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窓をポツポツと叩く音がする。
雨が降っているが、今日はバルトと出かける約束をしている。
ミレイユに教わっていた化粧と髪結いも、ヒルデは一人で挑戦してみた。何度もやり直して時間がかかってしまったが、早起きだったおかげで、待ち合わせには間に合いそうだ。
準備を完了させたヒルデは、着ている服の裾を気にしながら、そろりと家の扉を開けた。
防水の魔法が施された布で作られた傘を開いて、水を吸って柔らかくなった地面に慎重に踏み出した。
待ち合わせの場所には、昼の買い物終わりの者が何人か、雨宿りを兼ねて立ち寄っていた。
傘は地味な色が多いが、何故か人々の衣服はいつもより鮮やかに見える。雨の中でも明るい色を目で追っていると、人混みを割って進んできた影に名前を呼ばれた。
顔を上げると、バルトがいた。
「待たせてしまいましたか。すみません」
「いや、全然待っていないぞ」
今日は春祝いという名の祭りの日で、王都の中央通りに屋台が出ている。
バルトがエルグランの祭りも見てみたいというので、雨だが二人で食べ歩きをする計画なのだ。
「たくさん食べよう。楽しみだな!」
やって来た大通りは、普段の面影がなくなるほど屋台で埋め尽くされていた。
馬車の往来が止められ、石畳の道は人々だけに開かれている。
雨なのに春の滑らかな宵の中。人出は多くはなかったが、足元が悪いにしては賑わっていると思う。
「出店の数はシャーウッドの祭りに負けないくらい多いですね」
「そうだろう、そうだろう」
傘が人にぶつからないように気をつけつつも、ヒルデは大股で歩き始めた。
道の中央には、大きな傘の下に木製の長机や丸いテーブルがいくつも設置され、その周りには簡素な椅子や腰掛けが並べられている。
買った料理を手にした人々は傘を畳んで席を取り、食べながら談笑し、空いた皿を片手に次の屋台へと向かっていく。
「あっ」という声と共に、傘の外に出ていた食べかけの皿とぶつかってソースを浴びてしまった人影を見て、バルトが小さく眉を顰めた。
「アンタは俺の上着、着ておきますか?何かあって服が汚れたら嫌ですよね」
「汚れても洗うから大丈夫だぞ」
「……それは申し訳ないんで着といてください」
ばさっと肩に上着をかけられた。
バルトは寒くもないと言うし、気遣いを無碍にするわけにもいかないと思ったので、ヒルデはそのまま上着を着ていることにする。
二人は傘を差しながらも行き交う人々の間を上手に避けて、屋台を覗きながら歩いていく。
「よし決めた。私はまずあれを食べる」
「どれですか」
「……これだ!」
満面の笑顔でヒルデが選んだのは、大きな麦ブタのサクサク揚げ。何口か齧ってもまだヒルデの顔よりも大きい。
「すごい大きいの買いましたね」
「そうだろう。バルト殿も食べてみてくれ。美味いぞ」
「……ありがとうございます」
ヒルデは、サクサク揚げを豪快に半分に切った。
適当に切ったせいで極端に大きな物と小さなものに分かれてしまったが、バルトに大きな方を渡した。
「はい、私が齧ってない方を貰ってくれ」
「……齧ったくらい別に気にしませんけど」
バルトは片手にホロホロ鳥のロースト串を持っていて、ヒルデにも分けてくれた。
「うん、串もうまいな。……あ、あれも美味しそうだぞ!」
ヒルデはバルトを引っ張って、良い匂いを漂わせている蒸しパンを買い求めた。割ったところから肉汁がじわりと滲んでいる。
「これもあげよう。熱いから気をつけてくれ」
割った半分のパンをバルトに渡し、フーフーと息を吹きかけて冷ましてからかぶり付く。美味しい。
「あつっ」
バルトも同じように冷ましてからパンを食べた筈だが、まだ中身が熱かったようだ。
少し涙目で耳がしょんぼりと垂れていた。
「猫舌なのか?」
「……違います。多分俺のは普通でアンタの舌が強いだけだと思います」
「そうか?私は全然熱くなかったぞ」
「アンタは舌まで鈍感なんですね」
バルトは呆れたような顔をしていたが、ヒルデが笑うと小さく笑い返してくれた。
こうして傘を片手に、雨に滲む橙のランタンを眺めながら、美味しい食事を楽しんだ。
歩き続けると、長く続いた食べ物の屋台も終わりに差し掛かり、今度はちらほらと手作りの装飾品や自家製の薬草茶などを売る屋台も増えてきた。
こちらも食べ物の屋台の通りと同じくらい賑わっている。
見て回っていると、ひっきりなしに客の出入りがある店があった。
客層は若い男女の二人組が中心のようで、大きな天幕には『縁占い』と書かれた目立つ垂れ幕が下がっている。
ヒルデが物珍しそうに見ていると、バルトが小さく首を傾げた。
「気になりますか?」
「そうだな」
占いは特に信じてはいないし、あまり興味もない。しかし小さく置かれた看板に『成婚実績あり!』と書かれているのが気になる。
「なあバルト殿、入ってもいいか?」
「……アンタが行きたいなら付き合いますよ」
傘を畳んで天幕の中に入ると、外側からは想像できないほど中は広々としていた。
係に案内され、カーテンで区切られた個室に通されて二人で座ってしばらく待つ。
「お待たせしま〜した」
奥の紫色のカーテンがふわりと持ち上げられたかと思ったら、派手な色の眼鏡をかけた男性が個室に入ってきて、テーブルを挟んでヒルデたちの向かいに座った。
「アラアラ今度は美男美女のカップルさんですね〜。ワタクシがここの占い師で〜す。よろしくお願いしま〜す。それで、今日は何が気になってきてくれたんですか?健康占い?金運?それともやっぱり相性占いですか?」
両手の小指を立ててニンマリ笑った占い師の様子を見て、先ほどまでゆらゆらと揺れていたバルトの尻尾がすんっと静かになった。
「獣人と人族のカップルさんって最近増えてるんですよね〜。でも獣人の方って五感が鋭いからか占いがあんまり好きじゃないらしいんですよね、勿体な〜い。で、なんの占いするんでしたっけ?」
「ええと、成婚実績があるといったことを看板に見たが」
「ああハイハイ、要するに結婚できるかお二人の相性を見ちゃえばいいですよね?それなら簡単、ワタクシの得意分野ですよ〜!」
占い師は大袈裟な仕草でパンと手を叩き、その手をヒルデに差し出した。
「さ、お嬢さん、彼の好きなところを十個言ってみてください?」
「それが占いなのか?よし、強いところ、優しいところ、真面目なところ、話が面白いところ、努力家なところ、耳が良いところ、鼻が良いところ、よく食べるところ、たくさん食べるところ、いっぱい食べるところ、だ!」
「後半食べるところしか言ってないのでは……」とバルトがぼやきかけたが、占い師の元気な声にかき消された。
「はいっ、いいですね〜。じゃあお兄さんも彼女の好きなところを十個言ってみてください?十個スラスラ言えたら相性100%ですよ。今すぐ結婚しちゃってもいいですね!はいっどうぞお兄さん!」
「それが占いですか?」
「占いの一部ですよ。ワタクシ、こういうやり方で人気をいただいている占い師で〜す」
ピースサインを作った占い師に対して、バルトは怪訝そうな顔を崩さない。
「……なんですかそれ。これは占いのていすら保ってないですよね」
「アレアレ、もしかしてお兄さんは恥ずかしくて言えないんですか?それとも好きなところなんて出てこないですか?」
「今その話はしてないじゃないですか」
「やだな〜、みんな照れながらでも言ってくれるんですけどね〜」
「……」
「アラ〜、残念、お時間で〜す。それでは今回はお二人の相性を最後まで占えませんね〜。お嬢さんは満点でしたけど、お兄さんは回答なしなので、相性は暫定0%ということで!そこで相性を良くしたいのであればこちらの根付けをお買い求め下さ〜い。……いらない?ではお次は健康占いに参りま〜す!…………」
占い師が奇抜すぎて相性占いは0%だったが、二人とも健康占いと運動能力占いの結果は最高だった。
「楽しかったな!」
占いの天幕を出ると、雨が強くなっているようだったので、少し雨宿りすることにした。
なんとなく人にぶつからないように歩いていたら、小道に入った。雨の日は、表通りから一本外れるだけで人の声が遠くなる。
二人は、年季の入った石造りの建物の下に入って傘を畳んだ。
「あの、少しだけいいですか」
「なんだ?」
「さっきの占いで、好きなところを十個言ってみろって言われたじゃないですか」
「うむ」
「あれ、ちゃんとあるので」




