表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の夜間未受理窓口 〜出せなかった願いを受理したら、人生が少しだけ書き換わりました〜  作者: swingout777


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/40

第20話 受理できなかった書記官

 白い扉の向こうから、細い声が聞こえた。


「お姉様……」


 それは、眠っている人の声というより、十年前の夜から戻れない人の声だった。


「まだ、受け取ってもらえていないの」


 リディアは、胸元の解雇通知を握りしめた。


 紙の奥が熱い。


 告発者、王宮関連記録確認のため入室を求める。


 雨に濡れ、彼女を追い出したはずの紙が、今は王宮の奥へ入るための申請文として息をしている。


 扉の前には護衛が二人いた。


 どちらも王宮北棟付きの衛兵だろう。

 白と紺の制服に、銀の留め具。剣は抜いていないが、こちらへ向ける視線には明確な警戒がある。


「止まれ」


 背の高い護衛が言った。


「ここから先は第二王女殿下の療養区画だ。許可なき者の立ち入りは禁じられている」


 イリスが一歩前へ出た。


「イリス・ベルクです。殿下のお部屋付き侍女として戻りました」


「その二人は?」


 護衛の視線がリディアとノアへ向く。


 リディアは、解雇通知を胸元から取り出した。


 この紙を見せることに、まだ抵抗があった。

 自分を消すために作られた紙。


 けれど、そこに残っていた一文は違う。


 彼女は、告発者である。


 リディアは紙を広げた。


「王都庁舎書記官補佐、リディア・クラウスです」


 そう名乗った瞬間、護衛の一人が眉をひそめた。


「クラウス……?」


 彼は手元の小さな確認板を見る。

 王宮内の入室許可名簿だろう。


 そこにリディアの名はない。


 当然だ。


 彼女はもう、職員名簿から消されかけている。


「そのような者の入室許可は出ていない」


「正式な入室許可ではありません」


 リディアは言った。


「内部告発者として、王宮関連記録の確認を求めます」


 護衛の顔が険しくなる。


「内部告発者?」


 その言葉を聞いた瞬間、リディアの解雇通知が淡く光った。


 雨でにじんだ表面に、新しい文字が浮かぶ。


 内部告発受付準備中。

 告発対象、婚約関連文書不正処理。

 関連記録、王宮嘆願制度改正案および王女救済願。


 護衛たちの目が、その文字を追う。


 紙は、彼らに見えている。


 それだけで、リディアは少しだけ息をつけた。


 自分の名前は消えかけていても、まだ完全には消えていない。


「この書類は……」


 護衛の声が揺れた。


「庁舎の処分通知ではないのか」


「表向きは、そうです」


 リディアは答えた。


「ですが、本来は告発者保護申請へ回されるはずの書類でした。処理途中でEX-04へ移管されています」


 EX-04。


 その記号を口にした瞬間、護衛たちの表情が変わった。


 知っている。


 少なくとも、王宮北棟の護衛ですら、その記号の重さを知っている。


 イリスが震える声で続けた。


「この方々は、殿下のお言葉を病状記録ではなく、正式な未受理案件として確認するために来られました」


「侍女イリス」


 護衛の声が低くなる。


「その言い方は危険だ」


「分かっています」


 イリスは唇を噛んだ。


「でも、殿下は今も毎夜、同じお言葉を繰り返されています。私はもう、それをただの悪夢として記録することができません」


 護衛たちは黙った。


 その沈黙は、拒絶ではなかった。


 彼らも聞いているのだ。


 扉の奥から漏れる、ミリア王女のうわごとを。


 お姉様を、殺さないで。

 まだ、受け取ってもらえていないの。


 それを何度も聞きながら、護衛として立ち続けてきた。


 背の低い護衛が、リディアではなくノアを見た。


「そちらの者は?」


 リディアは、はっとした。


 ノアは一歩後ろに控えていた。


 黒い制服。

 静かな顔。

 夜間未受理窓口の管理官。


 だが、王宮の記録上、彼は十年前に死んでいる。


 ノアは、静かに名乗った。


「ノア・エルセイドです」


 その名を聞いた瞬間、廊下の空気がわずかに歪んだ。


 護衛の確認板が小さく震える。


 板の表面に、古い文字が浮かんだ。


 ノア・エルセイド

 王宮臨時受付補助

 十年前、事故死


 護衛の顔から血の気が引いた。


「ノア・エルセイドは、死亡記録にある」


「はい」


 ノアは否定しなかった。


「記録上は」


「では、あなたは何者だ」


「受理できなかった書記官です」


 短い答えだった。


 リディアは、ノアを見た。


 その横顔は静かだった。

 けれど、白い廊下に立つ彼は、夜間未受理窓口にいる時よりもずっと痛ましく見えた。


 ここは、彼が十年前に受け取れなかった場所に近い。


 救済願を差し出され、受理できず、やがて自分自身も記録から消された場所。


 護衛は言葉を失っていた。


 イリスが小さく言う。


「この方を、殿下は夢の中で呼ばれることがあります」


 ノアの肩が、かすかに動いた。


「何と?」


 声が低い。


 イリスはためらった。


 だが、答えた。


「黒い服の書記官、と」


 ノアは目を閉じた。


 ほんの一瞬だけ。


 それから、深く息を吸う。


「そうですか」


 それだけだった。


 だが、リディアには分かった。


 その一言の奥で、十年分の後悔が崩れかけている。


 扉の向こうで、また声がした。


「……受け取って」


 細く、弱い声。


「お願い、受け取って」


 護衛たちが互いに目を合わせる。


 背の高い護衛が、ゆっくりと扉の前から退いた。


「長くは、許可できない」


 彼は言った。


「記録係が来れば、我々も止められない」


「ありがとうございます」


 リディアが頭を下げると、護衛は小さく首を振った。


「礼を言われることではない」


 その声には、疲れが滲んでいた。


「我々も、聞いていた」


 それだけ言って、彼は扉を開けた。


 白い部屋だった。


 王宮の奥にある療養室。


 高い窓には薄い布がかかり、朝の光はやわらかく遮られている。

 花瓶には白い花。

 壁際には薬草棚。

 小さな机。

 刺繍台。

 そして、窓辺の椅子。


 そこに、一人の女性が座っていた。


 淡い金の髪。

 白い頬。

 細い指。


 第二王女ミリア・エル・ラウゼリア。


 年齢はリディアと近いはずだ。

 けれど、窓辺に座る姿は、どこか十歳の少女のまま時間が止まっているように見えた。


 彼女の膝には、古い木箱が置かれている。


 その箱に、両手を重ねていた。


 ミリアは、扉が開いた音にゆっくり顔を上げた。


 イリスを見て、微かに微笑む。


「イリス。戻ったのね」


「はい、殿下」


 イリスの声は震えていた。


 ミリアの視線が、リディアへ移る。


 そして、その隣にいるノアを見た瞬間、彼女の表情が凍った。


 部屋の空気が、静かに割れる。


 ミリアの指が、膝の上の木箱を強く掴んだ。


「あなた……」


 声がかすれている。


 ノアは、一歩も動かなかった。


 ただ、深く頭を下げた。


「お久しぶりでございます。ミリア殿下」


 ミリアの唇が震えた。


「黒い服の、書記官」


 ノアは目を伏せた。


「はい」


 ミリアは、椅子から立ち上がろうとした。


 だが、膝に力が入らないのか、体が揺れる。


 イリスが駆け寄ろうとしたが、ミリアは片手で制した。


「来ないで」


 声は弱い。


 けれど、はっきりしていた。


 彼女は、ノアから目を離さない。


「あなたは、あの時、そこにいた」


「はい」


「私の紙を、見た」


「はい」


「手を伸ばした」


「はい」


「でも、受け取らなかった」


 ノアの表情は変わらなかった。


 だが、リディアには分かった。


 今、彼の胸の奥で何かが切れている。


 それでも彼は逃げなかった。


「はい」


 ミリアの目に、涙が浮かんだ。


「どうして?」


 その一言は、子どもの声だった。


 十年前、差し出した紙を受け取ってもらえなかった少女の声。


「どうして、受け取ってくれなかったの」


 ノアは、ゆっくり膝をついた。


 王女の前に。


 書記官として。


 受理できなかった者として。


「怖かったからです」


 リディアは息を呑んだ。


 ノアの声は、低く、静かだった。


「命令がありました。殿下の書類を受理してはならないと。私には逆らえませんでした。自分の職を失うことが怖かった。王宮に逆らうことが怖かった。あなたの願いが何を意味するのか、分かりかけていたからこそ、怖かった」


 ミリアは、泣きそうな顔で彼を見ていた。


 ノアは続けた。


「私は、あなたの救済願を受理できませんでした」


 その言葉が、部屋の中に落ちる。


「申し訳ありません」


 ノアは、深く頭を下げた。


「十年前、あなたの差し出した手を、私は受け取りませんでした」


 ミリアは、何も言わなかった。


 ただ、涙が頬を伝った。


 リディアは、動けなかった。


 ここで口を挟んではいけないと分かった。


 これは、ミリア王女とノアの間に残っていた未受理だ。


 謝罪は、相手に赦しを求めるためだけにあるのではない。

 ユリスの謝罪文の時に学んだ。


 赦されるかどうかは、受け取る側が決める。


 ノアは今、赦されるためではなく、逃げなかった事実を差し出している。


 長い沈黙のあと、ミリアが言った。


「あなたが受け取っていたら、お姉様は助かった?」


 その問いに、ノアはすぐ答えなかった。


 リディアは胸が締めつけられた。


 嘘をつけば楽になるかもしれない。

 受け取っていれば助かったと断言すれば、ノアの罪は大きくなるが、ミリアの願いには意味があったことになる。


 逆に、受け取っても助からなかったと言えば、ミリアの十年をさらに深く傷つけるかもしれない。


 ノアは、慎重に言葉を選んだ。


「分かりません」


 ミリアの目が揺れる。


「分からない?」


「はい」


「それだけ?」


「それだけです」


 ノアは顔を上げた。


「受理していれば、何かが変わったかもしれません。調査が始まったかもしれない。アレリア殿下を別の部屋へ移せたかもしれない。改革案の存在が早く表に出たかもしれない」


 彼の声が、わずかに震える。


「でも、受理していても間に合わなかったかもしれません。すでに手遅れだったかもしれない。私には、助かったとは言えません」


 ミリアは、唇を噛んだ。


 ノアは続ける。


「ですが、一つだけ確かなことがあります」


「何?」


「あなたが助けを求めたことは、間違いではありませんでした」


 ミリアの表情が、崩れた。


 リディアは、胸が痛くなるほどその顔を見つめた。


 ミリアは、ずっとその言葉を待っていたのかもしれない。


 姉を救えなかった。

 自分が願いを出したから姉が死んだのかもしれない。

 助けを求めたことが、間違いだったのかもしれない。


 十年間、その問いの中にいた。


 ノアは、低く言った。


「間違っていたのは、受け取らなかった私たちです」


 ミリアは、木箱を抱きしめたまま、ゆっくり座り込んだ。


 イリスが駆け寄り、支える。


 ミリアは泣いていた。


 声を出さずに。


 リディアは、一歩前へ出た。


「ミリア王女殿下」


 声をかけると、ミリアがゆっくり顔を上げる。


 その目は涙で濡れていた。


「あなたは?」


「リディア・クラウスと申します。王都庁舎の元書記官補佐です」


「元……」


「はい。今は、夜間未受理窓口で臨時受理官をしています」


 ミリアの指が、木箱に触れる。


「夜間未受理窓口」


 その言葉を、彼女は初めて聞いたもののように、しかし懐かしいもののように繰り返した。


「本当に、あったのね」


「はい」


「夢じゃ、なかったのね」


「はい」


 リディアは、胸元から解雇通知を取り出した。


 それを見せるためではない。

 自分がここへ来た理由を忘れないためだ。


「私は、あなたの救済願を拾いました」


 ミリアの顔から血の気が引く。


「私の……」


「はい」


「まだ、残っていたの?」


「残っていました」


 ミリアの手が震える。


「燃やされたと思っていた」


「燃やされませんでした」


 リディアは静かに言った。


「未受理のまま、残っていました」


 ミリアは、目を伏せた。


 その表情に浮かんだのは、安堵だけではなかった。


 恐怖もあった。


 残っていた。


 それは、救いでもあり、もう一度向き合わなければならないということでもある。


 リディアは、慎重に言葉を続けた。


「ですが、私はまだ、その願いを完全には受理していません」


 ミリアが顔を上げる。


「どうして?」


「あなたの願いだからです」


 リディアは答えた。


「あなたの声を聞かずに、私たちだけで終わらせることはできません」


 ミリアの目が揺れた。


「私の声……」


「はい」


「私の声は、もう十年前に終わったのではないの?」


「終わっていないから、ここまで届きました」


 リディアは、ミリアの膝の上の木箱を見る。


「その箱の中には、アレリア王女の改革案の写しがありますか」


 ミリアの体がこわばった。


 イリスが不安げに彼女を見る。


 ノアも黙っている。


 ミリアは、木箱を両手で抱きしめた。


「誰にも見せてはいけないと言われたわ」


「誰にですか」


「たくさんの人に」


 ミリアの声はかすれていた。


「侍医。王宮記録係。父上の側近。ヴァルター。みんな言った。お姉様は病で亡くなった。余計な紙は見ない方がいい。あなたは休んでいなさい。忘れなさいって」


 忘れなさい。


 その言葉が、部屋に冷たく落ちる。


「でも、忘れられなかった」


 ミリアは、箱の蓋を撫でた。


「この紙を捨てたら、お姉様が本当にいなかったことになる気がした」


 リディアは、息を詰めた。


 ミリア王女は、草案の写しを守っていた。


 自分を守るためではない。

 姉が確かに何かをしようとしていた証を、消さないために。


「その紙を、見せていただけますか」


 リディアは尋ねた。


 ミリアの顔が強張る。


「見たら、どうなるの?」


「分かりません」


「また誰かが死ぬ?」


「そうはさせません」


「あなたに止められるの?」


 その問いに、リディアはすぐ答えられなかった。


 自分はただの元書記官補佐だ。

 職員名簿からも消されかけている。


 王宮を相手に、貴族院を相手に、記録監査局長を相手に、止められると言い切れる力などない。


 だが、嘘はつきたくなかった。


「一人では、止められません」


 リディアは言った。


「でも、一人で背負わないようにするための書類だと、アレリア王女は書いていました」


 ミリアの目が見開かれる。


「あなた、読んだの?」


「断片だけです」


「お姉様の……」


「はい」


 リディアは静かに頷いた。


「アレリア王女は、未受理案件を第三者が再審査する仕組みを作ろうとしていました。願いを優しい誰か一人に背負わせないために」


 ミリアの唇が震えた。


「お姉様が、言っていた」


「はい」


「優しい人が倒れたら、また願いが落ちてしまうって」


 リディアの胸が震えた。


 あの記憶は、本当にミリアの中にも残っていた。


 ミリアは、震える手で木箱の蓋を開けた。


 中には、一枚の折りたたまれた紙があった。


 古びているが、大切に保管されている。


 折り目は何度も開かれた跡があり、端は少し擦れている。


 ミリアは、その紙を取り出した。


 だが、リディアへ渡す直前で手が止まる。


「これを渡したら」


 声が震える。


「お姉様が、本当に死んだことを認めるみたいで怖い」


 リディアは、何も急かさなかった。


 ノアも、イリスも黙っている。


 ミリアは、紙を見つめたまま言った。


「私は、十年前からずっと、お姉様を助けに行く途中にいるの」


 その言葉に、リディアの胸が締めつけられる。


「扉まで走って、紙を出して、受け取ってもらえなくて。でも、まだどこかで間に合う気がしている。だから、これを手放したら、もう本当に終わってしまう気がして」


 リディアは、静かに言った。


「終わらせるためではなく、続きを始めるために読みます」


 ミリアが顔を上げる。


「続き?」


「はい」


「お姉様はいないのに?」


「アレリア王女は亡くなりました」


 リディアは、あえてその事実を曖昧にしなかった。


 ミリアの瞳が揺れる。


「でも、王女様が読もうとした嘆願は、まだ残っています。作ろうとした制度も、まだ完全には消えていません」


 リディアは、解雇通知を握りしめた。


「死んだ人は戻せません。でも、その人が差し出した手を、今から誰かが受け取ることはできます」


 ミリアの目から、涙が落ちた。


「お姉様の手……」


「はい」


 長い沈黙。


 やがて、ミリアは紙をリディアへ差し出した。


 その手は震えていた。


 リディアは両手で受け取る。


 軽い。


 ただの紙としては軽い。


 でも、十年分の重さがあった。


 ノアが、深く息を吸った。


「アレリア殿下の改革案、写し」


 彼の声は、かすれていた。


「存在確認」


 リディアは紙を開いた。


 そこには、アレリア王女の筆跡があった。


 王国嘆願制度改正案 写し

 未受理案件再審査制度について


 文字が、淡く光り始める。


 同時に、ミリアの部屋全体が小さく揺れた。


 廊下の外で、護衛の声がする。


「誰だ、止まれ!」


 別の足音。


 硬い靴音が近づいてくる。


 イリスが青ざめた。


「記録係です。いえ、もっと上の方が……」


 ノアが扉を見る。


「気づかれました」


 リディアは改革案の写しを胸に抱えた。


 ミリアは、涙の残る顔で立ち上がる。


「逃げて」


 彼女は言った。


「それを持って、逃げて」


「殿下は?」


「私はここにいるわ」


「でも」


「私はずっとここにいた」


 ミリアは、涙を拭った。


 その目に、ほんの少しだけ十年前とは違う光が宿っていた。


「でも、その紙はもう、ここに閉じ込めてはいけない」


 扉の外で、鋭い声が響く。


「開けなさい。王宮記録監査です」


 リディアの胸が鳴る。


 ノアが低く言った。


「リディア様、退避を」


 しかし、ミリアが一歩前へ出た。


 震えながらも、扉の方を向く。


「いいえ」


 その声はまだ細い。


 だが、はっきりしていた。


「私も行きます」


 イリスが息を呑んだ。


「殿下」


 ミリアは、ノアを見る。


「黒い服の書記官」


 ノアが膝をついたまま顔を上げる。


「はい」


「今度は、受け取ってくれる?」


 ノアの表情が、痛みに揺れた。


 リディアは、息を止めた。


 ミリアは、震える手を差し出した。


 十年前、受け取られなかった手。


 今、もう一度差し出されている。


 ノアは、ゆっくりとその手を取った。


 両手で、丁寧に。


「はい」


 彼の声は震えていた。


「今度は、必ず」


 その瞬間、ミリアの部屋の床に淡い朱色の印が浮かんだ。


 王女救済願――本人意思確認開始


 扉の外で、鍵が回る音がした。


 リディアは改革案の写しを抱きしめる。


 今、十年前に止まった書類が、ようやく動き始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ