17- ゴラ村の悪夢、我には張り子の蛇
丁度生贄を差し出した村――ハーブル村でドライグに供物代わりの料理が出されていた頃。その隣村、ゴラ村で真っ黒な八首の蛇が蠢いていた。黄色い目を輝かせ、首の一つが周りを見る。消えてはいるものの……火事にでもあったのか焼け落ちた家。そこらに転がる、村人たちの死体。そして……その死体は全てか恐怖か苦悶の表情を出している。
『くくく……今頃は餌共の村が妾の眷属に襲われている頃かの』
首の一つが舌を何度か出し入れしながら、上ずった愉快そうな鳴き声を出す。首の一つは今も餌の一つ――人の形の肉を貪っている。この魔物が、ハーブル村にスタンピードをけしかけた張本人……いや、張本蛇だった。とはいえ、落とせるとは思っていない。ただ単に、威力偵察のつもりだった。
(落とせればそれでよし、そのまま縄張りを広げて……奴らの城とやらに食らいついてくれる。ただ、あれだけではおそらくは無理だがの)
首の一つが、その黄色い瞳で今の状態を確認すべく他の首を見る。鳴き声を上げていた首、目を細め警戒するように周りを見渡す首、黙々と餌を貪る首……動いている首はそれで全部だった。残りの首は胴体に身体を縮こませ、目を瞑ったまま眠ったかのように動かないでいる。息すらもしていないが。
(……今思い出しても忌々しい)
蛇は思う。本来なら、自分がこの辺り一帯の長のつもりで、アレさえなければ国さえも丸呑みにしていただろう。興が乗り、いくつかの村はわざと生き残らせた上で生贄を出させていた。守るつもりは毛頭もなかったが……旨い餌の定期的な供給先としては十分。もっとも、うち一つは我慢できずに皆食べてしまったが。それが、ウロコを身に着けた餌の集団に、妾の方が逃げる羽目になったのだ! たかが、餌の分際で! その瞬間、尻尾が強く地面をたたき、土埃が舞い上がる。
(……一匹一匹は大したことない。しかし、食っても焼いても、毒息を吐いても向かってくるあの集団は憎くも脅威ではあるのよな)
味としては極上ではある。ウロコが引っ掛かるが、肉も骨も柔らかく……何より獲物の魔素が我になじみやすい。魔核を持たぬ生き物の中で、あれが一番極上だ。……ただ、我にたてつき、手傷を追わせなければ。格下らしくしておればよいものを! 蛇は度々、ウロコをつけた餌……鎧の騎士に憤慨する。
『あのウロコの集団さえ居なければ……わらわがこの辺りの王者だったものを!』
銀色のウロコに身を包んだ――実際は鎧を着た騎士や馬達だったのだが、その騎士団の奮闘により、蛇は身を潜めなければならなかった。だからこそ……八首の蛇――ヒュドラにとってはその騎士たちが憎かった。
(あのせいで、どれだけ苦労したか……!)
ヒュドラの強さは本来、首が全て動けて全力を発揮できる。だが、身を潜めていた当初は二本しかなかった。故に、強者たるはずのヒュドラが弱者のような生活を、数年間強いられていたのだ。それゆえに、より恨めしい。
『苦労した故、新たな進化先を得ることになったのではあるが……まずはあの時の怨みを返さねば』
今回のけしかけである程度数を削られていればそれで良い。まだ動かれては困るので……村人を一人、追いかけてスタンピードが起きたように仕向けていた。村人でさえ、仕込みだ。家族を食い殺すと脅し、こちらにつくように仕向けてある。もっとも、その家族とやらは既に腹の中だが。
(それで相手の手の内を明かし、しかるべき対策をするのみのよ……くくく)
目覚めた力を使えば、おそらくは駆逐できる。ヒュドラはそう思っていた。だが、前回やられたという経験上、様子を見て可能な限り自身に有利な条件を整えてから挑むつもりだった。少なくとも、全ての首が動けるようになるまでは眷属のけしかけをメインにするつもりだった。
(定期的に畑や狩人を襲わせてやろうか、飲み水に毒を仕込んでやろうか……手段を考えるだけでもそそるのう……)
その蛇舌をチロチロと出し、嗜虐の快感を思い浮かべながら口角を釣り上げて笑う。どのように調理してやるか、どのように恐怖させてやるか。そのヒュドラにとってはそれが楽しみで楽しみで仕方なかった。そうこうしている間に、眷属の使いが来る。
『さて、報告を聞こうかの……』
半ば上機嫌で、眷属を待つ。数刻後、自身が激昂し、その眷属を殺してしまうことなどは露も知らないまま。
「あの者は八首の回し者だ。受け入れるな」
我がそういった後、その場は凍り付いていた。村人は誰も彼も、視線をこちらに向けてはいても、瞬きだけで口を少し開けたまま、呆然としている。凍り付いていないのは……こちらを見たまま心底面倒そうな顔をした銀髪の人間もどきくらいだ。何故だ? あの程度のもの、レールガンが実現しているのなら取るの足らないだろうに。
「……何を固まっておる」
聞いても反応がない。ひょっとして、あの八首は固まるくらいには強いのか? レールガンをEシールドもなしに耐えるものがおるとは思えぬが……。
「……もも、申し訳ございません。ド、ドラゴン様、もう一度おっしゃってはいただけませんか?」
その中でやっと動いたのは村長のアドルだった。二度いったのに、伝わらなかったか。
「あの者は八首の回し者故、受け入れるなといったのだ。……承服できぬ、といはいうまいな?」
村長は血の気がやや引いた顔を横に振りながら「違います! 受け入れ拒否は承知しました! ですが……八首……ヒュドラの手ものものというのは本当です、か?」と聞いた。何だ、そちらか。狂暴な知的生物がいるなら恐れるのも当然か? 名のある盗賊団がいるようなものであるし。
「何だ、我が言葉を疑うのか? ならば……見るがいい」
我はそう言いながら、通信回線を開いて『リラ、探査機を使って映像をこちらに投影せよ』と命じた。そのあと、《了解しました、ドライグ様》と返答が来て、数刻後目の前の映像が流れる。
「ドライグ様、あれはなんですの!?」
周りが……人間もどきでさえ呆然としている中で唯一、星の散る演出さえ出そうな感じで目を輝かせた金髪の少女だけが聞いてきた。声もかなり上ずった様子で、興奮状態にあるようだが……何って、ただのホログラムなのだが。この技術レベルのものを中世の文化レベルのものに言っても……そうだ。
「これは我が魔法のうち一つだ」
この世界は魔法があるのだ、そう言えば信じられるだろう。過ぎたる科学は魔法が如し、とそういう言葉もあるようだからな。金髪の少女……先ほど――村の者が料理を作っていた辺りからからどうも絵姿を描いていたようだが、それを聞くなり弾むような声で「これが神話の技……素晴らしいですわ!」とやや鼻息を荒くしながら村の者から借りたペンを木の板に走らせていた。ある種、最高のモチーフを見つけた芸術家、と言ったところか。
(まぁ……絵姿にされるというのは悪くあるまい)
銀髪の人間もどきがまた高音域で『そんな魔法ないわよ……』と目を瞑って肩を落としながら呟いているがもう一度一睨みしておくことにする。精霊か、別の何かかは分からぬが……えらく知識が広いな、あの人間もどき。いい情報源ではあるのだが。だから、目を見開いて「何で聞こえるの!?」というような顔をするな。それくらい動物でもできるだろうが。視線でそういう意味を込めてもっと睨んでおく。
「ド、ドライグ様、その村のものが何か粗相でもしましたかな?」
緊張しているのか、ちょっと震えた様子の村長が声をかけてくる。あぁ、さすがにあの音域は人族には酷な話か。我は「少し気になっただけだ。矮小なる者が気にするような事ではない」と返事をした。村長は「左様ですか……」と視線を空中の映像に移した。映像では、丁度あの者が魔物に前へ投げ捨てられたところだ。
「……手の者、というのはわかりました。ですが、八首の回し者というのは……?」
我は裏でコンソールを脳波で弄り、映像を吟味する。衛星映像でも良いが……お、もっといいのがあるな。せっかくなのでこれを出そう。そして目の前に見えるは空を飛んで村に向かった時の映像。その映像をどんどん拡大していくと、村跡らしき場所に黒い蛇が見える。その映像では見える首は四つではあるが……。
「来る時に見えた。隣の縄張りがこんな状態だ、手のものでないというほうが考えにくいのではないか?」
映像に悲鳴が上がった。何人か村人がパニックを起こしているようだ。しきりに「あ、あいつだ、あいつがも、戻ってきたんだ……!」と地面に腰を落として口をガクガクさせているものも、地面に卒倒してしまったものさえおる。
「何だ、知っているのか?」
首を村長に向ける。村長は映像を見ながら足を震わせ、先ほどよりも血の気のない真っ青な顔で身体を震わせてただただ固まっていた。
「知っておるのか?」
「……見間違えるはずもありません、あれは……あれはヒュドラだ……!」
個体名もそのままなのか。こう地球と共通点が多いと何やら作為的なものを感じるな。周りを見渡しても、パニックを起こして逃げまどったり、地面にへたり込んだり、「あなた……坊や……」とうわ言を呟いてフラッシュバックを起こしていたりする。パニックになっていなくとも、なった者を抑えようと右往左往している。当然、誰も肉にありつこうとしない。……しょうがない。
「ガォォオォオォオン!」
ラチが明かないので一声吠えた。空気が震え、建物が揺れる。人々は耳を抑え、目を瞑り固まる。……ようやく静かになったな。まだ震えている者もおるが……それはもう致し方あるまい。
「騒ぐでない。早く次を持て。トラブルがあった故に多少焦げているであろうが……かまわぬ」
その言葉を聞いて、ようやくポールと呼ばれている者、エリックと呼ばれている者がハッツと目を見開いて、頭を肉の方向に向けた。むぅ、少し焦げているようだな。それを見た二人は駆け出し、まだドラゴンの方を見て固まり、口を開いて、目をパチクリさせていた村人に対して「早くあの肉を回せ! ドラゴン様への料理なのに焦げているぞ!」と声を張り上げながら慌てて動いていた。
(……この村の者は、あのヒュドラには何かしらあるのだな)
周りを見ると、ようやく先ほどの映像でショックを受けた村人が再起動し、慌てて駆けずりまわり、気絶したり、動けなくなったりした者を家に運んだり、両手で相手の顔を叩いて「しっかりしろ!」と声をかけて回ったりしてあわただしく動く。あの程度、レールガンがあれば……いや、なくてもあのランスを持った騎士でもいけないことはないのか?
(……それはそれで被害が大きそうだな)
レールガンがあればそれを撃てば済みだろう、そこまで被害を望むわけもなし。そうこうしていると、肩を落とし、目を細め疲れ果てた表情で銀髪の人間モドキが、はじめて我に向かって口を開いた。
「ところであ――、ドラゴン、様はあれ、大丈夫なの?」
視線の先では、ヒュドラがまだ映し出されている。「大丈夫なの?」とは、あれを相手にしてやられないかとか、逃げないかということだろうか? 愚問にも程がある。が……まぁ、答えてやろう。
「矮小なる者共に退けられる程度のやつであろう? そのようなものに苦戦すると思うか?」
確かに情報はその程度しかないが、な。ただ、世の中にはパワードスーツ部隊すら危うい怪物が存在するのだ。それに比べれば大したことはあるまい。人間もどきは引き攣った笑みを浮かべながら「さ、流石ですね……」と声を出す。あれは本気でそう思っておらぬ声だな。流石にもう高音域で呟くような真似はしないらしい。
「でも、ずっと村に居座――おられるわけでもないでしょう? どうするのです?」
……お前がいれば大丈夫とは思うのだが。隠しておるが、お前だけは動じていないのにその言葉を出すのは白々しいぞ。しかし――
「確かにいるわけではないな。だが、あの程度のものに我が縄張りを侵されるのも癪ではある。ここはひとつ――我が眷属を呼び出すとしよう」
あの程度の相手なら、眷属でも容易い。……実際に呼ぶのは眷属というよりは、ただの戦闘用ロボットとドローンだがな。人間モドキは予想外と言うかのように「えー……」という言葉を上げ、半目でこちらを見ていた。こいつ、失礼だな……前にこいつが言っていたように、一度谷底に捨ててやろうか。なんとなく、こいつはそんなことで死にそうにないし……そんなことを想いながら、我は脅威でもない隣村のヒュドラ……という名の動物らしき何かが居る方向を見ていた。……大したことはないと思うのだがな。
次回更新は6月23日予定です。よろしければ、感想・評価などお願いします。




