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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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七拾壱【野分の日本橋】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 かたりと音がして、着物と袴のまま眠っていた百沙衛門の目が開く。


 そろそろ夜明けだというのに、曇っているから雨戸の隙間からの空が薄暗い。明け六ツの鐘はまだだ。


 今の物音は、えびす屋ではないな。玄関のほうか。


 起き上がって襟元を整え、土間に行って顔を濡らして拭き、水を掬って口を漱ぐ。


 玄関の人影に話しかける。


「松助か」

「起きてるのか百」

「さっき起きた。まあ寝てないがな」


 お染が起きないようにそろりと開ける。

「どうだ?」

「まだ、出入りはなさそうだ」

「えびす屋の裏も、人の気配はするが・・・」

「そうか」

「俺は一旦屋敷に行ってから戻ってくる」

「分った、その間こっちを見ておくよ」

「たのむ…あ」


 カサリと音がして、三和土の横の穴からお染が出てきた。


「悪い、お染起こしたか?」


「いいえ、流石にこの風の音じゃあ寝られませんね」

「うむ」


 シマオは空いた土鍋に潜り込んでいる。


 お染はさっそく、羽釜にさっと米を入れて井戸に向かっていった。


 


 井戸ではもう起き出していた者が顔を洗ったり、同じように米を研いだりしていた。

 本格的な野分が来る前にと皆備えているのだろう。


 その様子を横目で見て、歩き出す。


 日本橋の通りは、まだどの店も閉まっているが、今日は開かないかもしれない。


 


 裏から屋敷に入る。

 裏口は直接土間台所になっている。


「坊ちゃまお帰りなさい、本日はもう仕舞いで?」

 留守居役の珠緒が起きていた。


「起きていたのか?」

「女は早くに起きるものですよ」

「そうか」


 確かに竈にはすでに火が入っていた。

 ふと思い立って、台所にぶら下がっている土蔵の鍵を手に取り、そのまま裏庭を突っ切って土蔵を開ける。


 そこには、槍や長棒に刺股それに捕縄、提灯など、かつて藤岡が北町奉行だったころに、控えの物置にしていた物がそのまま置かれていた、しかも埃もなく手入れされていて。


 その近くには垂れ駕籠や、家紋入りの漆塗りの駕籠でいつでも使えるように置いてあった。


「お早うございます百沙衛門坊ちゃん」

 朝日が入ってきた入り口が少し陰る。

「じいか」

「捕り物に使うものをお探しで?」

「いや……。

 この中はいつもこのように奇麗にしているのか?」

「はい、まあ、皆さまが大坂に行かれてからですよ」

「大坂に行ってから?」

「留守居役だからと言って、殿がいないからと手を抜くわけにはいかないですからな。

 藤岡家は、江戸を始め日本(ひのもと)の安寧のために尽くすお家でございますから、いついかなる時もいざという時に動けるようにと、百沙衛門様のお祖父様からも言われておりましたよ」

「うむ、番傘を数本持って行きたいのだが」

「それなら、こちらにありますよ」


 空の水甕に数本の傘が入れられていた、


 三本ほど、開いてみては閉じる。

 どれも、折れたり破れたりすることなく使えそうだ。


「どれも、冬の乾いた自分に柿渋と油を塗り直しておきましたので」

「そうみたいだな」

 艶迄あるのだ。


 三本の番傘を抱え、塗りの菅笠を首にかけて背中に垂らし、長屋に戻る。

 風はますます強くなっていく。


「お染、傘を取ってきたから、ここに置いておくぞ」

「まあまあ、ありがとうございます」

「だが、もう出ない方が良いな」

「そうですね。

 それより旦那様、お屋敷では朝餉を取られましたか?」

「いや」


「じゃあ、召し上がっていかれませ」

「解った」


 ほろ苦く炊かれた鰯の佃煮、沢庵、牛蒡のきんぴらと味噌汁を素早く膳に出されて平らげる。


「確かに次はいつ飯を食う時間が取れるか分からぬからな、助かったよ」

「それはようございました。

 では、お弁当をご用意しましょうか?」

「いや昨日の饅頭がまだ二個ほどあるから」

「まあ、いけませんよ。

 夏ですからね、饅頭は日持ちしないですよ」

「そうか」

「ちょっと待ってくださいね。おむすびを握るだけですよ。

 梅干しも持ち込んでるんですよ」


「わかった、たのむ」


 そうやってすっかり住み着いてるが、ここはあくまでも張り込みの現場なのだ。

 だが、やはりこの狭さが落ち着くんだよな。


 ふと、土間よりの部屋から竈を見ると、羽釜には水だけが入れられていた。

 飯粒はすでに大きな米びつに入れられていたのだ。


「湯を沸かすのか?」

「そうですね、瑠璃姫様がいつ戻ってきても良いように、備えておこうかしらと」

「助かる。頼む」

「勿論ですよ。お水は旦那様がたんと甕に入れて下さっていますからね」


 留守居役の夫婦も素晴らしかったが、お染も出来た女中だ。


 そのままお染が握り飯を握り、弁当を準備して、百沙衛門の食べた後を洗いに井戸に行っている間、傘と草履を持って縁側に出る。


 縁側に、傘を立てかけ、草履を履いて、竹垣に張り付く。


 隣の柿の木を見ると、少し枝ぶりが変わっていた。

 確か柿の木は小さな実がついた時にいくつか取り去っておかないと良い実にならぬと、屋敷の柿の木を手入れしていたじいやが言っていた。


 いつの間にか松助が入ってやってたのだろうか。

 多分裏の家を見るためかもしれないが。

 上の方まで、摘果されている所を見ると、梯子をかけてやっていたのだろう。


 あの柿が食えるまで、ここにいるわけはないがな。多分。


 びゅう


 風が強い。残った青柿が落ちたら勿体無いな。幾ら食えなくても。

 などとのんきなことを考えている。

 裏のえびす屋は、がさがさしているというのに。


 瑠璃が追ってる荷物が来るまで具体的には動けない。


 

 ヒュー カッ



 柿の木の向こうから、何かが飛んできて、縁側の柱に刺さる。



「これは……」

 見れば苦無に紙が括られていた。


 来たか。


 それを外す。


〈七ツ時に着く。内容は弓矢と薄花火多数 勘三〉


「……花火だと!」

 思わず掠れた声が出る。


 そんなものは、本来は関所で止めるものだ。

 大火になりやすい江戸では、ずいぶん昔から町中に花火は入るのは禁じている。

 居場所を辿るために荷物を通したことが仇になるのはまずい。


 荷物がここに来るのはもう分かっていることなのに。


 縁側に上がり、草履を下げて玄関へ。


「出かけられるのですか?」

 お染の声に、


「七ツ時には着くらしい」

 誰がと言わずとも頷く女に手渡される大小を腰に差しながら言う。

 最後に瑠璃と同じ色の、紫の房の十手も。


「お気をつけて」

「うむ」

 もちろん握り飯は風呂敷に包んで腰にある。


 ぽつり、雨が降り始めた。

 まだ着るほどではないが、菅笠と蓑を身に着けて出る。

 これなら与力や同心ともわからない。


 木戸番は硬く閉まり、自身番には人の気配はない。

 松助が辺りを歩いているからだ。

 と思ったら、閉められた饅頭茶屋の軒先にいた。

 そちらに向かってまだ距離があるが頷き合うと、松助はえびす屋を示す。


 もちろん見に行く。

 なにしろ、長屋の裏ではがさがさと物音がしていたのだ。


 見ると、袴姿で刀を差した侍が三人足早に入っていく。


 人足には見えないが、侍三人がここにいるのも不自然ではある。

  


 それを確認して、さらに松助の近くに行く。


「どうだ?」


「両方合わせて、昨夜から二十人以上は集まってるな」

「元々居た者もいるとなると…」

「ああ」


「引き続き見てくれ」

「そうだな」

「ああ、悪いがもう少し」

 と、松助に弁当を渡す。


「これは?」

「お染の握り飯だ」

「大店の大女将の飯なんて有り難すぎる」

「ははは。梅干しもお染が漬けたやつだぜ」

「先に食っとくかな」

 おっさんが嬉しそうにしているのは面白い。


「そうしろ」



 びゅう 

 ばたばたばた


 風の音と共に看板だろうか木の板がぶつかり合う音がしている。


 ゴーン… ゴーン… ゴーン… ゴ…


 風の音に紛れるように、八ツ時の鐘が鳴る。


 野分の風が強まっているというのに、半開きのだて屋の前を通って再び南町奉行へ向かう。


 今回南町の捕り物を指揮するのは百沙衛門になっている。

 この事件は、大坂西町奉行が追っていたものでもあるのだから。


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