表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想少女四編《Quartette》  作者: 伊集院アケミ
第三章「黒衣の少女」
43/61

第38話「異世界転生・チート物を生み出す装置」

「自分自身の空想や、妄想通りに振舞う事――これがすなわち、世人の見のがしている最も有利な利益だ。こればかりはどんな分類にも当てはまらず、またこいつらのために、いっさいの体系や理論は絶対に成立しない」


「熱狂する」ということは、自分自身の利益に反してもできるばかりか、時によると、断然そうしなければならないことがある。たとえそれが、どんなに突拍子もないことであろうと、自分自身の気まぐれ通りに生きる。それが、【人間にとっては一番大事】なのだ。


 理知や利益の命ずるところにしたがうのは、表向きはそれに従っていたとしても、けっして本心ではないのだ。仮にそれが、法に反するものであろうと、本気でそれをやりたいと思ってしまえば、仕方ない。


「あの賢人たちが、誰も彼も、『人間には何かしら、常軌にかなった道徳的な行動が必要だ』と主張しているのは、いったい何故でしょうね?」

「それこそ、引きこもりが言ってた。『読者を喜ばせるために書きましょう』と同じことさ。それを信じさせることで得をする人間が、どこかにいるんだろうよ」


 人間にとって一番大事なのは、【自分勝手に熱狂すること】だけであって、この好き勝手がどんなに割にあわなくとも、またどんな悲惨な結果を自分にもたらそうとも、構ってはいられないのである。


「自分勝手な熱狂なんていうものは、本当のところ存在しやしないと、彼らは言うかもしれない。科学は人間をすっかり解剖し尽くしたので、今ではそれは、公然の事実になっているのです、とね」

「その言い分には、一理ある」と僕は答えた。


「だがもし本当に、我々の意欲や気まぐれにすら法則が発見されてしまったら――つまり、それらのものがどういう法則によって発生するのか? いかなる方向に進んで行くか? といった諸問題にまで、数学的な方式が発見されてしまったら――その時はおそらく、人間は熱意そのものを失ってしまうだろう」

「どうして?」

「だって、キカイの指示に従って熱狂するなんて、何が面白いんだよ? その時人間は、完全に人間ではなくなってしまって、オルゴールの針か、それに類したものになってしまうだろう」


 希望も意志も欲望もないような人間が、オルゴールの針でなくって、一体なんだというのだ? 


「じゃあ、本当にそんなことが起こり得るかどうか、ひとつ可能性を考えてみようじゃない?」


 黒衣の少女は、僕にそう言葉を投げかけた。


「私たちの行動は、大部分は間違っているのだ。つまり、我々が時として、とてつもない馬鹿げたことを望むのは、利益を獲得するための一番楽な方法が、その馬鹿げた行動の中にあるように勘違いしてしまうからだ……と言われたら、貴方はどうする?」

「それは、さっきも答えたよ。そういう事が、すっかり説き明かされて、コンピューター上で計算されてしまったら、いわゆる欲望なるものは、完全に存在しなくなるんだ」

「それで?」

「もしいつか、熱狂と理性がこっそりと談合し、完全に合意してしまったら、僕たちは熱狂なんかしないで、理性の働きに従うようになるだろう」


 まったく、いつかそのうちには、いわゆる「自由意志の法則」が発見されてしまうのかもしれない。すべての熱狂や、気まぐれまでもが、本当に細かく分析されるようになるのかもしれない。すると当然、冗談は抜きにして、本当に何か表のようなものが出来あがることになる。すると僕たちは、本当にこの表通りに行動するようになるのだ。


「たとえば、僕がある人に、『異世界転生・チート物とか、書いてて本当に楽しい?』と煽って見せたとする。それは僕の意志ではなく、そのように煽らなければならぬと、キカイに指示されたから、そうするんだ」


 しかも僕が、そんな風に他人を煽っておきながら、「書くのはともかく、読むのは好きなのだ」と、正確な計算の上で証明されるとすれば、その時は一体、どんな自由が僕に残されるというのだろう? 


「もしそれが実現されるとすれば、僕たちはもう、実質的には何にもすることがなくなってしまう。仮初にも物書きである僕たちが、そうした表やキカイの指示に従い、【異世界転生・チート物を大量に生み出す装置】になることを定められているのだとすれば、仕方がないから、《《異世界転生・チート物さえも受け容れるべき》》という事になるのさ」


「実際に、現実はそうなりつつあるんじゃないかしら? もしかしたら、その世界では、貴方もまた、異世界転生・チート物に快楽を見出すだけの萌豚になってしまっているかもね」

「まさにそのとおりだ」


 今でも結構好きなことは、流石に黙っていた。僕は引きこもりとは違うからだ。本当に情けないとは思うが、読んでて楽しいんだから仕方ない。僕が黙り込んでいると、少女の方から助け船が出てきた。


「理性は確かに結構なものに相違ないわ。だけど、理性は要するにただの理性であって、単に人間の理知的能力を満足させるにすぎない。だけど、熱狂は、【生きることそのもの】よ」


 少女のその言葉は、ほんの少しだけ僕に勇気を与えた。


「そんな言葉を、もっと聞かせてくれないか? 正直に言えば、近頃の僕は、心が折れそうなんだ。僕の作品が理解されないのは構わない。だけど、自分で自分の作品が面白くないのは困る」


「では、こんな言葉はどうかしら? 理性はただ、食べて、寝て、出すのとおなじ、人間の生理的作用の一つに過ぎない」

「それで?」

「熱狂に浮かされた人々の生活は、しばしば、悲惨なものになりがちだけど、それでもやはり生きる目的であって、単なる平方根を求めるような仕事とは違う。理性がそもそも何を知っているというのよ?」


 理性はただ、『今まで正しいと証明できたもの』を知っているにすぎず、ヒトがどんなに努力を重ねようと、理性では把握しきれない世界が、厳粛として存在し続けるはずだと、彼女は主張した。


「第一、貴方が理性的能力を発揮してる時間なんか、一日に二時間くらいでしょ? そんなものを満足させるのではなく、【生きることそのもの】ために生きたいと願うのは、ヒトとして自然な話じゃないかしら?」

「確かにその通りだ。だが、今の僕を熱狂させるもの――生きることそのもの――は、一体何だろう?」


 僕はもう相場を張る意欲を失ってしまった。創作に関しても、自分が書かなければならない理由を見失いかけている。「今やらなきゃダメだ」という強迫観念だけは、依然として存在するのだけれども……。


「それは私には分からないわ。でも、ヒトという生き物は、自分の内部に存する一切のものを賭けて、意識的に、あるいは無意識的に、『熱狂』に向かうための活動をしている。見当違いもあるけれど、とにかくそのために生きているのよ」


《続く》

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ