第13食 焼き芋
ダンジョンの奥へと続く道を探して二人は歩いていた。
湿った風が木々の間をすり抜け、木漏れ日が足元を照らす。
「それにしても、そろそろこの景色も飽きたゾ。シャロもそう思うよナ?」
アグニが退屈そうにシャロに話しかける。
アグニはシャロが話せるようになって、こうしてたびたび話しかけるようになっていた。
「わたし べつに へいき」
まだ上手く流暢には喋れないが、シャロは丁寧に返事を返す。
シャロも話せるようになって嬉しいのか、その表情は少しほころんでいた。
「そっかー、アタシはそろそろ下へ行きたいゾ!」
「あとすこし」
「そうカ!アタシ道覚えてないゾ!」
「……」
アグニが笑い、シャロは少し呆れる。
二人がそんな風に声を交わしていると、茂みががさりと動いた。
低い唸り声、緑の中からキラーパンサーが2匹現れる。
「お、出たな!退屈しのぎにゃ丁度いい!」
「ちからだめし」
キラーパンサーが二人に襲い掛かってくる。
それをシャロとアグニは真正面から迎え撃つ。
相手の攻撃に合わせてカウンター攻撃。
ツタの一撃と拳の一撃、キラーパンサー2匹は軽くノックアウトされた。
「やっぱり強くなってるナ!シャロのご飯のおかげだゾ!」
「わたしも つよくなった」
シャロはキラーパンサーの死体に手を伸ばし、いつものように芽を生やす。
流石にまだお腹は空いてないので、減って来たミルクや砂糖、油の補充をする事に。
「いやあ、シャロのミルクは格別だナ!」
アグニがシャロ特製ホットミルクを飲み干して笑う。
「ほじゅう かんりょう」
「じゃあ行くか!」
「うん」
こうして二人は再び森を歩き始めた
***
森の奥はやがて開けた。
空気が変わり、風の通りが良くなる。
その先にぽっかりと黒い影、地面に下へと続く穴が開いていた。
「おお、通路だ!下に降りるやつ!やっと見つけたゾ!」
アグニが両手を上げてガッツポーズを取り、早速その通路へとかけて行った。
シャロもそれに続く。
「なぁなぁ、シャロは何階まで行ったんダ?」
「6かい」
「マジか!?凄い奥じゃないカ!アタシは3階が限界だったゾ!」
「みんなのおかげ」
「そっか、いい仲間を持ったんだな!」
「うん だから はやく みつける」
「見つかるといいナ!」
そんな話をしながら通路を歩いていく。
そして、出口が見えた。
「おお……」
アグニが思わず声を上げる。
そこは、まるで別の世界だった。
頭上に青空が広がっているのは二階層と同じだが、葉の天井が無い分、いっそう広々と見えた。
端には崖がそびえたり、真ん中には大きな川が流れていた。
その水面が陽光を反射してきらきらと輝いている。
鳥のような魔物が空を飛び、川辺では獣の魔物たちが水を飲んでいた。
「相変わらず凄いゾ……!」
アグニが息をのんだ。
「ほんと すごい」
シャロもぽつりと呟く。
二人はここには来た事はあるが、やはり凄い光景なのには違いない。
「さて、この階もガンガン進むゾ!」
「ゆだん だめ」
早速先に進もうとするアグニに、シャロは釘を差す。
「このさき まもの つよい」
ダンジョンは階層を進むごとに、どんどん魔物が強くなっていく。
二階では楽勝だったが、三階も楽勝だとは限らない。
「わ、わかってるヨ!慎重に行くゾ!」
アグニは少し顔を赤くしつつ、ダンジョンの奥に進むのだった。
***
谷を流れる川の音が心地よく二人の耳に届く。
空気はひんやりとして澄み、湿った草と苔の香りが鼻をくすぐる。
頭上にはどこまでも広がって居そうな青空。
シャロとアグニはそんな美しい景色の中を歩いていた。
だが、二人とも決して気を抜いてはいない。
ここがダンジョンの第三層、危険が息を潜めて待っている場所であることを、身をもって知っているからだ。
谷は広い。
だが、岩が複雑に入り組んでいて見通しが悪い。
崖の影や岩の隙間には、何が潜んでいてもおかしくない。
風が一瞬止んだ。
次の瞬間、空気がぴり、と張り詰めた。
――ガサッ。
岩陰から灰色の影が飛び出した。
それは狼、いや、違う、狼の姿をしながらも、二本の足で立っている。
筋肉が膨れ上がり、黄金色の瞳が鋭く光った。
唇の隙間から、鋭い牙が覗く。
「ワーウルフ……!」
アグニが唸るように言った。
「二匹か……シャロ!片方は任せたゾ!」
「まかせて」
二匹は低い唸り声を上げ、獣じみた気配を放ちながら動いた。
その動きは俊敏で、第二層の魔物など比べ物にならない。
だが、シャロとアグニも二層で十分強くなっていた。
右側のワーウルフが地を蹴った瞬間、シャロの小さな身体が反応した。
『《リーフ・カッター》!』
彼女の周囲に無数の鋭い葉が舞い散り、ワーウルフに向かって飛ぶ。
マンドレイクに進化した事で、一度に放てる葉の数も増えた。
空気を裂き、刃のように放たれたそれは一直線に魔物へ。
だが、ワーウルフは素早く横へ跳んだ。
地面を滑るように回避し、そのまま低い姿勢からシャロへ飛び掛かる。
爪が閃き、風を裂いた。
「はやい!」
シャロは素早く跳ねる。
爪は紙一重で空を切り、シャロは転がるように距離を取った。
その瞬間、腕からツタが勢いよく伸び上がる。
「つかまえた!」
ツタがワーウルフの足に絡みついた。
次の瞬間、シャロが両手を引く。
ぐるぐると回転しながら、ワーウルフの身体が宙を舞った。
ドゴォン――ッ!
谷の崖壁に叩きつけられ、岩が砕ける音が響いた。
それでもワーウルフは唸り声を上げ、立ち上がる。
身体中の毛が逆立ち、怒りに満ちた咆哮が谷にこだました。
再び襲い掛かってくるワーウルフ。
対し、シャロは再び刃の葉を展開する。
次々と放たれる葉の刃が、風を切りながらワーウルフに襲いかかる。
ワーウルフは避けようとするが、流石に体力が落ちたのか、避けきれない。
「グアアアッ!」
無数の葉が魔物の身体を切り裂いた。
血が散り、岩肌を赤く染める。
「とどめ!」
シャロの腕から太いツタが大蛇のように生え、ワーウルフを上から叩き潰す。
地面に叩きつけられたワーウルフはようやく動かなくなった。
一方その頃、もう一匹のワーウルフはアグニの前に立ちはだかっていた。
その両腕は太く、まるで鋼のような筋肉が盛り上がっている。
だが、アグニの方も負けてられない。
アグニの瞳が細くなり、筋肉が膨れ上がる。
「うおおおっ!」
ワーウルフとアグニが力比べをする。
お互いにお互いの手を掴み、押し倒そうとする。
一見互角に見える勝負だが、ワーウルフは汗を流し、一方アグニの方には余裕がある。
「おりゃあああっ!!!」
アグニが叫ぶと同時に、ワーウルフの身体が宙を舞った。
その巨体が谷の岩壁に叩きつけられる。
まだ息があるのか、ワーウルフが立ち上がろうとした瞬間、アグニが一気に飛び込んでくる。
力を入れた拳が光り輝く。
「食らえッ!《オーラ・ナックル》!」
アグニはワーウルフの胴体に魔力を込めた渾身の拳を叩きこむ。
ドゴオオオオンッ!!!
流石のワーウルフもこの一撃には耐えられず、力尽きたようだ。
「よし、勝ったゾ!」
背後で、シャロがツタを引っ込めながらこちらへ歩いてくる。
その顔にはうっすら汗が滲んでいたが、どこか誇らしげでもあった。
戦いも終わって食事の時間だ。
いつものルーティーン、シャロはワーウルフの死体を集め、手で触れる。
「今日は何を作るんダ?パンか?ドーナツか?」
「いや ためす」
「試す?」
アグニが首をかしげた。
その顔はまるで子どものように好奇心で満ちている。
「あたらしい ちから」
そう、マンドレイクに進化した事で、新たな力が使えるようになったのだ。
「おっ、新しい力?何ができるんダ!?」
シャロは小さく息を吸い込み、意識を両手に向ける。
やがて、さきほど倒したワーウルフの亡骸から、淡い芽がいくつも顔を出した。
芽はぐんぐんと伸び、細い蔓が下へと伸びて行く。
そしてしばらくすると、根っこが太く大きく実っていく。
「お、それってまさか!」
そう、ずっしりとしたさつまいもだった。
艶やかな紫の皮が光に照らされ、まるで宝石のように美しい。
「おお!芋か!新しい力ってそれカ!?」
「うん いも つくれる」
「すげぇ!これからは芋も食い放題だナ!」
アグニは笑いながらさつまいもを手に取った。
手にずっしりと重みがあり、甘い香りがほんのりと漂ってくる。
「これを やく」
色々な芋料理を作る事もできそうだが、今回はあえてシンプルにいく。
「おお!焼き芋か!いいな!」
シャロはさっそく調理の準備に取りかかった。
藁を集め、それに火をつける。
焚火の炎がぱちぱちと音を立て、オレンジの光が二人の顔を照らした。
シャロは採れたさつまいもを葉で包み、焚火の中へそっと入れた。
パチッ、パチパチッ、と芋の中の水分がはじける音がする。
やがて、甘く香ばしい香りが風に乗って広がっていった。
「うわっ!めっちゃいい匂いするゾ!」
「おいしそう」
「なあ、そろそろいいんじゃないカ!?」
アグニが待ちきれずに火の中を覗き込もうとするたび、シャロはツタで彼女の鼻先をぺちぺちと叩いた。
「まだ だめ」
「ちぇっ……」
しばらくの沈黙。
火の音と川のせせらぎだけが響く。
その静けさの中で、二人の時間がゆっくりと流れていった。
やがて
「そろそろ」
シャロがそう言って、焚火の中から芋を取り出した。
葉をそっと剥がすと、中から湯気が立ちのぼる。
黄金色に輝く中身が顔を出し、ほのかに甘い蜜が滴った。
「おおおおお……!」
アグニの目が輝いた。
「もういいか!食べていいか!」
「いいよ」
シャロは一つをアグニに差し出す。
「いただきます!」
芋を渡されるや否や、アグニが勢いよくかぶりついた。
熱々の芋から立ち上る湯気、口の中に広がる優しい甘さ。
外はほくほく、中はとろりと柔らかく、まるで蜂蜜のような濃厚な香りが舌に広がった。
「うっまっ!甘っ!凄いゾ!バターも何もないのにすごいしっとりしてて甘いゾ!」
アグニが感動の声を上げながら、芋を両手で抱えるようにして食べ続ける。
頬にまで芋の黄色がつき、まるで子どものようだった。
シャロも一口かじる。
「うん おいしい」
その小さな顔がふわりと緩み、自然と笑みがこぼれた。
「お!来た来た!この元気が出る感覚!」
「うん ちから でた」
シャロの料理を食べるといつも出る、あの力が出て、体力が回復する感覚を、今日も味わった。
二人は焚火の前で、しばらく黙って焼き芋を食べ続けた。
炎がぱちぱちと弾ける音、川の流れ、どれもが優しく混ざり合い、心地よい静寂を作り出していた。
面白かった 続きが読みたい方は ブックマーク 感想を入れたり
下の『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に評価して下さると励みになります




