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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:春】四章「糧を増やす」

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第二十八話 名張に根付いた田畑

 名張の朝は、ひやりとする。


 山小屋の前、その草木の先には、

 夜露が光っていた。



「ふぅ……」


 俺は、耳の横に付けるように両腕を上げる。

 ゆっくりと背筋を伸ばしていく。


 それから、肩甲骨を意識しながら、

 ゆっくりと腕を振りおろし。


 次に、腰を左右にひねり、筋肉をのばして――



「……にぃに、なにしてるの……?」


 小屋の戸口から、イミコの眠たげな声がした。


 少し寝癖の残る、腰まで伸びた黒髪を揺らしながら、

 こちらを不思議そうに見ている。


「これは、身体を温める動きなんだ」


「……うごき?」


「一緒にやるか?」


「……ぅん!」


 イミコは、ぱちりと目を瞬かせて、

 すぐに小さく頷いた。


 隣へ、ちょこちょこと駆け寄ってくる。



「よし」


 再び、俺は両腕を上げる。

 イミコも、俺の動きを真似してくる。


 深呼吸をしながら、

 ゆっくりと肩をまわす。


 イミコも、ぎこちなく、くるくると腕を回していた。


「じょうず、じょうず」


 イミコの腕は半拍遅れ、足は逆に出る。


「……こう……こぅ……」


 初めてする身体の動き。

 それは、ちぐはぐな動きだった。



 そして。


「……ぽかぽか、してきたっ……」


「ああ」


 俺も、背や肩のあたりから、

 じんわりと熱が起きてくるのを感じていた。


 寒い早朝でも、身体を動かせば芯から温まる。

 やはり、人の身体はよくできている。



――――――――――


「なにをしておるんじゃ、二人とも……」


 しわがれた声がした。


 杖をついたシラガが、

 供の男を二人連れて立っていた。


 イミコは、俺の後ろへ半歩隠れる。



「朝から、また妙なことをしておるのう」


 シラガは、俺たちを見比べて笑った。


「妙なこと、ですかね」


「儂の目には、そう見える」


 だが、その口ぶりに本気の呆れはない。

 村の長としての探求心が見え隠れしていた。


「万病を祓う、おまじないのようなものですよ」


「ほう、それは……興味深いの……」


 シラガは顎に指を寄せ、

 俺の動きを、つぶさに観察していた。



「お、それより、今朝は、

 おぬしたちに頼みがあっての……」


「頼み、ですか……」


 年端もいかない身体のちいさな子に、

 村の大人が頼りにしてくる。


 そんな不思議な光景に、

 すでに慣れ始めてきている自分がいた。



「病から立ちなおり、村が、やっと土へ戻り始めた。

 おぬしたちにも見ておいてほしいのじゃ」


「土へ戻る、ですか……」


 つまり、農作業を始めているということだ。


 実際、春に向けて土を起こす様子など、

 これまでに何度も見かけている。


「見てまわるくらいなら構いませんよ」


「うむ、それで頼む」


 シラガが、満足そうに頷いた。



――――――――――


 山を下る道すがら、

 イミコは、まだ小さく腕を回していた。


「気に入ったの?」


「……あったかく、なるから……」


「そんなに良いものなら、

 村の衆にもやらせてみるかのう……」


 シラガが、ふっと笑った。


「それは良いかもしれませんね」


 健康的な身体つくりや、

 作業中の怪我予防にも繋がるはずだ。



「……あ、ナバリの村だ……」


 イミコが呟いた。


 山の樹木が開けると、

 その眼下には名張が広がっていた。


 平野の中央には、

 環濠に囲まれた竪穴住居の集まった小さな村。


 その北東へ目をやれば、巫女の沢。

 沢沿いには、ひらけた低地が広がっている。


 反対側の村の西方面。

 その乾いた地には小さな畑が並ぶ。


 それらの外側には、

 人の手が行き届かない大自然。


 山裾と、草地の緑が広がっていた。



――――――――――


 巫女の沢のまわりには、

 すでに、何人もの村人が出ていた。


 泥に足を取られながら水口をいじる者。

 畦の崩れたところへ土を盛る者。


 その中に、出戻り組のカヤがいた。

 額に汗をにじませ、膝まで泥の中に入っている。


「あ、イミナさま」


「励んでますね」


 俺が、そう声をかけると、

 カヤは少し照れたように目を伏せる。


「はい」



「ここが、村でいちばん大事な田になる」


 シラガが、沢から引かれる細い流れを見ながら言った。


「水を受ける田ゆえ、難しい。

 あぜが崩れれば水は逃げ、

 水口が詰まれば、入るものも入らん……」


 シラガが杖の先で水口を指す。

 水を引き、保ち、均し、季節に間に合わせる。


「田というものは、一年手を離せば、

 すぐにへそを曲げるでな……」


 田は、ひとつひとつの手順に経験がいるようだ。



――――――――――


 巫女の沢から、

 村の入口を挟んで、その反対側。


 村の西側にあたる、

 乾いた地に広がる畑に来た。



「おう、見回りか」


 イワホコが鍬を肩に担いでいた。


「こちらは若い人が多いんですね」


 若手の男衆が土を返している。


 また、他にも女衆が、抜いた草をまとめたり、

 うねになるところを整えたりしていた。


「あー、巫女さまだー」


 子どもたちも、細い手で草や小石を運んでいる。



「畑は、沢の田ほど難しくないからな」


「そうなんですか?」


「こっちは頭を使わず、

 身体を動かすことが重要だからな」


 水田の空気が、緊張を含んだ作業だとすれば、

 畑のほうは人の暮らしの延長に近い。


「田と、畑……どちらも違うんですね……」


「田が村の柱なら、畑は日々の飯の足だな……。

 どっちが欠けても困る」


 その言い方は、いかにも、イワホコらしかった。



――――――――――


 名張の田や、畑を見てまわり、村へ戻る。

 その環濠にかかる小さな橋。


「村が、きちんと立て直ってきたのを感じますね」


「まだ、途中じゃがのう……」


 シラガはそう言ったが、

 その声には、かすかな誇らしさがあった。



「……にぃに、あれ……」


 橋のあたりに、

 見知らぬ三人の男が現れた。


 三輪の使者とは、どこか空気感が違う。



「これはこれは、名張の皆々か……」


 いちばん前の男が、

 こちらを見るなり口元を歪めた。



「三野の……使者の方かな……」


 シラガが、ゆっくりと口をひらいた。



「ほっほ、わざわざ近う寄らずともよい、

 病上がりの村なのであろう?」


 笑っている。


 だが、その笑みには、

 人を人として遇する温かみがなかった。



 なんだ、こいつら――


冒頭の運動は、日本人には馴染みの深い「ラジオ体操」です。

実際のラジオ体操は、1928年(昭和3年)に「国民保健体操」として制定したのが始まりだそうですね。


作業前の準備運動は大事ですから、数千年を先取りして、この名張の地にも根付かせようと思います。(笑)

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