第三十七話 火の巫女のことば
「こちらが火の巫女となります」
三輪の正堂にある、
すべての視線がイミコに集まる。
さて、ここから、どう話を運ぶか。
そう考えていると――
「……ひ、は……」
不意に、小さな声が正堂に通る。
イミコだった。
俯いていたイミコが、
その顔を上げ、前を見ていた。
「……ひ、は……みえない、わるいもの……ころす」
ゆっくり、イミコが言葉を口にする。
「口もまわらない、童じゃないか……」
左右に並んだ者達から、ざわめきがあがる。
憐みとも、同情ともとれる言葉の
数々が聞こえてくる。
「……よごれた、ぉみず……きれいに、なる」
その言葉に、覚えがあった。
泥水を濾し、炭と、灰と、砂を重ね、
飲める水を作ったあの日――
俺が、話したことを、
イミコは、ちゃんと覚えている。
幼い頭に刻み、自分の言葉として、
落とし込んでいたのだ。
「水を、綺麗に……だと……」
まわりから疑惑の声があがる。
人類は、古くから水を火にかけてきた。
どんぐりの苦みを抜くため。
海水を煮詰めて、塩を得るため。
冷えた身を温める、湯を作るため。
火にかければ、ものは変わる。
それは、この時代の誰もが知っている。
だが、汚れた水を分けること――
さらに「火を通す」ことで、
目に見えぬ「病のもと」まで弱めること。
後世で「消毒」と呼ばれる理。
それらは、この場にいる者たちにとっては、
まだ、名すらない「奇跡」なのだ。
この正堂に座する、
その誰もが、口を挟むことすらできない。
だが、全く理解できないわけでもない。
誰もが経験則において、
その言葉に真実を感じずにはいられない。
水の穢れをはらう――
その言葉には強烈な実体験が伴っていた。
――――――――――
気が付けば、場の空気は、
イミコの言葉に支配されていた。
「……おみずも、ひも、よごれも……」
幼い舌が、ひとつひとつ確かめるように動く。
言葉はたどたどしく、
口は、まだ、十分にまわらない。
なのに、声を発するたび、
この場の空気を引きよせていく。
「……みんな、ばらばらに……まぜるのは、いけない……」
ただの俺の真似ではない。
これは、もう、イミコの言葉である。
火の巫女として、イミコ自身の理解が語られている。
「あの童の……いや、巫女の言葉にも一理あるかもしれぬ……」
東の側、知識層となる者達の視線が変わる。
目のまえに居る子の言葉が、
ただの妄言か、何かしらの真理か――
それらを推し量ろうと、
誰もが、その耳を傾けていた。
――――――――――
「ひとつ聞こう……」
三輪君が沈黙を破った。
それだけで、場の空気がまた一段締まる。
「その力とやらは……なぜ、おぬしに宿るのだ?」
「……みんなが、イミコを、しんじて……、
……ひとつになってくれることが、だいじ……」
俺の言葉を、なぜ、イミコが代弁するのか。
そう尋ねられた時の答えだった。
「人心を、一つにする……そのためにか……」
三輪君は言葉を咀嚼するように、
何度も頷いてみせた。
――――――――――
それからしばらくして。
「この三輪においても……、
病には、常に悩まされているのだ」
三輪君が、おだやかな声をあげた。
「効果があるというのなら、
ぜひ、活かしてみたいものよな……」
やわらかい微笑みだった。
「だが」
その声に正堂の空気が凍りつく。
「それが謀りだとわかれば、ただではおかぬぞ……」
やわらかく受け、利を見据えながらも、
その最後には責を問う。
三輪君意富多多泥古――
実に、筋の通った恐ろしい男である。
そのとき。
「具体的な内容につきましては、後ほど、
使者の方を通してお伝えする用意がございます」
マヒトが静かに割り込んだ。
イミコの神秘を実務へ落とす。
その架け橋が、きっちり果たされた。
――――――――――
イミコの活躍により場が繋がれた。
それなら、俺は、
その先へと打って出る。
次は、俺の番だ――
「恐れながら、申し上げますに」
俺は、三輪君に視線を向けて声をあげる。
「火の巫女は、ただ病を退けるだけにありません」
この場の視線が、すべて俺に集まった。
ここから、さらなる利をもって、
三輪を引きずり込む。




