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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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七拾六【帰坂の二人】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 右手の淀川の風を感じながら京橋を目指す。


「京街道も爽やかでいいな」

「くらわんかの牛蒡汁も捨てがたいけど、揺れる舟で食べるよりゆっくり茶屋で食べる方が良い」


 と、茶屋で蓮根の煮物を齧りながら言う。


「そこの守口宿で馬を取り換えて…ここまで来たらもうすぐだな」


 山と田畑の風景を交互に見ながら走ってきたが、そろそろ宿場町じゃなくても民家や茶店が増えてきた。


「ここまで来たら走っても大丈夫なんやけどな」


「力が戻って来たみたいだな」

「もう、屋根の上も走れるよって」

「やめてくれ」

「ははは」


 口元を隠さずに笑う。


「しかし、道行く人も増えてきたし街道も細い。

 これでは馬を降りた方が早いのではないか?」


 もはや旅人だけではなくこの地の人々も街道を利用している。



「そこは任せてくれ、拙者の後を着いてくるのだぞ」

「うむ」


 馬には乗らず、手綱を引いたまま少し歩いたと思えば、脇道に入る。


 するとまた田畑の風景が広がり始める。


「こちらから行くのか」

「うむ。ある意味近道だ…シマオしっかりつかまってろよ」

 と懐に声をかけている。



 パカラッ パカラッ パカラッ パカラッ


 二頭の馬があぜ道を走っていく。

 たしかに、馬にはこちらの方が走りよいのか。

 青田の中に蝗を取る農夫ぐらいしかおらぬ。


「大坂城が見えてきたぞ、百沙衛門殿」


 …この公家の姫はいつまで武士のふりをするのだろうか。


「ああ、あっという間だったな」

「先にお奉行様の所に行くのだろう」

「うむ」


 京橋で馬を降りた二人はそのまま大坂城に向かって歩く。


 ここまで来ると、女である瑠璃がばれるかもしれぬと、男物の菅笠を深くかぶり直しつま先を外に向けて大股で歩くと見知った顔が立っていた。


「兄上、お帰りなさい。瑠璃ち」

「しっ」

「瑠璃殿も」


「うむ」

「ただいま東次郎殿、七兵衛」

 百沙衛門の弟が与力姿で岡っ引きと立っていた。


「父上がそのまま屋敷の方に来るようにと」

「うむ」

「わかりました」

「自分も一緒に行きましょう」

「ああ」


「…ほんとにお瑠璃ちゃん?」

「何の事かな」


 いつものように裏口から入ると、一人の女中が上がり框にいた。

「お帰りなさいませ、百沙衛門様、藤森様」

「ただいま」

「お邪魔いたします」


 広い土間には他にも老いた徒士がいて、水の入った盥を二つ並べている。


 二人の侍は腰から大刀を外し、腰かける。


 百沙衛門が草鞋と旅を脱ぎ一つの盥で足を洗っている。それを世話するのは徒士の方で、瑠璃の足は女中がすすいでいる。


「江戸からお帰りなのに綺麗なもんやなぁ」

「ずっと馬やったし、歩いたんは京橋からや。

 なあ、百様」

「そうだ、疲れているのは、足じゃなくて腰とかそんなところだな」

「さ、綺麗になりましたよ」

「おおきに、お篠はん」


 ◆◇◇◆



「ご苦労だったな瑠璃」

「遅くなってすんまへん」

 先に座ってた百沙衛門の隣に当然のように座る。

 父の前で足を崩している百沙衛門とは対照的に正座をして。

 なにしろ、まだ裸足なのだ。


「いや、よくぞ江戸を救ってくれたと、老中から手紙もあった」


 手紙を運んだのは百沙衛門だが。


「で、これが岩走申太(いわしりさるた)の人相書きだな」


「「はい」」


「これが大坂のえびす屋に来るかもしれないということだが。

 ほかにも、江戸のことを知らぬ仲間が来るかもと、えびす屋を開けさせておるのだ」

「どうやって?」

「呉服屋じゃなくて、小間物屋としてな。

 えびす屋に、手代の喜助というものがおったであろう」

「へえ、離れに閉じ込められていた人で」

「うむ。

 あれを番頭に据えて店を開けている。

 呉服屋を開き直すのは難しかったが、小間物屋ならうちの女中の実家が世話してくれたのでな」

「なるほど、呉服屋の隣は小間物屋の方が便利ですからね」

「そして岩走を捉えるということですな」

「あれだけの武器を蓄えていたのだ、それを使おうと坂伊の残党はやってくるだろう」

「はい…で、取り押さえたものはどうなったのですか?」

「火薬はすでに奈良の職人に下げ渡して、今年は難しいらしいが、来年の花火に使うらしい」

「それはよろしいなぁ。物騒なもんが綺麗な花火になるのはええことです」

「そうだな」


「鉄砲についても、解体が終わって、鉄屑として鍛冶屋に下げ渡し済みじゃ」

 仕事が早い奉行だ。


「あんなもの、一時とは言え儂の手の内にあるなんて恐ろしくてかなわぬ。

 戦の世じゃあるまいし」

「父上…」

「こほん。

 武士としては情けない話だがな」

「いえいえ、進んで災いをまき散らすどこかのお侍様たちよりは、素晴らしいお方どす」

「そ。そうか。

 まあそう言うことで、瑠璃も今日はこの後風呂でも入ってゆっくりして、明日よしの屋かえびす屋に行ってくれぬか」

「へえ、承りました」


 パンパン


 重蔵が柏手を二度鳴らすと、先ほど瑠璃の足を洗ってくれた女中が出てきた。

「はい、お呼びですか旦那様」

「お篠、瑠璃姫を頼む」

「かしこまりました。

 瑠璃姫様此方へ。お着換えされますか?」


「へえ」


 大坂を出る時に長屋を引き払ったから、帰ってきたとて宿なしなのである。

 それでも、長屋にあった荷物はこの藤岡のお屋敷に預かってもらっていた。

 着替えもここにあるのだ。


「瑠璃姫様がしばらくこのお屋敷に住むことになると、旦那様が言うてはったわ」

「申し訳ないと思ってるんやけど、長屋を引き払ってしもうたからなあ」

「それを言ったのも重蔵の旦那様なんでっしゃろ?」

「へえ」


 このお篠という女中は、御用商人和泉屋の三女で、年のころは三十路を過ぎたあたり。

 結婚して、子供を作る前に夫の素行があまりにも悪すぎて、父親である和泉屋の主人が金を積んで離縁させて連れ戻してきたのだが、元夫は金づるでもあったお篠に頻繁に無心しに来ていたので、身を守るためもあって大坂西町奉行に住み込みの女中として働いているのである。

 それからというもの、買い物に出るのにも徒士が付いていく。

 お篠は大店の娘でありながら、お染のように大奥で行儀見習いをしていた過去もあって、五万石の大名であるのに後添えを得ていない独身の重蔵の大阪屋敷での身の回りが出来るのである。

 噂では、重蔵の妾だとかなんとか。身分さえ釣り合えば後家になっていたのかもしれない。


 百沙衛門が、この屋敷は藤岡家の江戸屋敷とあまり変わらない造りだと言っていた。

 大坂の屋敷の方が少々庭が狭いぐらいです。


 あちらでは留守居役の夫婦が使っていた離れと同じような所に案内される。




 結局、長屋よりは広いのである。



「こっちの離れを、瑠璃姫様用に整えさせてもろてます」

「まあ、おおきに、ご苦労さんどす」


 小さな和室が繋がった奥に八畳二間の続き間がある。


「失礼します、お篠さんお風呂わきました」

 少女の声が聞こえる。


「ほな。お風呂どうぞ。こちらです?」

「へえ、よろしおすか」

「もちろんですよ。離れのための風呂ですよって」


 そう言えばと、奥州街道の旅籠で買い足した糠袋を出す。

 大坂の街で買うよりずいぶん安かったのである。



 風呂から出た瑠璃は前髪を上げて簪を一つさし、ささっと玉結びにした。

 そして菊の模様が描かれた元禄袖の着物を着て帯は吉弥に結ぶ。

 もちろん自分でもできるけれど、お篠が世話を焼いてくれる。


「久しぶりに女子(おなご)に戻れました」

「お染さんが言うように、姫様のお世話はええね」

「そうどすか?」

「私も華やかな着物が好きやもん。

 そうだ、姫装束の瑠璃姫が見たかったわ。

 七兵衛はんが美しい瑠璃姫から握り飯貰ったって自慢しとったさかい」


「ふふふ、あれは都の馳走を食べそこねはって気の毒に思うて」

「そうなんですね」


「それより、えびす屋はんが小間物屋になるなら、また簪を作らなあかんかな」

「瑠璃はんの簪がまた出たらそりゃあ売れますやろけど…、百沙衛門様の奥方になるのでっしゃろ?

 もう職人のようなことは難しくないですかねぇ」

「そんな事おへんえ、細工物はうちの趣味でもあるさかい」

「いま刺してはる簪も瑠璃はんの?」

 薄紅色の撫子のつまみ細工が付いている。


「へえ」



 夕餉を皆で食べるようにと言われて再び母屋の座敷にいくと、そこにはやはり着がえた百沙衛門と、そして東次郎がいた。


「お待たせしました」

「瑠璃ちゃん!こっち!」

 東次郎が隣に座布団をおいて指さす。

「瑠璃姫こちらへ」

 それより上座の重蔵が隣の席を指定する。


 チラリと百沙衛門を見ると苦笑していたので、重蔵の隣に座った。


「ちぇ」


 子供もいて家では父親だというのに、元服前の少年のように口をとがらせる東次郎。


「ふふふ」

 

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