1>>可愛らしい対の姉妹
ティアード国のカッシャー侯爵家の二人のご令嬢はとても有名な姉妹だった。
長女のヴィヴィアン・カッシャーは艷やかな漆黒の髪と宝石のように煌めく深緋色の瞳を持つ才色兼備な少女なのに対して、妹のリリアン・カッシャーは煌びやかなバターブロンドと澄んだ空や清らかな水面を思い起こさせるシアンブルーの瞳を持つ純情可憐な少女だった。
対照的な見た目を持つ美少女の姉妹はその場に居るだけで人々の注目を集め、二人並んで立つ姿はまるで作り物のように美しく周りさえも華やかにした。
二人が全く似ていないことを不思議がる人も居るが、両親を見ると直ぐに納得する。何故なら姉は父親にそっくりで、妹は母親にそっくりだからだ。一見妹が父親の血を引いていないかの様にも見えるが、妹は妹でその耳の形や唇の形がとても父親に似ていて血の繋がりをしっかりと窺わせていた。
しかしそんな姉妹が二人一緒に持て囃されたのは姉が10歳になったくらいの頃までだった。
年子の二人はそれまではどこに行くにも二人一緒で、常に対となる様な色合いと可愛らしいドレスやアクセサリーを着けて人前に現れていたのだが、姉のヴィヴィアンが10歳を過ぎた頃から何故かヴィヴィアンは華やいだ場所に滅多に現れなくなり、妹のリリアンだけが母親と共に顔を見せる様になっていた。
気にした周りが母親やリリアンに姉のことを聞くも、なんとも曖昧な表情ではぐらかされたり、ただ体調が悪くて来られなかったと言うだけだった。可愛らしい天使の様な姉妹を見たいと思っていた人たちはガッカリしたが、そのうちまた二人並んだ姿が見られるだろうと楽しみにしていた。
しかし次に姉妹が一緒に現れた姿を見て皆が驚いた。
可憐で華やかなドレスを着ているリリアンに対して、姉のヴィヴィアンのドレスはとても流行り物とは思えない子供が着るにはおかしな、装飾品の少ないくすんだ色のドレスを着ていたからだった。
昔はにこやかに微笑んでいた顔からは笑顔が消え、氷の様に冷え切った表情は漆黒の髪色と深緋色の瞳の効果もあってどこか恐ろしさもあった。その横で妹のリリアンが花の様に無邪気に微笑んでいるので余計に姉の異様さが際立たされて、それまでとは違った意味で二人は注目を集めた。
母親の友人たちは当然母親に訪ねた。二人の姉妹の母であるカッシャー侯爵夫人は淑女の笑みを浮かべながらも困った様に眉尻を下げて言った。
「わたくしもほとほと困っておりますの」
そんな感じのことしか言わないカッシャー侯爵夫人に周りはどうしても邪推してしまう。夫人は親しい友人には相談していたが、侯爵家としてなんでもかんでも家の事情を外に話す訳にもいかない。曖昧に言葉を躱す夫人に、一部の者は質問する相手を妹のリリアンへと変えた。
親にバレない様にこっそりと自然にリリアンに近付き、世間話をしながら姉のことを聞いた。
リリアンはその可愛らしい頬を膨らませて答えた。
「お姉様はわからず屋ですわ!」
プリプリと怒る姿は可愛らしかったが誰も聞きたい答えを貰うことはできなかった。
勇気のある者が姉のヴィヴィアン本人に何があったのかと訪ねた。
しかしヴィヴィアンは自分に話しかけて来た人物を下から目だけをギロリと動かすだけで見て、直ぐに視線を反らして沈黙を貫いた。
あんなに可愛らしかったがヴィヴィアンのそんな反応に見ていた者は困惑し、そしてやはりカッシャー侯爵家に何かがあったのだと皆が察した。
相手が侯爵家ということもあり、滅多な事は言えなかったが、その小さな異変は噂話となって社交界を駆け巡った。
その日からヴィヴィアンは少しずつ人の目に触れる場所に現れる様にはなったが昔の様な華やかなドレスを身に着ける事はなく、いつも古ぼけてくすんだ、一見みすぼらしくもあるドレスばかりを着る様になっていた。
リリアンが最先端の美しいドレスや装飾品を身に着けている所為で姉のその異様さはやけに人目に付いて皆の印象に残った。
ある者はカッシャー侯爵家の財政が危ないのではないかと噂し、だがそれなら妹のあの華やかさはおかしいと否定され。ではまさか姉の方が家で冷遇されているのではないかと噂されれば、それにしては家族でお茶会に参加しているのはおかしいのではないかと否定された。
しかしあんなに可愛らしく妖精の様に笑っていたヴィヴィアンが一切人前では笑わなくなったことでカッシャー侯爵家への悪い噂は後を絶たなかった。
──┼──
噂の絶えないカッシャー侯爵家だったが、更に皆の注目を集める出来事が起きた。
姉のヴィヴィアンが王子の婚約者に決まったのだ。
王命で結ばれたその婚約を皆が祝福したが、ヴィヴィアンの変化を実際に目にした者たちからは『姉ではなく妹の方が良いのではないか?』という言葉も出ていた。
そしてその言葉は二人の婚約披露パーティーにて皆の中で確信へと変わった。
王城で執り行われた王子殿下とカッシャー侯爵令嬢の婚約披露パーティーは大々的にお披露目されてたくさんの人が見ることができた。
そして皆の目に映ったのは、王子セオドア・ド・メシロアの太陽に照らされて金糸の様に靡くプラチナブロンドと慈愛に満ちた藤紫色の瞳が煌めくその横で、笑うことも無く真顔で何処か一点を見つめる漆黒の髪と血を思わせる赤い目のヴィヴィアンの異様な姿だった。
セオドアは淑女の微笑みさえも浮かべていないヴィヴィアンを構うことなく自分たちを祝いに来た人たちに笑顔を振りまきお礼を言っていたが、ヴィヴィアンはただそこに立っていた。婚約披露パーティーだという事もあって、さすがに着ているドレスは最先端の物だったが、それでも華やかさは最低限に抑えられ、シンプルに、気品と清楚さを全面に表した物になっていた。それはとてもとても美しく、ヴィヴィアンには似合ってはいたが、当のヴィヴィアンは少しだけ不快そうに眉間にシワを寄せていて、それが更に凄みを増して見る者を怖がらせていた。
美しく華やかなセオドア王子殿下の横で闇を彷彿とさせるヴィヴィアンが立っていることに違和感を覚える者も居た。そんな者たちは皆同じことを考えた。
──妹のリリアン様の方がセオドア殿下には似合っているのではないか?──
現に少し離れた場所に親族として参列していたリリアンは、華やかさを抑えたドレスながらも本人が持つ元来の煌びやかさと風に靡くバターブロンドがとても美しく皆の視線を集めた。彼女の浮かべる柔らかく可愛らしい笑みは、見た者の頬を自然に染めさせる魅力があり、まだ発達途中の身体はこの先さぞ魅力的に育つのだろうと予想できた。
──王妃にはあの様な輝かしい女性の方が良いのではないのか?──
人知れず芽生えたその思いは、誰が囁くとも無しに自然と、ゆっくり根を張るかの様に社交界に浸透していった…………
──┼──
ティアード国の貴族の子供たちは15歳になると王都にある王立貴族学園へと入学する。そこで3年間、知識と社交界で必要な人間関係の基盤を築いたり社交性など、様々なことを学ぶのだ。
ヴィヴィアンとセオドアは同い年。二人は揃って学園に入学した。
二人とも学業の他に王太子教育や王妃教育があり大変ではあったが、セオドアもヴィヴィアンも大変優秀だった為に難なく熟していっていた。
セオドアとヴィヴィアンの教室は紳士科と淑女科と別れていたので別々だったが、セオドアは時間さえ空けばこまめにヴィヴィアンの教室に顔を出してはヴィヴィアンと言葉を交わしていた。ヴィヴィアンはセオドアを邪険にする事はなかったが、ヴィヴィアンの方からセオドアに笑いかける姿を見た者は居ない。それでもセオドアは気にすることなくヴィヴィアンに笑いかけていた。
そんな王子と婚約者の姿を見て、訝しむ者も居た。
一年後、リリアンが入学した。
リリアンが入学して一年は何事もない毎日が過ぎていた。姉妹は毎日同じ馬車で通学し、傍から見ている分には問題は無さそうに見えた。ヴィヴィアンは常に無表情だったが、リリアンは幸せそうに微笑んでいた。そこにセオドアが加わることもあり、三人は仲良くやっている様に見えた。
問題が起きたのはリリアンが2年に、セオドアとヴィヴィアンが3年に上がって直ぐの頃だった。
リリアンとヴィヴィアンが乗っている馬車が学園の馬車止めに来ると、時々セオドアが二人を出迎えていたのだが、ある日、そんないつもと変わらない朝にヴィヴィアンの声が学園の馬車止めにて響いた。
「リリアン! 貴女どういうつもりですの?!」
ヴィヴィアンのその声に付近に居た者たちが何事かと集まってくる。しかしそんな周りの目など気にすることなくのヴィヴィアンは腰に両手を当てたポーズでリリアンと、リリアンを馬車から下ろす為にリリアンへと手を添えているセオドアを睨んでいた。
「まぁお姉様。どうもこうも、セオドア様にただ馬車から降ろしてもらっているだけですわ?」
馬車を降りながらそう伝えるリリアンを睨んでいたヴィヴィアンが、リリアンが馬車をちゃんと降りたのを確認した後、リリアンの手を取っていたセオドアの手を離す様に二人の間に割って入った。
割って入った流れてヴィヴィアンはセオドアの肩に寄り添う様に立つ。セオドアはそんなヴィヴィアンを愛おしそうに見ていたが、リリアンを見ているヴィヴィアンはその視線に気づかない。
「セオ様はわたくしの婚約者ですのよ!」
「お姉様ったら、ただエスコートをして頂いただけですわ」
リリアンは困った様にその愛らしい眉を悲しげに下げる。その表情に周りで見ていた者も心配げな顔をした。
だがヴィヴィアンは怒った顔をする。
「ダメですわ! わたくしのセオ様ですわよ!!」
そう言ってセオドアの腕を引いて校舎へと歩き出したヴィヴィアンに
「お待ちになって、お姉様」
とリリアンはその後を追いかけて行った。その一連の騒ぎを見聞きしていた外野たちは驚きで少しの間その場を動けなかった。
ヴィヴィアンの方からセオドアにアプローチしているのを見るのはみんなその時が初めてだったのだ。
それまでセオドアがヴィヴィアンの機嫌を伺っているのは学園の皆が目にする機会があったが、ヴィヴィアンの方から積極的にセオドアに絡んで行くのを誰も見たことがなかった。いつも真顔で、笑う事も怒ることもなかったあのヴィヴィアンが大きな声を上げているのも驚きだった。
何があったんだ!?!
その場に居た全員が驚いたが、その驚きはその日だけでは終わらなかった。
その日から、何故かヴィヴィアンがリリアンを責め、声を荒げる様になったからだ。




