part 10
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そこにあいつがいた。いきなり転移してきたそいつ。チビのアルウル。ダークグリーンのレザー装備一式の上に、今日は何か、砂漠仕様のでっかいベージュのマントを装備して――
「おそいのよあんた!! ひとり減ったせいでこっちがどれだけ苦労したか――」
あたしはとんで行ってそいつの首に乱暴に手をまわした。
「いてえ! いきなり何すんだよこのバカ!!」
「あんたがぜんぜん来ないからよ! 全部あんたが悪い――」言いかけて、あたしはひとつ大事なことを思い出す。「あんただけど大丈夫、こんなとこダイブしてて? 避難は?」
「ふふふ。そこのところはもう大丈夫。」
アルウルが笑った。笑いながら偉そうに腰に手をあてて、バカっぽいポーズをつくる。
「これいま、オキワナのカフェからダイブ中。もう完全に危険エリアは突破した。」
「オキワナ? なんでオキワナ? どうやって??」
「前回のミッション報酬でリアルマネーがガッポリ入っただろ? いきなり避難だのなんだのの混乱で、半分ぐらいはそのこと忘れちまってたんだけど――」アルウルはそこにある噴水の縁に行儀悪くすわった。「けど、空港に着いた時、その金のこと思いだしてさ。センナイ空港。そこもやっぱり、空から脱出したいヤツらで大混雑。全便予約でいっぱいだったんだけど―― 正規運賃の百倍額払う。しかもそれはあんたに個人的にこっそり振りこみます。ほらこれ、俺のいまの銀行残高です。あとこれ、とりあえず前金で五十万どうぞ―― そう言ったら、職員のヒト、なんか目の色変えて、すぐにどっかに取り次いでくれてさ。おれの名前、乗客リストにムリヤリねじこんでくれたの。そのあとすぐの出発便。」
「ちょっとあんたそれ、露骨に賄賂ってヤツじゃないの??」
「いいんだよ何でも。非常時だからな。」
「よくないでしょ全然!!」
「ま、でもそうやって無事にオキワナ到着。いまこれ、ビーチ近くのよさげなカフェからダイブしてる。倍額払ってビップルームだぜ?。いやぁ、いいねえ金持ちっていうのは――」
「で、誰なんだこいつは?」
ガントがダガーソードを抜き放ち、殺気立った目であたしとアルウルを交互ににらむ。
「えーっと、じつは彼、もともとの、あとひとりのパーティーメンバーで~。。」
あたしはなにげに言いにくそうに言った。なんとな~く良くない展開。。
「すいません。。そういうわけで、今回はやっぱり、新規募集はあと一名っていうことで――」
「ふざけるな!!」ガントが怒鳴った。「約束が違うだろ。コロコロとルールを変えやがって。おれは認めないぞ、あとから来たそいつが無条件で合格なんて話は。」
「そうよそうよ~! 二名募集って言ってたもん! ズルはダメだと思いまーす!」
……
……
「……なるほど。そういうことね。だったら単純な話じゃん。」
アルウルが、じつにしょうもないな、と鼻で笑いながら言った。
「なにがどう単純なのよ?」
あたしはちょっとイラッとして問い詰める。
「すごくシンプルな話だ。じっさいここで四人でバトルすりゃいいだけじゃん?」
「バトル?」
「そ。バトル。おれとそっちのアサシンのおっさんと、あと、歌姫の何とかさん? あと、そっちの旅人服のヒトも―― 四人でまとめてここで戦う。で、勝ち残りの二名と、カトルレナとカナカナがパーティ組んでさっさと出発。な? それですむだろ? しょうもない面接とかやるからややこしい話になるんだよ。リアルな戦力が問題なわけだろ? だったらここで戦力見せて、勝ち残り組でイベントに行けばいい。それだけの話だよ。」
「む…」
あたしは言葉につまった。
た、たしかに。バカ単細胞のアルウルにしては、なかなか良い線をついてる――
「けど、あんたそれ、もし負けちゃったらどうすんの?」
「負ける? 誰が?」
「あんたよ。あんたそれ、ちゃんと勝てる見込みあって言ってる話なの?」
「…そいつはずいぶん低く見られたもんだなぁ」アルウルが、やれやれ、と偉そうに首を左右にふった。「何年おれとパーティ組んでんだ? おれを誰だと思ってる?」
「バカのアルウルでしょ。しかもたいして長くパーティ組んでないし」
「おまえ、おれが負けるとでも?」
「負けそうな気はする。」
「ちょっとそこふざけんなよ?」
「まじめで―す。」
「まあでも、それがいちばんフェアでわかりやすいよね。」
カトルレナが大きくうなずいた。
「よし。じゃ、それで決めましょう。ここで四人でバトルロワイヤル。勝ち残りの二名が合格ってことで。」
「勝ち負けの判定は? じっさい殺してもいいのか?」
ガントがドスのきいた視線でカトルレナをにらむ。
「さすがにそこまでは―― じゃ、今回はそう、HPゲージがオレンジ表示になった時点で負けにしましょう。その時点で、その人は審査から脱落。お互いそれ以上の攻撃は控える。」
「…わかった。じゃ、いいぜそれで。さっさとやろう。これ以上時間を無駄にしないように。」
「ん~、わたしも別に、それでかまわないけど~。」
「僕もそれでいいです。やりましょう。」
「だけどオレンジ表示とか、甘っちょろくないかそれ? もっともっと死ぬギリギリまでやるのが楽しいのに――」
とかなんとか、アルウルは余裕こいて何か強気なことを言っていたけど――
……
……
ブンッ
ガントのダガ―が空を切る。
速い!! 一瞬でアルウルのふところに切りこんだ。
カンッ!! カンッ!!
アルウルが両手にもった二本のダガーで受ける。
ガントの連撃を正確に受け止め、いなして――
ん~、あいつってばこんなに上手かったっけ? いつも適当に手を抜いて遊んでるとこしか見たことないし、まさかこんなに動けるなんて――
バシッ!!
アルウルの蹴りがとぶ。組んだ両腕で防いだガント。でも衝撃でうしろにふきとぶ。
派手な土ぼこりが上がる。ガントのHPゲージがググッと下がった。
一気にアルウルが距離をつめる。そして攻める。攻める。
高速の連続キックの何発かが確実にヒット、
ガントのHPゲージが黄色点灯。さらに左にさがってさがって――
ぐらり。
そのとき一瞬、視界が揺れた。
なんだか目まいみたいな、
おっきな波が船をまるごと揺らしたみたいな――
「なにこれ? なんかいま、変な感じしたよね?」
あたしはカトルレナの顔を見た。
なんだろう?
違和感。よくわかんないけど、そこにある色とか空気の感じもなんだかさっきとちょっぴり変わったみたいで――
シュッ!!
影がとんだ。淡いピンクの軌跡。
「お? お? なんだこいつ?」
とっさにアルウルが防ぐ。
けど、全部は防ぎきれない。小さなダメージがひとつ、またひとつ。じわっ、じわっとHPゲージが左に動く。
「なにあれ?? あれって歌姫? ちょっとあれって速すぎない? ぜんぜん動きが見えないんだけど??」
あたしは叫んだ。いったい何なの? ムチャクチャなスピードだあの歌姫のヒト。あんなのありえない!! ときどき視界に残る残像―― なんだかたぶん、なにか爪っぽい武器を両手につけてるような―― え、でもおかしいよ!! 言ってたことと違いすぎる!! なにが「前面にさえたたなければ大丈夫と思いまーす」だ?? めちゃくちゃ前面で近接戦やってる!! さっき見たスキル値的には、ぜんぜんそういうタイプに見えなかったのに――
「ヨルド様、」
これまでずっと無言で通してきた化けガラスのヨルドが、はじめて声を出した。
「どうしたのダグ?」
ネコリスのシェイプをしたヨルドがふりかえる。このヒトも今の今まで、なにげにあたしの肩の上で退屈そうにあくびをしながら成りゆきを見てた――
「あの女性キャラクタの動きは、たしかに少し奇妙です。ゲーム中の技術的制約を、いくつか無視した不可解な動きがありました。」
「つまり不正ということ? ではあれは敵?」
「はい。まだ断定はできませんが、その可能性が――」
バシュッ!!
派手な効果音。飛び散る銀色の視覚効果。
アルウルのHPゲージが一気に黄色ゾーンまで低下した。
ずるい!! ガントが背後からアルウルを斬撃。アルウル不利の二対一の展開だ。しかもガント、なんかさっきと武器が違う―― シミターみたいなでっかい剣でいきなりアルウルを背中を切りまくってる。しかもあれ何? 一撃ごとに飛び散る視覚効果―― あれって魔法エフェクト? ただの物理的な剣撃じゃないっぽい。
「なにあれあの剣? あんなの、あのヒト装備に持ってたっけ??」
あたしは叫んだ。隣でカトルレナも、なんだかムズカシイ顏で戦闘を見つめてる。
「ヨルド様。出ました。新たなイーグス反応っ!!」
ダグが鋭く言葉をとばした。
ザッ!! バシッ!! ガッ!! ドガッ!! ザシュッ!!
防いでる。防いでる。それでも何とか防いでる!!
アルウル防いでる!! すごい! 前後からの攻撃を二本ダガーで必死に防いで――
上手い!! とっても上手い。すごく高度な回避テクだよあれ!
けど―― だけど非情にもHPゲージはさらに低下。もうまもなくオレンジゾーンに――
「やばいよカトルレナ!! なんかヤバいよあのふたり!」
「強すぎる―― よね。変だ。不自然すぎる。さっき見たスキル構成でできる動きじゃない。あのガントの武器も変だ。あんなエフェクト見たことない。魔法強化にしても――」
ザンッ!!
「な、ん――だ――と??」
ガントが大きく目を見開いた。
腰のあたりから上が、なんだか不自然に左にスライド。
真っ二つ…… 切り離された上半身が、地面に落下――
ピィィィィンン……
高い金属質の効果音。ガントのキャラクタグラフィックが四散。
虹色の粉になって散り消えた。
―― DEAD ――
赤色のデッド表示がそっこにともった。
な、なにが起こったの??
ぜんぜん今の、よく見えなかった――
たちこめる砂ぼこりがすっかりおさまったとき、
誰かがそこに立っている。
剣撃のアフターモーションのまま静止した、そのヒト――
眉ひとつ動かさず、まったく平静そのもの。両手で持つのは、いかにも下位クラスの廉価版ロングソード。そしてあの、いかにも冴えない安物の旅人服。
「あ、すいません。ちょっと強く切り過ぎてしまいました。」
剣撃ポーズを解いて、
職業不詳のルルコルルがきまり悪そうに言った。
「なっっ。。お、おまえ、今なにを――」
いままでひたすらにアルウルを攻め続けていた歌姫が、その場で動きを止めた。顔には明らかな狼狽が浮かんでる。
「すいません。まだあんまり、力の加減がよくわからなくて――」
ニコッとイノセントに微笑んで、ルルコルルが歌姫に謝った。
「あの~、続けて攻撃してもいいですか?」
「な??」
バシュッ!!
クリティカルヒット!!
縦方向の剣撃が歌姫の背中をふたつに割った。
はじけとぶ虹色の視覚効果。
歌姫ヘスキアのキャラクタービジュアルが、一瞬でフィールドから消えた。
そして赤を完全にふりきったHPゲージの上に、
―― DEAD ――
「んー、今度はけっこう加減したつもりだったんですけど。またちょっとやりすぎてしまいました。このゲーム、力の加減がけっこうムズカシイんですね… あの~、でもこれって、審査終了でいいんですよね? いちおう二人、勝ち残りということで?」
「…えっと、ん、そ、そうですね。は、はい。そうです。終わりです。。」
うわずった声でカトルレナが言った。いつもわりと冷静なカトルレナがめずらしく動揺してる。
「分析結果は出た? あれもやはりサクルタス? 三体目が来ているの?」
あたしの肩の上で、黒のネコリスがこっそりささやく。
「いえ、それがその、ヨルド様、」
アタマの上では、化けガラスのダグが――、っていうか、いちいちアタマにとまるなって! なにげに重いしツメが頭皮に食い込んで痛いっ!!
「今現在、いっさいのイーグス反応がすでに消失しています。いまあそこにいるルルコルルというキャラクターに関しましては―― すべての数値が正常値。不正や外部侵入の形跡はいっさい感知できません。」
「では、普通の人間のプレーヤーということね? 脅威ではなく?」
「――そうなりますね。手元の分析結果を見るかぎりでは―― しかし、どうもなにか釈然としません。」
「何が問題?」
「とくに問題というほどのこともないのですが――」カラスがクチバシの先で神経質そうに左の翼を掻いた。「いささか数値が綺麗すぎると言いますか―― すべてのパラメーターやアルゴリズムが、あまりにも模範的すぎると言えば良いのでしょうか。」
「では、引き続きモニターが必要ね。危険の兆候を感じれば、すぐに第四戦闘態勢に。」
「はい。その点はぬかりなく――」
「おい、なんかすげえの来ちまったな。」
こっちに戻ってきたアルウルが、回復ポーションを使いながら小声で言った。
「やばいぞあいつ。あの旅人。なんだあれ?」
「さっきの二人もやばかったよっ。ありえない速さ。ありえない打撃力。」
「おいカナカナ、おまえ、いったいどんな募集したんだよ? なんか妙なバケモノプレーヤーばっかり集めてきやがって。」
「し、知らないわよ! だって募集は普通にやったもん!」
……
……




