1話
教室のざわめき。
椅子を引く音や、名前を呼び合う声。
その中で、美桜は静かに座っていた。
机の上に手を置いて、少しだけ周りを見ている。
(どうしよう)
話しかけた方がいいのか。
でも、もうグループでき始めてるし――
考えていると、隣から声がした。
「さっき校門のとこ、いなかった?」
少し低めの、落ち着いた声。
顔を上げる。
美桜の心臓が少し跳ねる。
さっき目が合った男の子がいた。
同じクラスだったんだ。
「……うん」
見られてたんだ、と思うと少しだけ恥ずかしい。
「やっぱり」
それだけ言って、少しだけ頷く。
「なんか、見覚えあると思った」
自然な言い方。
変に意味を持たせてない。
(覚えてたんだ)
少しだけ、胸の奥があたたかくなる。
少しの沈黙。
気まずい、というより、何を話せばいいかわからない感じ。
「名前、なんて読むの?」
彼が聞く。
無理に話そうとしてる感じじゃなくて、
ただ自然に。
「谷川美桜」
「へえ、いい名前」
軽く言う。
褒められてるのに、大げさじゃない。
だから変に構えずに受け取れる。
「……ありがとう」
「俺、関根一生」
「そうなんだ」
「1年間よろしくな」
「……こちらこそ、よろしく」
少しだけ間があいてから返す。
関根くんは、少しだけやわらかく笑った。
また少しだけ沈黙。
でも、さっきより少し楽。
「どこの小学校だった?」
「わたし、東京から引っ越してきたの」
「そっか。友達とか、もういる?」
「……まだ」
正直に答える。
「まあ、そのうちできるだろ」
軽く言う。
気楽な感じ。
その空気に、少し救われる。
「じゃあさ」
関根くんが少しだけ前を向いたまま言う。
「とりあえず、最初の一人でいいんじゃね」
一瞬、意味がわからなくて、
「え?」
と聞き返す。
関根くんが少しだけこちらを見る。
「俺が、一人目の友達ってこと」
さらっと言う。
押しつけがましくない。
でも、ちゃんと距離をくれる言い方。
美桜は少しだけ迷って、それから小さく頷く。
「……うん」
その瞬間、教室のざわめきが、少しだけ遠くなる。
派手な何かが始まったわけじゃない。
でも――
あとから思い返すと、
たぶん、ここがはじまりだった。




