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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年・春】五章「三輪の国」

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第三十九話 三輪の夜

 三輪君みわのきみとの謁見も無事に終わり。

 神殿を後にする頃には、日が傾きはじめていた。


 夕陽に赤く染まっていく三諸山みもろやま


 それは、静かに美しかった。



「名張の皆さまを無事に案内ができ、

 肩の荷がおりました」


 三輪之真人みわのまひとが表情をゆるめる。

 そこには年相応のあどけない笑顔があった。


「それにしても、やはり、

 イミナ殿は普通の子に思えませんね」


 左右で髪を丸めて束ねた美豆良みずらの似合う、

 よく整った目鼻立ちをしていた。


 そんなことに今更気付くのは、

 俺も、かなり緊張していたのだろう。



「今日の成功は、この場の皆が、

 それぞれのことをやり切った結果ですよ」


「……にぃに、すごぃ……」


 イミコは嬉しそうに俺の袖を引く。

 その深緑色の瞳が、嬉しそうに輝いていた。


「みな、よう頑張った……」


 シラガは、口元をゆるませ、

 その顔のしわを深めながら静かに頷いた。



 三輪に到着した頃より、

 この場の誰もが、その表情をやわらげていた。



――――――――――


 その日。


 俺達が案内されたのは竪穴住居。

 三諸山みもろやまの麓に建ち並ぶ宿所のひとつだった。


「広いのう」


 シラガが感嘆の息を漏らす。

 名張の村の一般的なものより広い作りだった。


「壁や、柱も、綺麗ですね、

 こまめに補修を施しているのでしょう」


「……寝るわら、ふかふか……」


 寝るために用意されたむしろわらは厚い。

 火を使う場所も、きちんと整えられている。


「名張も見習わなくてはな……」


 まわりを見渡しながら、シラガは呟いた。

 その一言には、様々な想いが混じっているのだろう。



 しばらくして、三輪の村娘によって食事が運ばれた。


 温かい粥に、塩気のある汁。

 火を通した副え物がいくつか並ぶ。


「……いい匂い……」


 囲炉裏を囲むように座っている最中。

 イミコの声が、少し弾む。


 木の器から立ちのぼる湯気に、

 俺も、自然と喉が鳴った。



「ほぅ、これは塩加減が絶妙じゃな……」


 シラガが舌鼓したづつみを打つ。


 名張では、貴重な塩である。


 この味を日常から出せる三輪の国の力が、

 粥の、ひと口から伝わってきた。



――――――――――


 夕餉も済ませ。


 俺達は、パチパチと声をあげる火を

 ただ静かに眺めていた。


 そして――



「あそこまで言葉を立てられる者など、

 名張の村には、おらなんだ」


 囲炉裏の火の向こうから、

 シラガが、ぽつりと呟いた。



「おぬしがおらねば、この先、

 名張が生きていくことは難しいだろう……」


 シラガの声は大きくない。

 それから、まっすぐ、こちらを見ると。


「これからも、よろしく頼む……」


 名張でも最年長であろう、名張臣なばりのおみ白髪しらがが、

 年端もいかない俺に頭を下げた。


 誰も見ていない、この場所で。

 そうする必要もないのに。


 それだけに重い言葉だった。



「まだ、これからです」


 俺は、ゆっくりと頭を下げた。

 言葉を選びながら返す。


「今日の一歩は大きいですが、

 名張が、本当に立つのはこの先です」


「そうじゃな……、

 わしも、まだ倒れるわけにはいかんの」


 シラガと軽く笑い合った。



 その時、袖がちょん、と引かれる。


「……にぃに」


 イミコが、寝ぼけ眼で話しかけてくる。

 俺達の会話中、無理して起きていたようだ。


「……よかったね」


「ああ、よかった」


 そっと頭を撫でると、

 イミコは、少しだけ目を細める。


「……おやすみ……」


 そのまま、むしろへ潜り込み、

 すぐに静かな寝息を立てはじめた。



――――――――――


 翌朝。


 三輪の空は青く澄みわたっていた。


 ひやりとした朝の冷気が、頬を撫でる。


 木々の匂いに、

 遠くで火を起こす煙の気配。


 鳥の声と、どこかで人が動き始める物音。



 人が多く、動きも早い。


 だが、皆の動きは整然としており、

 そこに騒がしさを感じない。


 大きな共同体が、静かに目を覚ましていく。



「ん~~~~っ」


 俺は、自分の小さな手足を伸ばし、

 胸一杯に空気を吸い込んだ。



 三輪と繋がった。


 その重みが、

 今は、まだ新鮮だった。


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