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穀物転生  作者: リース
1/11

第1食 とうもろこし

――冷たい。


頬を撫でる風が、どこか湿っている。

それが、彼女が最初に感じたことだった。


目を開けると視界は暗い、だが完全な闇ではない。

かすかな光が洞窟全体を淡い青に染めている。

水滴が天井から落ち、静寂の中に音を刻んでいた。


『……ここは、どこ?』


声を出そうとした。

だが、喉が震えない。

代わりに、口の中で空気が『ぷくり』と泡立つような音を立てた。

その違和感に、彼女は眉をひそめる。


身体の感覚が、どこかおかしい。


だが、その理由を考える前に、まずは現状を整理しなければ。

彼女はゆっくりと瞳を閉じ、記憶を辿りはじめた。


***


彼女は冒険者だった。


冒険者とは、危険と隣り合わせの生業である。

世界各地を巡り、魔物の巣窟、ダンジョンと呼ばれる地下迷宮に潜る。

そこでは無数の魔物が跋扈するが、ダンジョンで手に入る様々な素材はこの世界の資源でもある。

魔導具の燃料になる魔石、薬の調合に使う果実や爪、道具の素材になる鉱石や鱗と様々だ。

ゆえに冒険者は、人々から頼りにされる存在だった。


彼女もまた、その一人だった。


四人の女性達で構成される冒険者チーム

頼れるエルフの剣士で彼女達のリーダー、エミル。

優しき祈り手、聖女セレナ。

冷静沈着なキツネの獣人、魔術師ヨシュア。


その三人が彼女の仲間であり、彼女達をサポートする双剣士、シャーロットことシャロが彼女だった。


シャロ達は何度もダンジョンに潜って探索をしていた事もあるエキスパートだ。

だから今回も大丈夫と、順調に階を降りて行った。

その油断が命取りだった。


「トドメだっ!」


エミルが炎のたてがみを持った獅子型の魔物、フレイムレオにトドメを刺す。

鋭い剣がフレイムレオを切り裂いた。


「ふぅ……これで終わったか?」


ヨシュアが額の汗をぬぐいながら言う。

今彼女らが居るのは、炎渦巻く溶岩地帯。

熱気は皮膚を焼き、呼吸するたびに肺が痛む、そんな場所。

それ故汗も滝のように流れ出る。


「まさかフレイムレオの群れに出くわすなんてね……」


シャロがしゃがみ込み、息を付く。


「少し休もう。セレナ、回復してくれ」


「はい。すぐに――」


そう言って彼女が両手をかざした、その時だった。

何かが熱の向こうで動いた。

それを見たセレナの目が、表情が、驚愕に包まれる。

エミル達もそれに気が付き、振り向いて、それを見た。


くぐもった不気味な声がしたと思ったら、大地が揺れる。

そして、洞窟の奥から巨大な魔物が姿を現した。

全長二十メートルはあろう巨体。

鱗は溶岩のように赤く、そして頭には鋭い角、目は黄金に輝いている。


「レッドドラゴンだと……!?」


レッドドラゴン、魔物の中でも最強と呼ばれるドラゴンの一種だ。


「こんな時に……!」


万全な状態のエミル達なら倒す事もできただろう。

が、今は戦闘の直後で消耗している。


「ダメだ!みんな、逃げろ!」


エミルの叫び。

みんなは荷物も持たず、一目散に逃げ出した。

必死に逃げるエミル達、しかし、レッドドラゴンも空を飛んで追いかけてくる。


「ダメだ!追い付かれる!」


どんどん距離を縮めてくるレッドドラゴン。

そして、レッドドラゴンは大きく息を吸い込んだ。

喉奥が赤く輝き始める、ブレスを吐く合図だ。


「仕方ねぇ!一か八か!転移魔法を使う!」


ヨシュアは杖を握り、魔力を込め、詠唱を始める。

ヨシュアの足元に大きな魔法陣が展開される。


「きゃっ!」


その時、セレナが足を滑らせ、崩れた岩に躓いた。

膝を打ち、転がるように倒れ込む。


「セレナ!!」


シャロが振り返り、迷わず駆け寄る。

手を差し出し、必死に引き上げようとする。


「シャロ!セレナ!急げ!!」


エミルが必死に叫ぶ。

だが、間に合わない。


準備が完了したレッドドラゴンは、無情にも灼熱のブレスを放つ。

空気が一瞬で燃え上がる。


轟音とともに炎の奔流が放たれる。

岩を溶かし、空気を裂き、全てを飲み込む。

セレナとシャロの姿が、火炎の中で交錯した。


セレナは咄嗟にシャロを抱き寄せようとした。

シャロは逆にセレナを庇おうとした。


互いに相手の名前を呼ぶ声が、ヨシュアの魔法の詠唱が、炎の轟きにかき消された。


灼熱の空気の中、身体が焼かれる激痛と共に、シャロの意識は闇に呑まれた。


……そして、目が覚めたらここに居た。


助かったのだろうか?一体どうやってあの状況から助かったのだろうか?

それに、他の仲間は誰も居ない。

ヨシュアの魔法は失敗したのだろうか?


『エミル!ヨシュア!セレナ!』


呼びかけようとして、声が出ないことに気づく。


震える腕を見ようとしたが、そこでようやく気づく。


腕が、ない。


いや、あるにはある。だが、人間のそれではなかった。

小さく柔らかい膨らみのような手が左右に一つずつ

皮膚の代わりに、淡い赤茶色の皮。


『……っ!!』


声にならない悲鳴が、頭の中で木霊した。

恐る恐る地面に這い寄り、近くの水音を辿る。

岩の間を抜けると、小さな泉が広がっていた。

その水面は、青い光を反射して揺れている。


シャロは、泉を覗き込んだ。


そこに映っていたのは、人間の姿ではなかった。

丸く、ふっくらとした球根のような体。

手足がちょこんと生え、顔の中央には小さな口と丸い目。

頭には麦わら帽子。


自分のものとは思えない。

だが、動かせば水面の影も同じように揺れる。


『これが……わたし……?』


理解した瞬間、脳裏に知識が浮かび上がった。

コルンムーメ。

稲や豆を生やし、畑や農場を荒らす迷惑な魔物。

力も知能も低い最下級の魔物で、冒険者の間では“スライムと並ぶ最弱モンスター”とさえ呼ばれている。


それが、今の自分だった。


『嘘……でしょう……?』


心が崩れそうになる。

何故こんなことに?


いくら考えても答えは出ない。

生きている、それだけでも奇跡だ。

ならば、次にすべきことは一つ。


仲間を探すこと。


『エミル……ヨシュア……セレナ……!』


麦わら帽子を押さえ、シャロは立ち上がった。

小さな足でよろめきながらも、洞窟の奥を見つめる。

光苔が淡く照らすその先に、仲間たちがいるかもしれない。


『その為には、まずは今の自分に何ができるか、考えないと』


生き延びるには、自分の力を知ることから始めなければならない。

魔物になった以上、人間のころの常識は通じない。


辺りを見渡す。

あたり一面は広々とした、しかし何もない洞窟。

彼女の荷物はどこにもなかった。

リュックもナイフも水筒もすべて、消えていた。


『裸一貫……と言う訳ね……』


心の中で苦笑する。

まさに“裸”、それどころか“人間”ですらなくなる日が来るとは思わなかった。

だが、泣いても嘆いても仕方ない。

ここはダンジョン、動かなければ、死ぬ。


次に何を確かめるべきか。

そんな風に思考を巡らせていた時、何かの足音が聞こえて来た。

振り向くと、暗闇の中から、ひょこりと姿を現す影があった。


それはウサギだった。

だが、普通のものではない。

額から、白い一本の角が生えている。

小柄で丸っこい体、毛並みは白色、赤い目をしている。


角ウサギ、ダンジョンの浅層に生息する、いわば“初心者の相手”。

冒険者の間では『最弱の魔物候補』として知られている。

しかし今の彼女にとっては、話が違った。


角ウサギの体長は、昔の記憶よりはるかに大きく見えた。

違う、ウサギが大きいのではない、自分が小さいのだ。


おそらく身長は三十センチ程度だろう。

その視点から見上げる角ウサギは、自分と同じぐらいの巨体に見える。

『最弱』とはいえ、今の自分にまともに当たれば大怪我は免れない。


角ウサギの鼻がぴくぴくと動く。

次の瞬間、地面を蹴った。


『速い!』


シャロは反射的に横へ転がる。

突進の風圧が葉を揺らし、背後で岩肌が削れた。

危うく串刺しになるところだった。


ウサギが方向転換し、また突進してくる。

シャロはそれを避け、小さな球根の体で真横からぶつかる。


ドンッ!


瞬間、角ウサギがわずかに弾き飛ばされた。

転げたが、すぐに立ち上がる。

ダメージはほとんどない。


『くっ……全然効いてない!』


角ウサギが再び距離を取り、角を低く構える。


『もっと……他に何かないの……?』


今度は魔法を試してみる。

彼女は冒険者として、炎や光の基礎魔術は習得していた。


シャロは体の中心の球根の奥にある魔力を感じ取る。

かすかな温かさ、確かに、魔力は存在する。


『魔力を集めて……炎を放つ……!』


イメージを強く、強く描く。

すると、胸のあたりがじんわり熱を帯び……しかし、何も起きなかった。


『っ……ダメ……発動しない……!』


焦って別の魔法も試す。

風、氷、光、しかし何も起きない。

魔力はある、けれど術式が無い。

魔法とは魔力と術式の両方が揃って初めて発動する。

素材があってもレシピがなければ料理ができないのと同じだ。


そして、コルンムーメには“魔法のレシピ”がない。

人の形を捨てた時点で、術式の器官を失ったのだ。


『……だったら、別の方法を考えないと……!』


角ウサギが再び攻撃をしてくる。

それを何とか避けつつ考える。

そう言えばコルンムーメは植物の魔物だった。

ならば自分にも植物を操れるのではないか?


シャロは腕の先に意識を集中させた。


『伸びろ……伸びて……!』


すると、手の表面がわずかに膨らみ、内部から何かが押し出される。

ぐにゅり、とした感触とともに、一本のツタが伸び始めた。

それはシャロの意志に応じ、空中を蛇のようにくねる。


『……出た!本当に出た!』


喜びと驚きが入り混じる。

ツタはしなやかで、力を込めれば硬くなる。

感覚もある。まるで自分の指先のようだ。


『なら……!』


迫る角ウサギ。

シャロはツタを振るい、ウサギを狙った。

シュル、と空気を裂く音。

ツタがウサギの体に巻きつく。


『捕まえた!』


角ウサギが暴れ、引きちぎろうとする。

だが、ツタは意外にも強靭だった。

植物というより、鉄線のように硬く締め付ける。


『そう簡単には……逃がさない!』


シャロはツタを引っ張り上げた。

角ウサギの身体が宙に持ち上がる。

もがき、金切り声のような悲鳴を上げる。

だが、それでもシャロは止まらなかった。


『いっけええええっ!!!』


ツタが振り上げられ、地面に叩きつけられる。


ドゴッ!!


石と肉のぶつかる音が響く。

ウサギが悲鳴を上げる。


もう一度、叩きつける。

さらにもう一度。

音が洞窟に反響する。

ツタが唸りを上げるたび、血飛沫が地に散った。

何度も、何度も。

やがて、角ウサギの動きは弱まり――

最後には、完全に、静かになった。


沈黙。

ツタがほどけ、ウサギの体が地面に転がった。

シャロの体がわずかに震える。


『勝った……なんとか勝った……』


だが、勝ったとはいえ――


『……まさか、角ウサギ相手にここまで苦戦するなんて』


シャロは小さく苦笑した。

人間だったころの自分なら、角ウサギなど、剣を抜くまでもない相手だった。

それこそ初心者冒険者でも1対1ならまず負けないと言われているのが角ウサギだ。

だが、今の自分はその雑魚魔物と互角に戦い、そしてようやく倒した。

――それが現実。

力の差を痛感する。


『このままじゃ……みんなには、追いつけない』


エミルたちはきっと、今もどこかで戦っている。

彼女達の強さを知るシャロだからこそ、自分の無力さが胸を刺す。

ドラゴンが出てくるような階層にまで行ける彼女達の中で、今の自分が何の助けになるというのか。


小さな拳をぎゅっと握りしめる。

麦わら帽子の影が、悔しさに揺れた。


『……なら、進化するしかない』


魔物――それは、ただの生き物ではない。

長く生き、数多の戦いを経験した個体は、時に『進化』すると言われている。

上位種へと変化し、力も知恵も増す。


シャロはその話を王都の大図書館で読んだことがあった。

仮説によると、魔物は戦いを重ねることで、体内の魔力が増幅し、より強力な個体へと変化するらしい。


『本当にできるかどうか、わからないけど……』


それでも、望みをかけるしかなかった。

あまりにも弱いこの身体、普通に強くなっては間に合わない。

進化、それが唯一の道だった。


『それにしても……お腹空いた……』


どうやら体がエネルギーを欲しているらしい。

視線を動かすと、そこには倒れた角ウサギ。

理屈で言えば今の自分も魔物。

魔物が魔物を食べることは珍しくない。


『……流石にこれは無理』


とは言え、人だった頃の記憶がそれを強く拒絶していた。

魔物の肉は硬く、臭く、何より毒がある。

冒険者の中にも、飢えをしのぐために食べた者はいたが、例外なく腹を壊すという。

人でなくなった今でも、それだけは御免だった。


シャロは考え込んだ。

コルンムーメ、穀物を司る魔物、植物と深く繋がる存在、もしその名の通りなら……


『……穀物、育てられたり……しないかな?』


その発想は、思いつきだった。

コルンムーメの生やす穀物は正直あまり美味しいものではない。

それでも、魔物の肉を食べるよりは100倍マシだと考えた。


シャロは半信半疑で角ウサギの死体に近づいた。

角ウサギの死体に手を触れ、静かに念じる。


目を閉じ、心の中でイメージする。

温かな大地、日の光、柔らかい風に揺れる畑、そして、黄金色の穂を実らせる作物。


『生で食べるなら……そう、あれだね』


穀物の中でも非常に馴染みのあるアレ。


『芽吹け!』


その瞬間、角ウサギの体表から、緑の光が走った。

皮膚の間から小さな芽が顔を出し、にょきにょきと伸びていく。

やがて、葉が開き、茎が太くなり、黄色い実が膨らむ。

シャロが目を見張る間に、それは立派なとうもろこしの穂を実らせていた。


『できた……ほんとに……!』


呆然としながら、手を伸ばす。

とうもろこしの実は温かく、生命力に満ちていた。

ぷちり、と引き抜くと、手の中にずしりとした重みが伝わる。

人間のころに食べた新鮮なとうもろこしと何ら変わらない。


シャロは小さく唾を飲み込み


『いただきます』


ひと口かじった。


しゃくり


口の中に、瑞々しい甘さが広がった。

ほんのりと温かく、噛むたびに優しい香りが弾ける。


『……おいしい!』


甘味が喉を通るたび、体の奥で何かが満たされていく。

食べるたびに疲労が消えていき、力が湧いてくる。


『すごい……食べるだけで、元気が戻る』


ただ空腹を満たしただけではない、体の中の力が増していく感覚がある。

ツタの根元が強固になり、葉が少し大きく広がった気さえした。


『コルンムーメの植物ってあまり美味しくないって聞くけど、こんなに美味しいなんて……』


まさに奇跡だった。

シャロと言う人格がコルンムーメの能力に何かいい影響を与えたのか、あるいはコルンムーメになった事で味覚の方が変わったのか、それはわからない。

でも、確かにこうして美味しい食事を生やすことができた。

自分が魔物になったことを、今初めて少しだけ受け入れられた気がした。

確かに奇妙で、不安もある。

けれど、この体にはこの体なりの“可能性”があるのだ。


シャロは次々にとうもろこしを食べた。

これだけ小さな身体のどこに入るのかわからないぐらいには沢山の食事が入っていく。


『ふぅ……おなかいっぱい』


3本のとうもろこしを食べると、シャロは満足そうにおなかをさする。


『ふわぁ……なんだか眠くなってきた』


シャロは大きなあくびをする。

沢山たべてお腹が膨れたからなのだろうか?

だんだんと瞼が閉じていく。


『んん……でもせめて寝床は作らないと……』


ここは危険なダンジョンの中、無防備で寝るわけにはいかない。

シャロは眠い目をこすりながら、葉っぱを生やす。

それを折り重ね、簡易な寝床を作った。

洞窟の隅――岩の陰で、人や魔物の目につかない場所。

その中に体を潜り込ませる。


シャロは葉っぱを自分の姿が隠れるように被ると、ゆっくり目を閉じる。


『みんな……無事だといいな……』


心の中でそう願いながら、シャロは静かに眠りにつくのだった。

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