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卑弥呼転生 ~「偽りの巫女」を祀る兄~  作者: 露李鈴
【185年:冬】二章「人里の村」

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第九話 火巫女さま

「おお、山の子たちよ……」


 小屋の入り口に、一人の老人が立っていた。


 白く染まった頭髪。

 顔には深い皺と、刺青が刻まれている。



「シラガ様……」


「長、なぜここへ……」


 戸口のあたりで、村人たちの声が揺れる。


 さっきまで地に平伏していた者たちも、

 思わず顔を上げて、その老人の姿を見つめていた。



――――――――――


「……ふむ」


 シラガと呼ばれた老人は、

 静かな寝息をたてる、コイシの顔を確認する。


 それから、折れ曲がりそうな老いた膝で、

 俺たちの前に膝をついた。


「お、おい……長が……」


「子供に頭を下げるのか……」


 小屋の空気が張りつめていた。



「まずは、礼を言わせてくだされ」


 しわがれた声が、土間の静寂に染み込んでいく。


「我が名はシラガ……、

 ナバリの村の長をやっておる、老いぼれじゃ」


 シラガは、深く深く頭を下げた。

 白い頭が、炉の火明かりの中で淡く光る。



「そして、アサメは、わしの娘じゃ」


 その一言で、小屋の空気がわずかに揺れた。


 アサメが、はっと顔を上げる。

 涙で濡れた頬が、火の光に照らされていた。



「コイシの祖父として、すぐにでも飛び込んで、

 この子の手を握ってやりたかったが……」


「長たる者が顔を出せば、

 忌みの子を追い出せという声が出る……」


 深い皺の奥で、シラガの目がわずかに歪む。


「わしが長として振る舞えば、この子の命はなかった。

 祖父の情に走れば、村が割れていたやもしれぬ」


 シラガは顔を上げる。



「わしは、そのどちらも決めきれなんだ……」


 その声は震えていた。


「代わりに、そなたたちが、

 この村の命を拾い上げてくれた……」


 もう一度、額が、土に触れるほど

 シラガは頭を垂れた。


「すまなかった……そして、ありがとう……」


 薄暗い土間の中で、

 一人の老人が、二人の子供に頭を下げる。



 それから、シラガは顔を上げると、

 まっすぐ俺達とむきあった。


「これより先、そなたたちを迫害する者がおれば、

 まず、わしが口をきこう」


 戸口の脇では、イワホコも頷いていた。



――――――――――


「立派なものじゃな、その緑の首飾りも……」


 シラガの目が、イミコの首飾りに向けられた。



「伝承の倭の王も、そのような、

 深い緑の勾玉を携えていたというが……」


「倭の、王……」


 俺は、言葉を反芻する。



 * * *


 草屋根の半地下の住居、

 土器で、煮炊きをする暮らし。


 顔に刻まれた刺青。

 水の神の怒りを恐れる信仰。


 日本が、まだ、日本として、

 その名前を持たなかった太古の時代。


 そして、村人たちが、口々にした名前。


 火の巫女……ひみこ……。


 ヒミコ――


 * * *



 いや、まさか――


 荒れた世を鎮めるために共立されたという。

 鬼道を操る女王の伝説。


 病の理を知らぬ村人たちに。

 俺たちの見せた「目に見えない魔物を殺す火」の奇跡。


 不気味なほどに、その符合は重なっていた。


 けれど――



「……にぃに……?

 ……じっちゃん、なんて言ったの……?」


 イミコは俺の背後から、

 裾を掴み、不思議そうに首をかしげている。


 ただの、ちいさな女の子である。



 考えすぎだ。


 明日の食い扶持にさえ困る、

 孤児の二人が。


 倭を――


 いや、後の日本ひのもとを束ねる女王だって?


 そんな馬鹿な話が、あるはずもない。



「さすがにないな……」


 俺は、苦笑いを呑み込み、

 イミコの頭へ、そっと手を乗せた。



「イミコが、誰よりも綺麗だってさ」


「……わ、わぁ……っ……」


 イミコは、満面の笑顔を浮かべる。


 泥にまみれていた忌み子が、

 村人たちの前で太陽のように微笑んでいた。


 今は、それでいい――



 この子が誰であろうと。

 俺のやるべきことは、ただひとつ。


 今日という日を生き抜いて、妹を守り抜く。


 ただ、それだけだろう。


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