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上方びいどろ  作者: 前野羊子


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七拾弐【挟み撃ち】

いつもお読みいただきありがとうございます!

このページでゆっくりしていってください~♪

 南町奉行所に着くと、玄関先で蓑や菅笠を外している百沙衛門に、奉行の菊澤琢磨が上がり框に出てきて、一つの陣笠を差し出して来た。


「これを被っていけ」


 見ると、艶のある漆塗りの陣笠の真中には、白く描かれた藤岡家の家紋が着いていた。


「これは?」


「これは、儂がまだ見習いの与力だったころに藤岡宇目之丞(うめのじょう)殿に頂いたのだ。あの頃、お前の祖父、宇目之丞(うめのじょう)殿は一時だけ南町奉行だったからの」

「はい、聞いておりまする」

「藤岡は代々名奉行を輩出する名家じゃ。

 百沙衛門、江戸の町を頼む」


「かしこまりました。

 ですが、確認のため今一度えびす屋の裏の長屋に行かせてください」

「うむ」


 だて屋に面した通りを回って、長屋に向かう。袴を着て、羽織は手に持っている。

 

 ぱらりぱらりと雨が降ってきているというのに、だて屋の扉は開き一人二人と男が出入りしている、どれも袴を履いていて刀を差している。

 やはり、今日動くつもりなのか、野分の風で人通りが少ないからか、隠す様子もない。


 饅頭茶屋の向かいには勘三が雨宿りの町人風に立っているのが見える。


 それと目で合図して長屋の方に回る。えびす屋の路地に入る角には松助。


「百様?野分が来るよ!はやく家の中にお入り」

「お米婆も、木戸番じゃなくて家に帰れよ」

「雨がもっと降り出したら帰るよ」

「そうか。気をつけな」

「もちろんさ、おや、福禄屋の大女将さん今から帰るのかい?」

 いや、お染は帰る格好ではない。襷をかけて手桶を下げている。


「いいえ、もう嵐が過ぎるまで長屋でお邪魔させてもらいますよ」

「そうだよ、ずれた瓦が飛んで来たら溜まったもんじゃないしね」

「ちょっと水を足しておこうと思って。そろそろ瑠璃さんが帰ってくるらしいから、湯を用意してあげようかと思って」

「まあ、お染さんは瑠璃さんのおっかさんみたいだねぇ」

「そんな勿体無い、あんないい子が娘ならもっとお世話するわよ…」

「わははは確かに!あたしでもそうするよ!」

「ほほほ」


 嵐が来るというのに朗らかに笑う女二人を後に長屋に入ると、刀を抜いて、畳に置き、柿の木の部屋の方に潜む。


 暫くすると、お染も戻ってきて、竈の火に薪を足していた。羽釜に入れられているのは、米じゃなく水だが。


 ぱたぱたと軽快な足音が近づく。


 ガラリ


「ただいまお染さん」

「まあまあお帰りなさい」


 ぐいっ


「わわわっ」


 声が聞こえて、溜まらず愛しい娘を隣の家の三和土に引きこんで抱きしめる。


 

「ちょ、百様!」

「……ご苦労だった」

「付いて来ただけですえ」

「うん」

「もう、一日とはいえ旅で汚れてるんやから!」

 構わずにぎゅうぎゅうと瑠璃を抱きしめる。

 こうやってみると、自分では強いという割には腕にすっぽり入ってしまうほどに女子の身体は小さい。

 小雨のせいか、ずっと走ってきたからか、着物が少し湿っている。


「ちょっとだけ」

 確かめるように細い首筋から立ち昇る薫りを鼻からゆっくり自分に入れる。


「もう、お染さんがそこにいるのに!」

 確かに首筋が赤くなっているのが、夕方の明かり越しに見えている。


「そうですよ旦那様、しつこいと嫌われてしまいますよ」

 じっと動かずにいてくれていたのに抵抗を始めた。

「う、そうだな」

 

「もう!」


「さあさ、お湯を入れましたよ。

 足を洗いましょうね、瑠璃さん」

「おおお染さん、自分でするから」

「いいからいいから、急ぐんでしょ」

「そうだけど」


 板張りに腰かけた瑠璃の前で、お染が草鞋や足甲の紐を外してやっていた。


 瑠璃の顔を見て安心した百沙衛門は、改めて紋付の羽織を着、大小刀を腰に差し、紫の十手も見えるように一緒に差した。


「百様その恰好……」

「ああ、今は北町の与力ってことでね」

 担当するのは南町奉行所だが。

「なるほど」


 大坂のえびす屋の件で東次郎から来た報せを瑠璃に知らせた。

「やはり、裏のえびす屋さんは大坂のえびす屋さんの店だったんどすね」

「ああ。…では俺は先に出る」

「気を付けて」


 その言葉に、お前はここに留まってくれと返したいのを堪えて出る。


 そのまま木戸番から曲がって北町の方に行くと、河口部長の長男と、高米幸也などが大勢の御用提灯と共に控えていた。


「荷物は?」

「一緒に奥州街道を付いていた忍びの者が帰ってきた」

「では間もなく」

「うむ。呼子の笛を聞いてくれ」

 勘三が吹くだろう。


 ぱらぱらぱら

 ビューッ ばたばたばた


 雨が降ってきた。風はますます強くなってきている。


 そのまま左に折れて、外堀沿いに南町奉行所の前に出る。

「百沙衛門殿。陣笠を」

 与力が渡してくれた。

「忝い」


 祖父が南町に残していったという陣笠の緒をあごで締める。奉行の菊澤は顎紐を取り換えてくれていたのか、新しい紐の感触が有難い。


 陣笠を被り終わって顔を上げると、そこには神田の道場で竹刀を交えた面々がこちらを向いていた。

 もちろん知らない顔もいるが、もとは北町奉行の息子でいまは大坂西町奉行の与力の自分に皆がまとまってくれているのを心強く感じる。


「皆のもの、わが南町奉行所が目指すは日本橋の呉服屋だて屋でござる。

 いざ、江戸の町を守るために参ろうではないか!」


「「「おう!」」」


「「御用だ」」

「「御用だ」」

「「御用だ」」



 東に向かって走っていき、京橋を下るあたりで、呼子の笛が聞こえた。


 ピィィィ

 あの音はえびす屋の方向だ。


「百沙衛門殿、呼子が」

「あれは北町奉行所を呼んでいるのだ」

「なるほど」


「「御用だ」」

「「御用だ」」

「「御用だ」」



 通りに出ると、俵を積んだ大八車がこちらに来ようとしていた。

 しかしまだ四町ほどある。


 あれはこのまま、江戸城に向かうのだろうか。

 途中の路地からえびす屋からやってくるものと合流するやもしれぬ。



「「御用だ」」

「「御用だ」」


「気をつけろ、弓矢を持っているという話だ」

「「はっ」」

「「御用だ」」


 そんな百沙衛門の視界に、黒っぽい男が飛び出して向かいから走ってくる大八車に立ちふさがった。


「とまれ!」

 勘三の叫び声だった。


 同時に頭上で小さな気配を感じ、陣笠を十手を持った手で押し上げて見上げる。

 屋根の上で馬の尾のように束ねた黒髪が揺れた。


 挿絵(By みてみん)AIイラスト


 ひらり


 続いてだて屋の屋根のあたりから飛び降りてきた小さな影が一つ。


「止まりなさい!八木橋殿」


 瑠璃が勘三の隣に並んで叫び、両手を広げたのだった。

 先ほどやっと長屋に帰ってきたというのに、もう着替えて、膝を出して長い髪を後ろに一つで縛った身軽な格好に変わっている。


「退け小僧」

「退きません弥市さん、いや、福山下ふくやました弥市」


 瑠璃は相手の名前を呼び掛けている。

 勘三が差し出している大刀を預かって、腰に差していた。



 だて屋の前でのやり取りを見守りながら、南町奉行所の連中にあの大八車をこの通りから逃がさぬように指示を出す。


「百沙衛門殿?」

 顔なじみの同心が呼び掛ける。


「手前にいる二人は隠密の同心だ、邪魔をするな。

 あの二人が突破されるようなことがあれば、何が何でも止める」


「わかりました…が一人は女子(おなご)では?」

「よく見ておけよ、あれの剣は俺より強いのだ」

「なんと、毘沙門天の虎と言われていた百沙衛門様より?」

「うむ。何度立ち会っても勝てないのさ」

「それはすごいですね……わ、誠ですな、大の男二人相手にすぐに片が付きました」

「だろ」


 侍の手から抜けた剣が煌めきながら地面を這うように転がっていくのが見える。


「うむ…皆のもの!行くぞ!だて屋の者どもを捉えろ。

 あの大八車の荷は弓矢などの武器と花火だ!」


「「「はっ」」」


「「御用だ」」

「「御用だ」」

「「御用だ」」

「「御用だ」」


「南町奉行所である神妙にしろ」

「おいっ立て」


 侍らしい者をみな捕らえるようにと指示をしていた。

 念のために、土足のままだて屋に上がり、店の奥なども見ていく。


 三和土に戻り、一人の縄をかけられた男の襟元を掴む。だて屋の番頭だ。今は番頭というより袴を履いて頭も侍のような髷になっている。


「おい、武器を隠していると通報があった。どこだ!」

「知らぬ」

「番頭のお前がこの店の中のことを知らぬわけなかろう」

「此処じゃない、というか言う訳なかろう」

「では、隠し持っている武器というのはすべてえびす屋の方にあるのだな!」

「うっ…」


 あたりだな。


「後は任せてよいか」

「はい」


 捕り物は南町の連中に任せて、百沙衛門は一直線に瑠璃の近くに行く。


 バチャバチャバチャバチャ


「瑠璃ッ」


 瑠璃の足下には二人の倒れた侍。


「百様!」

 それには似つかわしくない、美しい笑顔でこちらを向く。


「うっ

 ……まさか?殺ったのか?」


「峰打ちですよぉ、そんな恐ろしい」



「百様、だて屋のほうのあの番頭は?」

「捕らえたよ」


「はっそれと二人の農夫は?」

「農夫?」

「奥羽から長芋を運んでると疑ってなかった二人ですよ」

「?はて、だて屋には侍しかいなかったぞ?」

「そんな」


 瑠璃は同心に引き立てられていく牢人の方に行く。


「福山下殿、二人の農夫は何処にやったんですか?」

「……」

 瑠璃を睨むばかりで何も言わない。

「八木橋殿」

「あいつらは今頃もう……」

「そんな」


「瑠璃、どうした?もう片付いたから早く帰るんだ、牢人たちは皆捕まえたぞ」

「百沙衛門様」

「こんなに濡れて、いくら瑠璃が強くても風邪をひいてしまう」

「だけど、二人の農夫が見当たらなくて……」

「農夫?」

「あの二人か」

 勘三も聞いてくる。

「よし、俺がだて屋を見て来るよ。丁度中を検めていると思うしな」


「じゃあ、うちはえびす屋の方を」

「なら俺もそちらを……」


「藤岡様!」


 南町の同心が叫んでいる。


「百様、まだお役目が終わってへんのやおへんか?」

「う……そうだけど」

「もう少しやから、おきばりやす」

「わかった、瑠璃も気を付けて」

「もちろんや」


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