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五月六日 金曜日

 



 五月六日 金曜日。


 今日は久しぶりの日本晴れでした。こんな日は外へピクニックに出かけたら気持ちがよかったでしょう。ママの作ってくれた美味しいお弁当を食べたらきっと、もっとテンションが上がったはずです。


 だけど僕は夜ご飯ができるまでずっと、リビングにある本棚を眺めていました。ママは、「本当に本が好きね」と言って僕の頭をなでました。隣でパパも笑っていました。


 昨日は結局、王子様は何もせずに一人でこの家から帰っていきました。朝ごはんだけでも食べていったらという僕たちの提案も断って、王子様は静かに玄関へと向かったのです。


 王子様は昨日、僕を襲おうとしてきたけれど、それはたぶん衝動的なことだったんだと思います。そして、それが良くないことだとすぐに気づいたと思うのです。王子様のことは会ったばかりでよく知らなかったけれど、僕にはどうしても彼が悪い人だとは思えませんでした。その証拠は? ともし誰かに訊かれたら言葉に詰まりますが、直感的にそう思ったのです。ママとパパも、たぶん僕と同じ気持ちでいると思います。二人は僕に似てすごくすごく優しいし、最初に相手を傷つけてしまったのは自分たちの方なのだからと思っているらしいのです。




 きっとあのとき、王子様の心は深く傷ついていたはずです。愛する婚約者が自分のことを裏切って別の男性と暮らしていたという事実を目の当たりにして、将来を悲観して、ちょっとだけ頭がこんがらがってしまったのだと僕は思うのです。


 王子様は短剣を鞘にしまった後、目を伏せたまま僕たちの家の玄関を出て行きました。これから王子様は、とりあえず自分の国へ帰って、侍従たちにこのことを報告し、僕のママと結婚することは諦めて、新しいお嫁さんを探しにまたどこかへ旅に出るらしいです。

 王子様は帰り際にこう言っていました。


「僕だってな、とびきりの美女をどこかで見つけて、世界一、いや! 宇宙一、幸せな家族をつくるんだからなっ! ふんっ」


 王子様は急に顔を上げると、ちょっとだけふてくされたように頬を膨らませていました。


 その様子を見ていた僕のパパとママは、大きく頷いて、仲良く手を繋ぎながら王子様のことを見送りました。王子様はそれに気がつくと、「チッ」と舌打ちをして目を細めました。けれど何か文句を言うわけでもなく、再び前を向いて歩き出そうとしていました。その一連を見ていた僕も微笑んで王子様を見送ります。


 最後にもう一度だけ、王子様が足を止めてこちらを振り返りました。僕のママとパパも無言でその様子を見ています。


 二人と目が合った王子様は少しの間黙っていました。そして、「……絶対に幸せでいるんだぞ」と小さな声で言いました。それ以上の言葉は口に出さず、王子様はまた前を向いて歩き出すと、もう二度と振り返ることはしませんでした。


 きっと王子様は、本当に僕のママのことが好きだったのだと思います。愛する人が幸せでいてくれるなら、これ以上自分がこの国にいる必要はないと思ってくれたのかもしれません。


 僕はもう少し王子様とお喋りをしてみたいと思いましたが、その気持ちは心の奥底へとしまいました。たぶんもう二度と会わない方がいいと思ったからです。




 そうして、家族三人に戻った我が家はいつものように和やかな雰囲気になっていました。


「そうだ! 新しい本買ってくれる? こないだお小遣いを貯めて買ったあの本、途中で白紙になっていたんだよ。まだ完結していないのに、作者が物語を書くのを途中で断念してしまったみたいなんだ。だから違う本が読みたいなーって」


 僕は会話のどさくさに紛れて、読みかけの本を見せながら、夜ご飯を食べていたパパに言いました。僕は、ママ譲りの大きな目をキラキラと輝かせるように見開くと、元々たどたどしかった喋り方をあえてもっと危うくさせておねだりをしていました。子どもの特権を大いに利用して、パパの父性本能に訴えかけてみたのです。


「え? そうなの? その本のタイトルは何て言うの?」

「えーとね、『僕の日記を勝手に触らないでください。』だよ」

「変わったタイトルだね」

「うん(笑)」

「じゃあ新しい本、今度パパが買ってあげるよ。一緒に本屋さん行こう」

「ホント!? やった~♪」




 僕は本が大好きです。本が好きすぎていつか自分で小説を書いてみたいとも思っています。


 でも、今の僕にはまだ面白い物語を生み出せる自信はありません。どうやって小説を書いたらいいのかよくわからないし、小説のアイデアさえ思いついていないのです。


 でも少なくとも、最近僕が読んだ『僕の日記を勝手に触らないでください。』という本よりは、面白いものが書けるような気がしていました。だってこの小説、タイトルと物語の内容が全然合っていないんだもの。それに、途中で白紙になる小説を事前通知せずに販売して子どもからお金をとるなんてあんまりだと思います。それも一番いいところだったのに続きが読めないなんて、楽しみにとっておいたデザートを誰かに横取りされてしまったときくらい気持ちがモヤモヤとします。


 だけど僕は、まだ人のことをとやかく言える立場ではないのかもしれません。だって、僕はまだ一度も小説を書いたことがないし、この小説をちゃんと最後まで読むことができなかったから。けれど僕はまだ小学生です。小説を書くよりもまずはもっと漢字を覚えるところからはじめなくちゃ……(笑)その練習のためにも、これから先も日記をつけたいと思っています。上手く文章が書けなくても、毎日続けていれば少しくらいはましになると信じています。


 それでは、また明日。

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