31_ただそれだけがほしかった(5)
フレスベルは戦々恐々としていた。
「こ、ここ…」
「贅沢しようか」
クォーツはにこにこしている。
とても立派な建物だ。
レストランだと気づかないくらい。
きれいな庭付きだ。
(わたし、いい思いをさせてもらってから食べられるのかしら)
半分冗談だが、肩に力が入る。
個室に通される。
(お姉様から習ったマナーどおりに…)
敷居は高かったが、リドットからの指導を思い出せば気は軽かった。
「フレスベル、この国のことはわかってきた?」
クォーツが尋ねる。
「そうね、数か月前まではほんとうに国の名前しか知らなかったけれど、分かってきたと思うわ。」
「よかった。」
(自分がほかの家に生まれてたら、もっと、重用されていたってことも)
(そんなこと考えてもしょうがないよね)
(だって、だからクォーツに会えたんだもの)
クォーツを見る。
「ん?おいしかった?」
クォーツはにこりとする。
「うん。」
質問自体は全然的外れだったのだが、嬉しかった。
「ごちそうさまでした。
すこし、庭を歩こうか。」
「うん。」
花であふれた庭に出る。
「なれない靴で、転ぶといけないから。」
そういって、クォーツは、フレスベルの手を取った。
「あ…、ありがとう。」
(手、つないじゃった。)
クォーツの手は、骨ばっていて、でも、やわらかさがあった。
(ずっと今日のままじゃダメかな。)
「こっち。」
奥まったところに、バラのアーチがあった。
「きれい…」
赤、ピンク、白のバラで統一されている。
「フレスベル、今日はありがとう。」
「ううん。こちらこそ。」
クォーツの碧い目がどんどんと真剣さを帯びていく。
フレスベルは、のみこまれそうだった。
クォーツの唇は少しずつ開いていく。
「ぼくは、君のことが好きだ。」
フレスベルは、電撃が走ったようだった。
「いろんな君を見てきた。」
「ファラさんに君のノートを見せてもらった。」
「読み書き練習レベルから、自分の注釈を入れられるほどに、この数か月で成長していた!」
クォーツの声には、熱がこもっていた。
「優秀なだけじゃない。」
しかし落ち着いた声になった。
「人の言うことを素直に聞こうとしているところ」
「誰よりも相手のことを想えるところ」
「口では言わなくても、嬉しいことは顔に出してくれるところ」
「きみは、もらってばかりだというけど、ぼくは、きみからもらってばかりだとおもってる。」
「これからも、そう思えるような関係でいたい。」
クォーツは、ゆっくりと話し、深く呼吸をする。
「フレスベル・フォーリッツ。」
「はい。」
フレスベルは、笑顔でこたえる。
「愛している。」
クォーツの唇はそう告げた。
「クォーツ・ラピスティーヌの妻になって欲しい。」
フレスベルは、いつの日かクォーツが、教えてくれたことを思い出した。
自分の世界は自分の印象に残っていることでできている、と。
いま、世界のすべては自分のものになったと思った。
「はい、わたしでよければ喜んで。」
フレスベルは、クォーツの両手をとって、答える。
「でも…」
フレスベルはいたずらな笑顔をする。
「うん。」
「わたしの退学を阻止したら、お受けします。」
あの日、図書館でクォーツに初めてあった日。
(魔力の波動かなにかを感じるんだ。その石。)
(嫌です!)
(ぼくが、対策を教えるから、
かわりに、石を見せてほしいんだけど)
(私の落第を阻止したらお見せします)
二人の出会いは、ここから始まったのだ。
「なんてね。」
フレスベルは舌を出してみる。なれない表情だった。
クォーツは、すこし、おどろいていたが、クスッと笑い、こたえた。
「もちろん。」
「このクォーツ・ラピスティーヌの名にかけて阻止して見せよう。」
クォーツとフレスベルは浅いキスをした。
顔がはなれ、クォーツは深刻な表情になる。
「フレスベル、きみといるためなら、なんでもする。
…わがままだが、許してほしい。」
「そろそろ、ぜんぶ、話してくれる?」
「うん。でも、婚約をした場所で、婚約をした日に、話すことじゃない。
帰ったら、きっと姉さんも、両親もいる。
急だけれど、挨拶をしよう。」
「うまくできるかしら…わかったわ。」
そして、挨拶と聞いて、聞く前から不安だったことがある。
「あの人たちが、ただで、許すと思えないわ。
もし、通ったとしても、へんな条件を出したり、ラピスティーヌ家のへんな嘘をばらまくかもしれない。」
「うん、そのために、手段を選べないことを、許してほしい。
…両家が良好な関係になるとは言えない。」
「かまわないわ。って思うのはきっとわたしが子供だからでしょうね。
それでも、クォーツといたいわ。」
フレスベルは、なにか、ひっかかった気がした。
「ううん」
「傷ついたとしても、自分で未来を選べる自分でいたいわ。」
(サラマンダーとの約束を、生きてきた道しるべを、信じるために。)
ありがとうございました。




