名張に侵略しようとする者が、
必ず目にする場所だ。
「こんなところにも立てるのか?」
丁度、狩猟で獲物を狩ってきたタケが、
他の物達と揃って、訝しげな表情を浮かべる。
「鳥や、獣が食べにきそうな物はないが、
この人擬きで、なにを追い払うつもりやら」
なにかと含みのある微笑みを浮かべて、
タケは、村に入っていった。
そう、ここの案山子だけは役割が違うのだ。
――――――――――
「みんなで、三人だね」
イミコが笑顔を浮かべていた。
「え、三人……?」
田を見守る者、畑を見守る者、
村の入口を見守る者。
確かに三体の案山子だが。
「三人なら、ひとりぼっちにならないね」
「ぁ……」
その瞬間、胸を突かれた気がした。
俺にとっては、効率と、安全のための藁人形だが。
イミコには違った。
田畑を見てくれる人型、村を見守ってくれる人型。
これらも村人に思っているのかもしれない。
「そうだね、これからも増やしていくから、
彼らも賑やかになっていくよ」
青い穂が、風に揺れる。
広場に赤い旗が立った。
田には苗が根づき、畑には穂が出てきた。
そして、村には三つの畑守りが立つ。
着実に、その日にむけた備えが進んでいる。
見上げる空は青く、白い雲は高く連なる。
暑さを覚える季節がやってくる。




