9_精霊に愛された子(3)
フレスベルは迷っていた。
(名前…聞くタイミングがない)
今、会ったこともない、同じ学校の生徒という青年と
(デ、デートだなんて…)
顔が熱くなるのを手でおさえる。
(普通、す、好きな人とするんじゃないのかしら)
今度は別の線がつながってもっと顔が熱くなる。
(この人、わたしのこと…?)
青年と目があう。
青年は流し目でフレスベルを見つめる。
「今日はどこに行こうと思ってた?」
「え」
ばたばたですっかり忘れていたが、当初の目的地は本屋だった。
「本屋さんに…」
「了解。といっても、ぼくも、フレスベルさんと一緒で街の地理には疎いんだ。」
(ぼくも?)
「ふふ、裏通りを歩く貴人を見てそう思わずにはいられないよ。」
「あ、あなたも同じじゃないですか。」
フレスベルはとっさに言い返す。
(われながら子供っぽい)
「そうかな、それは失礼した。」
あっさりとした返しだった。
「あそこじゃないか?」
本のマークの看板のついた、格式の高そうなお店だった。
「本は、高級品なのかな」
青年はいう。
(わたしと同じくらい色々を知らない人もいるんだ)
すこし、ホッとする。
(じゃなくて!)
「あの、ご一緒するのに、お名前をお聞きしたいんですが…」
やっと聞くことができた。
青年は、困った顔をした。
「今は、名乗れない。ごめんね、フレスベルさん。」
フレスベルは、自分が何か悪いことをしてしまったかと思った。
「君は悪くない。僕の都合さ」
(僕の都合…?)
フレスベルは同じ学校ということまでわかっているのにそんなことがあるのかと思った。
「さあ、行こうか。大通りでも、君の服は目立つ。はなれないで。」
フレスベルは目を輝かせていた。
青年が隣でほほえんでいることも気づいていない。
あの本だ。
苦い思い出のある本ではある。
姉たちが出しっぱなしにしているところを、目を盗んで開いた絵本。
みじめな少女がきれいな男性にみそめられる本。
自分に重ねて心がおどった。
そのあと姉たちが嫡子である長男にいいつけ…
自分が事件を幼少期に起こしたきっかけの絵本。
棚から取り出し、表紙を眺める。
(きれい…)
なにかあると怖いので開けなかった。
(ずっとあこがれていたもの)
値段を確認する。
(どれくらい頑張ったら買えるのかしら…)
フレスベルは気づいた。
そもそも、じぶんが頑張ったところで、未来はあるのだろうか。
(学校を卒業できたとして…)
一体、自分は身の振り方を決められるのか?
(この本を買うことも許されなかったら…?)
本を持つ手が震える。
手が添えられる。
「また、気分が悪くなってしまったみたいだね。
行こうか」
青年が、本をかわりに棚に戻し、二人は本屋を後にした。
「フレスベルさん、あまいもの買ってもいいかな。」
青年がフレスベルにいう。
「はい。」
出店の、果実の周りに飴がコーティングされたものを青年は二本もっている。
(食いしん坊なのね。)
(おいしそう…。)
「フレスベルさん、ぼくは間違えて二本買ってしまったんだけど。」
「一つ食べない?」
フレスベルは戸惑ったが、うけとった。
「ありがとうございます…」
青年はほんとうに間違えたわけではないことに、フレスベルは気づいていなかった。
(こんなにきれいな食べ物…学校でも見てない)
ぺろり、となめる。
(甘い…!おいしい!)
伝えなければ、とおもう。
「…おいしいです。
ありがとうございます。
…ごめんなさい」
青年はいたく切なそうな顔をした。
「きみが、なんでもあやまるように、
くせがつくような、この世界がぼくは憎いよ」
フレスベルはすこしおびえた。
(憎いだなんて)
(わたしがあやまったせいで…)
しかし、なにをしても、「呪いの子」と言われ育ったのだ。
じぶんが何もかも悪いと思うくせは、ファラといてもクォーツといても残っている。
「きみのせいじゃない。」
青年は悲しそうに笑う。
「せっかくのデートがだいなしになってしまうね。
ゆっくり食べよう」
「は、はい」
フレスベルは何とか笑って見せようとする。
「次は、教会に行ってみない?」
青年の声音は明るくなっている。
「教会ですか?」
フレスベルは、お祈りもしたことがないのだ。
(この国は信仰が強いってクォーツが言ってた)
(自分の世界は知ってることで出来てるから)
(知ってることが多い方が居場所もふえるかもしれないって)
「わたし、お祈りの所作とか知らないのですが、大丈夫ですか…?」
「そんなことにこだわるのは人間くらいさ。
精霊はそんなところみない。
見学がてら、いこうよ。」
小高い丘にある教会を青年は指さした。
ありがとうございます。