10_精霊に愛された子(4)
フレスベルは感動していた。
「きれい…」
教会は天井も高く、フレスベルの育った屋敷とはまた違う美しさだった。
「フレスベルさん」
「はい」
青年がいたずらに笑う。
「ぼくも、お祈りの仕方なんて知らないんだよ」
(やっぱり似てる…)
幼いフレスベルにネックレスを、生きる意味をくれたあの子に。
「なに?そんなに見つめて…そういうことかい?」
(なっ)
「どういうことでもないですっ」
「こら、ぼくもお祈りの仕方も知らないけど、声の大きさくらいはわかっているよ。」
人差し指をたてて、口元にあてる。
「しー」
「子ども扱いしないでください」
小声で言う。
「そうだね、もう子供じゃない。」
「もう…?」
(まるで…)
「フレスベルさん。お祈りは何のためにするか知ってる?」
青年が教会にきた信徒を見回して言う。
「え、精霊様に信仰心を示すため…?」
フレスベルは自信なさげに行った。
「そうだね、この国ではそうだね。」
(別の国にいた方なのかな)
だとしたら、お祈りを知らなくても納得できる。
「祈りはね、自分のためにするんだよ」
「えっ」
別の国でのくらしが長かったとしても、
発言が過激すぎはしないだろうか。
(他の人に聞かれたら…)
「教会の外の丘で続きを聞きますっ…」
フレスベルはあせって、青年の手を引いた。
丘ではみどりのやわらかい草が生い茂っていた。
街を見渡すことができる。
「すいません…続き、聞かせてくれますか?」
「ああ。」
青年は丘に立てられた柵に手をかける。
「人間と精霊は最初は、上も下もなかったのさ。
精霊は人間の願いをかなえていただけ。」
青年は柵にかける手の力を強くする。
「そこで、人間はね、安定して精霊を使役できないか。
それを考えるようになったんだ。」
「それが教会だったり、国がかりの精霊信仰の正体さ。」
フレスベルはあっけにとられていた。
いきなり信じるには荒唐無稽すぎる。
「いまも、精霊は人間の願いに反応して魔法を起こしている。」
「でも、もとは上とか下とかそんなことから始まったわけではないんだよ。」
青年は、切なげにフレスベルを見つめた。
「ごめん、言いたいことを言うだけいってしまったな。
もう迷ったりすることはないと思うけど、寮までおく…」
(もう、どんなに恥ずかしくたっていい)
フレスベルには一つの仮説が思い浮かんでいる。
「あのっ」
フレスベルは服からもつれながら、ネックレスを取り出す。
「傷つけるために力を使わないこと!
自分の力は悪いものではないということを信じること!」
「わたし…ずっとこのネックレスとたった二つの約束のおかげで生きてきたの…」
「あなたは人間ではないのでしょう?」
青年は目を見開いた。
「うん…これでは、自白してしまったようなものだね。」
青年はフレスベルに向き合い両肩に片手ずつ、壊れ物をさわるみたいに、手をかける。
「わたし、あの時、初めて会ったとき、お別れする前にあなたの名前を聞きたかったの。」
フレスベルは何とか声を出す。
青年はかなり、ためらっている様子だったが、一息つき、フレスベルを見つめた。
「ぼくは、私は、精霊を統べるもの、サラマンダー」
「フレスベルにあのときから使役している存在だ。」
フレスベルは"あのとき"というのはピンと来なかったが、感情が、こみ上げてきてとまらなかった。
「ずっと…あいたかったわ…」
「ありがとうっていいたかった…わたしはあなたのおかげで…」
サラマンダーの語気が乱れる。
「そんなこと言わないでくれ。」
フレスベルは身じろぐ。
「私が、あの時、そう、きみが、あの小僧に傷つけられるのを、阻止したくて、きみの願いをかなえて、あの爆発を起こしてしまったんだ。」
サラマンダーはぐっとかみしめる。
「それで…フレスベルは…」
(呪いの子)
家族にそう呼ばれ続けることになったのだ。
「そんなこと、どうだっていい。」
フレスベルはぱくぱくと口を動かして、何とか話を続ける。
「だって、わたし、ずっとあなたのことを考えて生きてきたんだもの。」
「あの、いじわるな家族に囲まれながら…
もし、あなたに会えなかったらなんて考えられない。」
サラマンダーは、頬に残る涙のすじを手で拭った。
フレスベルは自分よりずっと背が高いサラマンダーを見上げていた。
「名前のある精霊はね、人間に名乗ってはいけないんだ。
本当にその人間のものになってしまう。」
「そんな…」
フレスベルは胸が苦しくなる。
(わたしのせいで…)
「きみのせいじゃない。
これはね、私の、わがままなんだ。
ほんとうは私のことを知って欲しかった。」
美しい顔が切なそうになる。
「もう、今日みたいに助けに来たりできない。
ずっと今日みたいな日を夢見てた。」
「でも…これからもずっとそばにいるから。」
(ずっと、いてくれたんだ。)
「嬉しいと悲しいって一緒に来ることがあるのね。」
フレスベルは泣きながらほほえんだ。
サラマンダーが口を開く。
「目を、閉じてくれる?」
「え…」
無理に目を合わせなくても合うくらい、顔が近い。
さすがに、ロマンスのことを何も知らないフレスベルにも何が起きるかわかる。
「いやよ…」
昔、少年の姿で現れたサラマンダーはまばたきしているうちに消えてしまったのだ。
フレスベルに一筋の光を残して。
「わたし、あなたがいなくなったら、どうすればいいの?」
「きみにはもう、たくさんの光が見えてるはずだ。
私は、ずっとみているから。何も変わらないよ。」
サラマンダーはほほえむ。
「最後にやっと君にふれられたんだ。
わがまま、聞いてほしいな。」
うぅ、と声にならない声を出して、フレスベルは目を閉じた。
「ずっと愛していたよ。」
やわらかい感触。
そして、はなれていく。
(いかないで…)
目を開くとそこにはひらけた景色と、小さくなった街の景色があった。
「う…うう」
フレスベルは何とか声を出す。
涙を流しながら。
そして決意したかのように、言う。
「わたしは」
「呪いの子じゃなかった。
もう、呪いの子じゃない。」
「あの男の子が…サラマンダーが愛してくれた子だもの。」
それでも、感情をおさえられずフレスベルは、見つからないように、街の景色に向かって泣いた。
ネックレスを握りしめて。
ありがとうございます。




