10月31日 夜
美奈子と付き合い始めたこと、あさみには俺から伝えたいと言って、美奈子には黙ってもらっている。
学校ではなかなか切り出せなかったが、今日はあさみと二人で店で飲む約束をしていた。
今夜、伝える。
もちろん、このことは美奈子に報告済みだ。
「束縛したいわけじゃないからさ、いちいち教えてくれなくてもいいよ? 家で二人きりでも手ぇ出してないってのは前にあさみから聞いてるし。」
こう返されてしまったが。
信用というよりは、意気地なしと言われているような気がした。
実際そのとおりだから言い返せないけど。
「かんぱーい!」
あさみとグラスをぶつける。
「なんか久しぶりだね。」
「だな。」
「あたしね、今日は話したいことがあるんだ。」
話したいこと?
なんだろう、いつもの愚痴とは違って嬉しそうな語調だ。
話したいことなら俺もある。
重要なことはお互い酔っ払う前に話してしまう方がいいだろう。
「奇遇だな、俺もだよ。」
そう返すと、
「そーなの? じゃあ先どうぞ。」
と言われた。
正直ありがたい。
「いいのか?」
「うんうん。」
なんの緊張か、さっきから手が冷たくなっている。
早く伝えてしまえばいいのだ。それで関係が変わる。
諦めもつく。
「…その、俺、美奈子と付き合うことにしたんだ。」
「え?」
「美奈子から告白されて、先週から。」
意外そうな顔。そりゃあそうだろう。俺だって驚いたのだから。
「先週?」
「ああ、俺からあさみに言うから、美奈子にはそれまで言わないでいてくれって言ってたんだよ。」
「そうなんだ。おめでとう。」
「ああ。」
祝福か。
あさみは驚いた顔のままだが、それが真実なのだろう。
やっぱり俺は恋愛対象にはなっていなかったということだ。
「…ありがとう。」
心の中のもやもやしたものがどすんと落ちて、冷たく、硬くなっていくような感じがする。
すっきりとはしない。でも、時間が経てば吹っ切れそうだ、とも思えた。
「それで、あさみの話って?」
よし、この話は終わりだ。あとは美奈子と一緒にいる時に話せばいい。
あさみの話を聞こう。
「え…あ…」
まだ驚きが勝っているのか、すぐに言葉が出てこないようだった。
いつもどおり待つ。
「…しんちゃんと別れたんだ。」
今度は俺が驚く番らしい。
「…マジ?」
「うん。」
「それは、振られたってこと?」
「自分から。」
「そっか。」
「うん。」
「急にどうして、って聞いて良い?」
沈黙。
少ししてあさみが口を開いた。
「ねぇ、りょうちゃんは美奈子のことが好きなの?」
話を変えられた。聞いちゃまずかったようだ。
…美奈子が好きか、か。
「…これから好きになる。」
正直に答える。
あさみが顔を上げた。
「…あたしがりょうちゃんのこと好きだって言っても?」
グサリ、と音が聞こえたような気がした。
胸に大きな棘か何かが刺さったような感じ。
これは、引き留めだろうか。
刺さったところが痛み出す。心臓の音も早くなった。
たぶん、単に自分のものが他人のものになるのが許せないという感情なんじゃないかと思う。
少なくとも本心ではないだろう。言葉だけのものだ。
途端、悲しくなった。
そして感じる。
ああ、やっぱり好きだなぁ。
でもだめだ。ここで揺らいじゃあ、美奈子を裏切ることになるし、あさみにも不誠実だ。
「それが本心だったらよかったな。」
そう答える。
これ以上一緒にいたら、きっと揺らいでしまう。
「ごめん、今日は帰るわ。」
心のざわつきに負けてしまいそうだ。
飲み始めたばかりでいきなり帰るなんて申し訳ない。
今度ちゃんと謝るから。そう心の中で言って、席を立つ。
あさみから返事はなかった。
あるいは、俺の耳がその言葉を拾うことができなかっただけなのかもしれない。
店を出て、向かい側にある駐車場の奥に進み、車の陰の地面に座った。
涙が溢れてくる。
ふと、あさみの言葉を思い出した。
「シンデレラはお姫様じゃないじゃん。あたしでも王子様が迎えに来てくれるかもって思えてさ。」
あの時、あさみが愛しいと一番強く想った時、なんでそう感じたか自分でもわからなかったけど、あとになって気付いていた。
俺が王子様に、なんてそんなことを考えていたんだ。
でもそれも間違っていたとわかった。
俺は王子じゃないし、俺が好きになったのは灰をかぶっているときのシンデレラだった。
ガラスの靴を履く前のあさみちゃんだった。
だから、魔法が掛けられる前に好きだって伝えなきゃだめだったんだ。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。
これにて完結です。
…でも私はハッピーエンドが好きなので、来週もう1話掲載します。
蛇足だと自分でも思いますが、ご興味があればまたお越しください。




