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赫らの紅  作者: 紀伊・千尋(きいの・ちひろ)
第1章 赤い髪の女
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第9節「クラン。クラン・カーラだ」

※ 本作は、「鈴吹太郎」「有限会社ファーイースト・アミューズメント・リサーチ」及び「株式会社KADOKAWA」が権利を有する『トーキョーN◎VA THE AXLERATION』の二次創作物です。(C)鈴吹太郎/F.E.A.R.

※ 時代設定は『トーキョーN◎VA THE Detonation』の末期、現在のフェスラー公国がまだヨコハマLU$Tと呼ばれていた頃。イワサキのアーコロジーがヨコハマにあった頃です。

※ 一部の登場キャラクターは筆者のTRPG仲間から許可を得て借用しています。


 駐車場へ向かう途中で親子とすれ違った。クランの親――知らない。わからない。いるのかどうかすら。

 今まではそんなことは気にならなかった。意識したこともなかった。

 あの男――出会ってから何かが狂い始めた。まるで、クランの知らない自分に気づかされているようだった。

 頭の中に知識はあるし、体の動かし方もわかる。読み書き、世界の成り立ち、企業同士の力関係。武器の扱い方、格闘技。誰に教わるでもなく、初めて入る――つまり、間取りなどは何も知らない――建物に入り、敵を全て壊した。

 だが、どこで覚えたのかは知らない。どこで生まれ育ったのか、いつ何をしていたのか。それも知らない。


「これからは、外出する前に連絡を入れろ」

 クランが帰るなり、半蔵が待ち構えていたかのように出迎えた。

「いちいち今日の予定を書いてお伺いを立てろってか?」

「貴様は我々の部下だ。忘れるな

「仕事の時間以外好き勝手使わせろ。で、何の用だ」

「お前が破壊した工場から子供が逃げ出したとの報告が上がっている」

「命令は果たしたぜ」

「勝手な行動は控えろと言っているだろう」

「現場の判断を少しは尊重してもらいたいもんだな」

 半蔵は忌々しそうに顔を歪めたが、息をついた後、一言だけ告げた。

「オユン博士が顔を出せと言っている。今は自室にいるはずだ」


 オユンの自室へ向かった。インターフォンを押し、出るのを待った。少し遅れて、スピーカーから声がした。

「アタシだ」

 扉が開いた。

「やあ、よく来てくれたね」

 オユンは相変わらず穏やかな笑みを浮かべていた。部屋の中――パソコン、書庫。ニューロエイジでは珍しい紙の書籍。内容――背表紙から推し量る。恐らく生物学、医学、生命工学、哲学。

「よく似合っているよ。着崩しはしないのだね」

「世辞はよせ。これが一番綺麗に見えるし、アタシも気分が上がる。それより、何の用事があってアタシを呼び出した」

「それだよ、クラン君。君が何を見て、何を感じ、何を考え、何をしたのか。ぜひ君の口から聞きたくてね」

 一瞬考えた。オユンに尋ねた。

「お前の質問に答える代わりに、アタシの質問にも答えろ」

「いいとも」

「アタシは誰で、どこから来たんだ?」

 オユンは満足げに笑みを浮かべて、答えた。

「N◎VAのストリートで明日をも知れぬ暮らしを送っていた少女。それが君だ」

「嘘をつくならもうちょっとましな嘘にしろよ」

 オユンから本当のことを引き出すためのはったり。

「記憶喪失だよ。それも、社会生活に支障の出ないタイプの」

 記憶喪失にもいろいろあって、工作員をやっていくのに必要なことはすぐに思い出せた――それがオユンの説明。

「つまり、テメエらはストリートから子供をかっさらって工作員に仕立て上げたわけか」

「我々は戦力を得て、君は衣食住と壊し甲斐のある相手を得る。悪くない取引だと思うがね」

 詭弁――あの工場で子供たちをこきつかっていた連中と同じ。胸糞が悪くなる。怒りが膨れ上がる。

「君、少し、落ち着きたまえ。今度はこちらから質問させてもらうよ」

 話した。任務のこと、そこで見たこと、考えたこと、感じたこと。クランの答えを、オユンは興味津々という面持ちで聞いていた。特に女や子供を逃がしたこと。

「ありがとう。面白い話だった」

 下がっていいという合図。何も言わず部屋を出た。


 自室に戻って、ポケットロンで電話をかけた。記憶の奥底から番号を掘り起こした。呼び出し音が数回鳴って、アーガスの声がした。

「アタシだ」 

「お前さんか」

「今から会えるか?」

「用件は?」

「会って話す」

「聞かれたくない話か?」

「ああ」

「それなら、あそこがいい」

 待ち合わせ場所を告げられた。


 指定された待ち合わせ場所――リニアの廃駅。レッドエリアがN◎VA軍の進駐と共に閉鎖される前、墨田川から南の地域にもリニアが乗り入れていた。最初は小さな駅だったのが、後からホームの増設や新たな路線の乗り入れが行われ、地下何層にもわたる迷路と化した。建設途上でレッドエリアが閉鎖されたことに伴い、リニアの駅も閉鎖され、増築工事の途中で放棄された。だから、正確な地図もないし、様子を把握している者もいない。 

 レッドエリアだから、仕事のつもりで、クランも仕事の時の格好をしていった。

 手近な駐車場に車を止めて、待ち合わせ場所へ向かう。駅の入り口――アーガスの姿は見えない。ポケットロンに着信――男からのメール。地図は送られてきていないが、道順が書いてある。階段を下りて最初に見える階段を下へ。ホームに降りたら、真ん中の階段を上へ。コンコースに出て、突き当りを左へ。 

 内部に明かりはない。眼球の表面にできたナノレイヤーを、赤外線暗視モードに切り替えた。誘導されるままに歩き続けた。やがて、目の前に扉が現れた。

「その扉を開けるんだ」

 中から鍵の外れる音と、アーガスの声がした。

「これで迷路は終わりか?」

「ああ、終わりだ」

 センサーで様子を探る――爆弾らしき反応は確認できなかった。ノブを回して、扉を開けた。目の前に男が立っていた。

「入ってくれ」

 手招きされるままに中へ進んだ。部屋にあるのは冷蔵庫とベッド、トイレ。天井には照明。部屋に窓はなく、外の様子はわからない。この部屋は、もともと駅員の宿泊所だったのだろう。廃駅だから電気と水道は使えないはずだが、違法に引いてきたのか。

「随分と不便なセーフハウスだな」

「保険の一つとして用意しておいただけでね。よほどのことがなきゃ使わない」

「アタシに会うことが、そのよほどのことなのか?」

「そう思ってくれていい」

 アーガス――間違いなくクランに利用価値を見出している。冷蔵庫を開けて、クランに中身を見せた。

「こんなものくらいしかないが、飲んでくれ」

 飲み物の缶が並んでいる――サイダー、コーラ、コーヒー、ウーロン茶。サイダーを頼むと、男が缶を投げてよこした。男はウーロン茶を取った。

「随分と面白い恰好をしてるんだな」

 アーガスはベッドに腰かけた。クランもそれを見て、椅子に腰かけた。

 この姿で会うのは初めてだった。

「工作員用だかなんだか知らないが、体の線が出る服を着せようとしたからな。断った」

「で、代わりに選んだのがその服だったと」

「いろいろ武器を隠すには都合がいいんだぜ?」

「お前さんは面白い奴だな」

 缶を開けて、少しずつ中身を飲んだ。

「もし俺の目の前に座っている奴が凄腕の工作員だとしたら、お近づきになるに越したことはない」

 屋台で近づいてきたとき、クランの任務のことはもうアーガスの耳に入っていた――情報提供者がいる。タタラ街の一帯に、ストリートチルドレンの間に。しがない情報屋と名乗っているが、それ以上の情報収集能力があるかも知れない。

「で、俺に何を頼みたいんだ?」

 サイダーの残りが少なくなっていた。飲み干して、告げた。

「調べてほしい。アタシの、過去を」

「ずいぶんと唐突な話だな」

 アーガスもウーロン茶を飲み干した。

「アタシは工作員をやってる。だけど、なんでなったのかわからない」

「つまり記憶がないと?」

「アタシの雇い主はそう言ったよ。日常生活に支障のない記憶喪失なんだと」

 イワサキの名前は出さなかった。ばれるのが時間の問題だとしても、自分から言い出すことではない。

「だけど、アタシには納得できなかった。そんな都合のいい話があるか、ってな」

「もしお前さんの過去が本当にあるのなら、その痕跡が残っているはずだと」

「なんでもお見通しってわけだ」

 アーガスは少し考えこむしぐさを見せた。

「他に手掛かりはあるか?」

 首を振った。

「調べられるか?」

「ニューロエイジじゃ、外見はいくらでもごまかせる。子供の頃のお前さんが赤毛とは限らない」

「ダメならダメでいい」

 アーガスがうなずいた。

「人から話を聞くには金がかかる。ましてや何年も前の話だろう、時間もかかるぞ」

 懐からキャッシュを取り出して差し出した。

「足りない分は言ってくれ」

「しょうがないな」アーガスはキャッシュを受け取って、ポケットにしまいこんだ。「せいぜい稼いできっちり払ってくれよ」


 アーガスは入り口までクランを送り出した。

「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな」

 背中を向けたまま、肩越し振り返って答えた。

「クラン。クラン・カーラだ」

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