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令嬢と姫君

 別の日。先日とは異なり一人馬車に乗り登城したエリアーデは、これまた先日とは異なり門番に何かを言われることなくすんなり門の内側へと入って行った。

 それもそのはず。今回はクロードの忘れ物を届けに来たのではなく、彼ら門番の仕える姫君に呼ばれ来たのだから。


 エリアーデ、クロード、ジェイコットにそれから姫君とその婚約者殿は、幼いころからよくあっており、所謂『幼馴染』というやつだった。

 その五人の中で女性はエリアーデと姫君ことベアトリス姫のみ。他の男性陣とも同じように仲はよかったが、それ以上に二人は同性ということでよくエリアーデはベアトリスの話――という名のベアトリスの城での生活についての愚痴――を聞いていたものだ。それは年を重ねてからも変わらず、今でも時折「話を聞いてくれないか?」という便りが届いており、今回はそれによって城へと来たのだった。


 クロードの旅の間の様子が聞けるかもしれない、ということもエリアーデが登城する理由の一つではあるが。




 さて、いつも通される部屋に案内されると既にベアトリスは準備が整っていたようで、約束の時間よりは早いが礼儀として「遅れて申し訳ありません」と淑女の礼を取った。

 ベアトリスは気にした様子もなく、「私が早くつきすぎただけだ。気にしなくていいよ」と金の巻き髪を揺らし首を傾けた。つりあがった王家の証ともいえるローズ色の瞳は鋭く、彼女をよく知らないものが見たら怒っているようにもみえるが、付き合いが長いだけあってエリアーデはベアトリスが楽しんでいるということが分かった。自分と会えることを楽しみにしていてくれたらしい。そんな彼女にうれしくなりながら、再び一礼しソファに腰掛ける。侍女が紅茶の準備をするのを眺めながらベアトリスが話し出すのを待っていれば、どういうわけか彼女が口を開く気配がない。

 いつもならば侍女がいたところでお構いなし、と話し始めるというのに様子が変だなと気が付いたのは侍女が下がったあと。彼女のことだろうから人払いを命じているだろう、と見当付け、もしそうでなかったらかばってもらおうと楽観的に考えながら、


「どうかしたの、べリス。大丈夫?」


 と砕けた口調で尋ねた。いくらエリアーデがイゼット家の令嬢と言えど、王族にはかなわない。二人の関係を知らないものに見られていたら不敬罪で捕まるかもしれないわね、と内心考えながらも、ベアトリスの顔を覗き込む。「いやな、そのな……」と歯切れ悪く言葉を濁す彼女はなんとも、らしくない。


「言いたいことがあるならはっきり言ってしまいなさいな。言い辛いなら言ってしまった後で悩めばいいでしょう」


 なんとも突っ込みどころの多い言葉だが、ベアトリスは逆にその一言で決心がついたようで、真剣な表情で――彼女をよく知らぬ者からしたら睨みつけているような表情で――口を開いた。


「結婚式、その……私のせいで伸びてしまって、すまない」


 何を言うのかと思えば、と一瞬呆けたエリアーデにすかさず「なんだその顔は!」とベアトリスが喚く。

 確かにエリアーデはベアトリスが魔王に囚われたために結婚式が延期――何度も言うが中止でない。ひとまずとりやめになっただけだ――となったが、だが別にそれを彼女のせいにしたりなどするわけがない。

 幼馴染のことをわかっていないようねェ、とエリアーデが溜息を洩らせば、何に怯えたのかピクリとベアトリスが肩を揺らした。そんな彼女の態度に、普段あんなに堂々としているというのに……と笑いが込み上げてきた。


「馬鹿ねぇ、そんなの気にするわけないじゃないの」

「だ、だがな。それでもお前たちが式を挙げられなかったのは私が油断したからで……」

「それでも、別に私もクロードも貴女に対して怒りを感じていたりなどしませんよ。せいぜいなぜこの時期に攫ったんだ、と魔王に言ってやりたいぐらいです」


 どういうわけか、エリアーデの最後の言葉に一層ベアトリスが肩を震わせた。

 何かあるのだろうかと「べリス?」と名を呼べば、


「……その話、リベルテの前でするなよ」


 と真剣な面持ちで告げた。その話というのは結婚式が延期になった話のことだろうか。それであればいうつもりはないし、むしろ喋ろうとしたジェイコットを制したぐらいだ。

 だからこそ「もちろん、するわけないわ」と答えたのだが、ベアトリスはどういうわけか納得していない様子。


 何か、別のことでもあるのだろうか。


 じっとベアトリスを見つめるが、どうやら彼女の中で何かが完結してしまったようで、二、三度頷くと笑みを浮かべ、


「ならば今度の式はいつにするつもりなんだ?」


 と尋ねてきた。気を張っていない彼女らしい笑みはとても美しかったが、民の前で見せる笑みに比べると彼女の気の強さを隠せていない。さすが猫かぶり姫、と訳の分からない称賛を心の中で思い浮かべながらも、またその話題かと貼り付けた笑みの下でげんなりする。会う人会う人、挨拶が終わるなり「いつ式を挙げるんだ?」と尋ねてくるものだった。いつでもいいだろう、と言いたくなることが多かったが、ほとんどは自分とクロードの式を楽しみにしているからこそなのだろうから笑みを張り付け猫を総動員させ「まだ決まっておりませんの」と答えていた。ちなみに『ほとんど』というのは、ごく一部、勇者御一行の一人であるクロード・リル・マクファーレン、三大貴族の一つイゼット家令嬢エリアーデ・リザ・イゼットにそれぞれ自分の子を宛がおうとする輩がいるからである。すべて笑ってクロードとの仲が良好であることを告げ撃退しているが。


 ベアトリスが訪ねてきたのは完全に善意からくるものであることは――当り前だが―――分かっていたので、だからこそ他の貴族に返すような言葉でなく、友人として、幼馴染として、言葉を返す。


「クロードが落ち着いた頃かしら。今はまだ忙しそうにしているし、私も別に無理にとは思っていないから」

「すぐにでも、というと思っていたが、そうではないのだな」

「急いでやるより、時間をかけてじっくり準備をしたいなと思っているから」


 なるほどな、と納得した様子のベアトリスに、間髪入れずエリアーデは尋ねる。


「べリスこそどうなさるの? 婚約段階で止まっている、と聞いたのだけど、貴方たちこそ早く結婚してもよさそうなのに。それこそ帰ってきてすぐとか」

「私もそのつもりだったんだがな。奴が何も言ってこないんだ」

「何も……って、プロポーズってこと?」

「あぁ。あいつが言ってくるまで勝手に式の準備を始めるつもりはない。私は嫁に行く立場だからな」


 身分的には圧倒的にベアトリスが上回っているが、それでも夫となる彼女の婚約者を立てようとしているようだ。彼女の婚約者はエリアーデと同じ三大貴族の一つの家の嫡男だからこそ、だろう。


 しかし、彼はそんなことを気にするような人間でない。だからこそベアトリスに任せて何も言わないのかもしれない。だがそれ以上に、彼もまた『変人』である。

 彼が何も言わない理由、それはおそらくベアトリスに任せているのではなく……


「……奴のことだ。面白がっているのだろう」


 先にベアトリスの口から言ってもらえて助かった、とエリアーデは内心息を吐く。

 きっと、『何も言いださない自分を見て不安そうにするベアトリス』を面白がって見ているのだろう。何とも変人というか性格の悪いというか……。

 彼女の婚約者とも彼女同様長い付き合いだが、よくベアトリスはあの男と婚約することを決心したものだとこのような話を聞くたび毎度驚かされる。


「私から迫るべきなのだろうか……?」


 真剣な面持ちでそんなことを言うベアトリスにエリアーデは思わず笑みが零れた。「な、なんで笑うんだ!」と少し不満そうに彼女は言うが、エリアーデはそんな普段の勇ましいベアトリスとは異なりなんともかわいらしい彼女がとても愛おしく、「私の幼馴染はかっこいいのにかわいいのよ!」と周りに自慢して回りたい気分になった。だがそれをやれば機嫌を悪くするものが若干いるのでやめておくことにする。言わずもがなクロードのことである。


「べリスならありだと思うわ。頑張って、応援しているわ」

「そんな他人事のように……まったくお前は」


 呆れたようにベアトリスは紅茶を一口すすると、「そうだ!」と何か名案が浮かんだようで、ポンと手を打ちこちらに身を乗り出してきた。

 だが、彼女の名案というのは大抵()案であることは長い付き合いでよーくわかっているエリアーデは「何かありましたか?」と顔をひきつらせながら尋ねた。どうしてこうもまあ自分の周りには変わり者が集まるのだろうかと考えながら――その筆頭が彼女自身であることは言う必要もあるまい――。


「お前たちが結婚したら迫ってみることにするよ。そのころにはきっと奴も私に結婚を持ちかけてきているだろうし、もしそうでなければ迫ればいい!」


 ―――いつになるかわからない私たちの結婚をあてにされても……


 実に楽しそうに「名案だ!」と笑うベアトリスに何も言えず、エリアーデは呆気にとられながらも「いい考えだと思いますわ」とそっと微笑む。


 まあ、無理に自分たちに結婚しろというような人ではないのでそこは心配しなくてもよいが、だがやはりいつになるかわからないことをあてにされるのは困ったものだ。






 その後、ベアトリスに公務が入っていた関係でエリアーデは城を出て実家に帰る。

 馬車に揺られながら時折「結婚、ねぇ……」とつぶやく彼女の声は外に漏れることはなかったが、逆にエリアーデの耳によく響いた。


 そうこうしている間に馬車はイゼット邸に着いていたようで、御者ががたがたと足場を用意する音が聞こえた。今日はもう部屋でゆっくり休もう。そう思い馬車を降りようとすれば、


「エリー、お帰り」


 という低く耳に馴染む声が聞こえた。その隣にはかわいらしく「エリアーデさん!」と自分の名を呼ぶ少女の姿。似てはいないけどまるで親子ね、と考えながらもエリアーデは


「ただいま。来ていたのね」


 と彼の手に掴まり馬車を降りる。クロードはそのままエリアーデを抱き寄せる「仕事が終わったから来たんだ。ちょうど入れ違いだったみたいだけどね」と米神に唇を落とした。どうやら自分が城へ行くのと彼が城からイゼット邸に来る時間がかぶってしまっていたらしい。


「それでクロードはリベルテを独り占めして待っていた、というわけかしら?」

「普段は君が独り占めしているからね、たまには許してくれないか?」


 楽しそうに笑いながらエリアーデを離そうとしないクロード。「歩きにくいわ」と文句を言いながらも満更ではないようすのエリアーデだったが、ぷくっと頬を膨らませているリベルテが視界に入り、あらと首をかしげながらそちらを向く。


「リベルテもエリアーデさんとお話したい!」


 可愛らしい我が儘に「あらあら」とエリアーデは困ったように笑う。クロードに視線を向ければ彼はしょうがないなと言いたげに彼女を離し、リベルテの方へ背を押した。

 それらを見てリベルテの頬が緩んだのを見て、「オレだってエリーとお話したかったのに」と剥れる男は後程相手してやるとして、エリアーデはリベルテをひょいと抱き上げた。


「クロードと何をしていたの?」

「あのね、えっとね」


 口下手ながらもエリアーデの腕の中で一生懸命話そうとするリベルテ。

 親になったような気持ちで彼女を見ているうちに、エリアーデの中から『結婚』に対する悩みが薄らいでいった。











 『日常』になりつつあった生活の終わりを告げる鐘の音が響く。

 『それ』は、すぐそこに迫って来ているのだが、幸か不幸か、彼女たちはまだ、知らない。

いつ更新できるかもわからない。本当にそうだった。まさかこんなに火が開いてしまうとは思いませんでした。


というわけで思わせぶりなラスト。もともと短めなお話のつもりだったので次の章(というかまとまり? 山場?)で終わりそうです。いつになるかわかりませんが。

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