ダイアログーその12(最終話)
豪華なマンションのエントランス。
女の言葉が僕の大脳を浸食した瞬間、そこに立つ女の姿が曇っていった。
もう僕の知っている、あの美しい女は殆ど見えなくなっていた。
僕の周りの空気の密度が上がって、僕の体に外圧をかけ始めた。
四方八方からの外圧で、僕の体を動かすことができなくなっていった。
息が吸えない!
そう感じた時だった。
僕の体の底に沈殿物のようにずっと溜まっていた、この女のオリのようなモノが一瞬で気化していった。
僕の中がスッと軽くなった。
僕の体は軽やかに女に近づき、僕の両手は女の首に絡みついていた。
女の目が大きく見開いた。
僕は手に力を籠める。
手が女の首筋に柔らかく食い込んでいった。
女の口が大きく開くが、枯れた空気の漏れる、擦れる音しか出てこない。
僕の頭の中を、まるでコンピュータのモニターに表示される文字のように、言葉が次々と流れていった。
僕は、君を飽きさせないために、一生懸命に、時には自分が思ってもいない事さえも考えて言葉にしてきたんだ。
君はそれが、僕の本心じゃないと知りながら、受け入れてくれてたんじゃないのか?
笑ったり、感心したりしてくれてたじゃないか。
僕の努力を認めてくれていたんじゃないのか?
それを......急に説教するように僕を批判しだしたよね?
挙句の果てに「わたし、そういう人って嫌いなの。」だと?
一体、お前にいくら注ぎ込んだと思っているんだ?
お前は、僕との結婚を真剣に考えていると言ったよな?
あれは全部、僕から僕の金を吸い取る為に撒いたエサだったんだな?
女は膝をついて、大理石の床に仰向けに倒れた。
僕は、女の顔を蹴り上げた。
鈍い音が靴先に伝わってきた。
女の頭は不自然によじれ、体はしばらく痙攣していたが、やがて動かなくなった。
それから僕は、その豪華なマンションを後にした。
その日以来、会社を無断欠勤して、毎日散歩して過ごしたんだ。
散歩はいい。
目的もなく歩いていると、余計な事を考えなくなる。
でも...この感覚は消えなかった。
透明度が低いーー
密度が高いーー
外が重いーー
そして、中が軽いんだーー
何もかも曇って見える。
得体のしれない圧力が僕の体を締め付ける。
そして、僕の中は更に軽くなっていくようだった。
特に、意志、そう、生きようとする意志がどんどん気化していった。
不快だった、何もかも。
そうだ、それでこのセミを見たときに思ったんだ。
いいよな、コイツは。
穏やかに逝くんだろうな。
気がつくともう日は暮れていた。
暗くて、オレ様の姿も見えない。
オレ様から視線を外して前を向くと、男が僕の前に立ちはだかっていた。
僕の横と背後にも人の気配を感じる。
正面の男が僕に近寄り、手帳をかざした。
「村上信也だな」
「はい」
「何故、我々がここにいるか、分かってるな?」
「はい」
僕はもう一度、オレ様の方を振り返った。
見えない。
羽音も聞こえない。
「では、一緒に来てもらおう」
「......はい......」




