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サポーターは目立たない  作者: 総督琉
サポーターの苦悩、始まります
8/9

誰かのハッピーバースデイ

 今日は私の誕生日。

 現実世界で、私は父と母から祝福を受ける。

 高等部に上がって初めての誕生日ーー十六歳。



 私は異世界へ向かう。

 現実世界では二十二時、空は宵闇に包まれている。

 異世界では四十四時、空は夕陽色に包まれている。


 異世界での時間は現実世界の二倍。

 時間感覚に違和感は感じる。

 だが奇妙なことに、生活に支障は出ない。


「やっと来たか。式凪」


 古びたソファーに、相変わらずだらしない様子で寝転ぶ煌星が私を迎える。


「で、何の用だ?」


 今日、本来集まる予定はなかった。

 しかし煌星は私を呼び出した。

 集めた内容も公言せずに。


「今日、何の日か知っているか?」


「……は!?」


 私は彼が何を言うのか、なんとなく察した。


 今日は異世界でイベントはない。

 どこかの店でセールもやっていない。


 となると、今日ある特別な日と言えばただ一つ


「誕生日とか?」


 蛇木楽は適当に言った。


「んなわけーー」


 私は否定した。

 煌星が人の誕生日を覚えているほど他者を思いやる心はない。


 私の誕生日を祝おうだなんてありえない。


「正解」


「えええええええええええ!?」


 まさかまさかまさか、本当に私の誕生日を覚えているだなんて。

 煌星、無神経に思えて本当は神経質なのか。


 私はときめき始めていた。


「……ありがとう」


 私は小さくお礼を言った。

 煌星は私の台詞を聞いて首を傾げる。

 私は煌星の行動に違和感を持ち、呆然と見つめていた。


 感動し始めていた私の心は、徐々に疑問へと変わっていく。


「ねえ煌星、誕生日って誰の?」


「決まってるだろ。この俺様だ」


 お前もかよー。

 と私は心の中で叫び、泣いた。


 私の誕生日がこの男と一緒だなんて、私はどれだけついていないんだ。

 私は床に倒れ込み、悲しみにうちひしがれる。


「泣くほど祝いたかったのかよ」


 そんなわけない。

 私は自分の誕生日に、他人の誕生日を祝えるほどお人好しじゃない。


 私は扉の方へ向かった。


「どこ行くんだ?」


「バイトよバイト」


 怒りをあらわにし、飛び出すように家を出ていった。

 その足でバイト先へ向かった。


 女剣聖の酒場ラヴァーズ

 今日の勤務時間は四十六時から。今からまだ二時間もある。


「式凪ちゃーん、今日は速いね。ってか速すぎるよね」


 ハロー先輩は相変わらずの笑顔で私に声をかける。


「二分前集合なら分かるけど、二時間前集合って意識高すぎて引くわ」


「ハロー先輩だって遅れてるのに閉店直後に堂々と来てますよね」


「わ、私の場合は遅れてるから良いのよ」


「先輩が遅刻した日はその分私が働かなきゃいけないんですよ」


「あわわー、反論できぬー」


 ハロー先輩は頭を抱え、小さく縮こまる。


「ごめんね。式凪ちゃーん。これからも遅刻するけどよろしくね」


「遅刻しちゃダメでしょ」


 私はハロー先輩の頭頂部に軽めのチョップを入れる。

 ハロー先輩は痛がる素振りをして膝から崩れ落ちる。


「そんな痛くないでしょ」


「うぐぐっ……」


 ハロー先輩は地に伏し、床を縦横無尽に転がった。

「痛いよ痛いよ」と叫びながら転がっている。

 騒がしい声が休憩室に鳴り響く。


「やかましい」


 激しい声とともに扉を蹴破り、店長がまな板を両手に持ちながら飛び込んできた。


「てて、店長ぉぉ」


「いい加減仕事に戻れ」


 ハロー先輩は店長に引きずられながら仕事場へと連れ去られた。


「式凪、あんたも暇なら仕事しな」


 正直暇だ。

 仕事まで二時間やることもなかったため、私は制服に着替える。


「さて、仕事行きますか」



 現時刻五十一時三十分。残り三十分で仕事が終わる。


「このまま何もなければ良いけど……」


 この時の私は、虫の知らせを無意識に受けていたのかもしれない。

 何か嫌な予感がしていた。


「式凪ちゃん、あと三十分頑張ってね」


「はい、頑張ります」


 ビスケット先輩からの応援もあり、既に八時間を越えていたバイトにもやる気が漲っていた。


「さあ、頑張るぞ」


 しかし、死神の鎌が無慈悲に振り下ろされるように、あの男は現れた。

 憎たらしい金髪をかきあげながら。


 扉が開き、三人組の客が来店する。

 一人は金髪の男、一人は溶けている氷のような髪をした女、一人は茶髪の男。


 三人とも、私が知っている人物。


「やっほー式凪、来ちゃったよ」


 氷柱、蛇木楽、そして煌星。

 私がここでバイトしているのは氷柱しか知らないはずだが、なぜ三人が私のバイト先へ来ているのだろうか。


 三人の客を前に、私はキョトンとしていた。


 先輩からバイトのマニュアルを一通り叩き込んでもらった。

 客への挨拶や皿の運び方の禁術、料理をテーブルに置く際の注意点、更にはモンスターが出現した時の対応方法など、あらゆることを教えてもらった。

 しかし知り合いが来た時の対応マニュアルは教えてもらっていない。


 孤島に一人迷い込んだみたいに思考が停止していた。


「勝手に空いてる席座って良いよな」


「う、うん……」


 思わずお客様用の敬語を忘れ、普段の言葉遣いで返答してしまった。

 仕方ないだろ。

 今接しているのは普段の仲間なんだから。


 言い訳を脳内で反復しつつ、慣れないバイトを辞めたいとまで思っていた。


「式凪、注文良い?」


 煌星が私を呼ぶ。


 偉そうな態度に苛立ちつつも、私は不思議な気持ちに囚われた。


 ーーあれ、私だけ誘われてない。


 私は一人だけ別の世界にいるような感覚を味わっていた。

 一人、違う世界で生き、一人だけ違う考えを抱いているみたいに。


 ーー私は仲間ではなかった……


「式凪、注文」


「はいはい、速く注文してとっとと帰ってよね」


 私は怒りを隠しているつもりだったが、全く隠せていなかった。むしろ怒りをむき出しにして、極力三人の顔を見ないようにしていた。

 今自分がどんな顔をしているか、分からなかったから。


「じゃあ、ケーキで」


 どうせあんたの誕生日ケーキでしょ。

 私はケーキをこいつの顔面にぶつけてやりたいとつくづく思う。


 舌を噛み、怒りを抑えた足でキッチンへ戻る。


「ケーキ一つ」


 十分もすればケーキが完成する。

 私の表情には怪訝さが滲み出ていた。


 恐怖の権化のようなオーラを周囲に放っていた。

 ハロー先輩はニコニコしながら私に歩み寄る。


「式凪ちゃん、どうかしたの?」


「べ、別に」


「うーん。なんか怒ってる?」


「怒ってない」


「でも怒ってるよね」


「怒ってないって」


 怒りのままにハロー先輩を突き放し、用意ができたケーキを受け取ってあいつらのテーブルまで巨人並みの足音で近づく。


「置いとくよ」


 ケーキを置くなり、踵を返してキッチンへ行く。

 だが氷雨に腕を掴まれたことで歩む足が止められる。


「待って」


「何?」


「私たちは誕生日を祝いたい。だからあなたにいてほしい」


 何でだよ。

 何で煌星なんかの誕生日を祝わなきゃいけないのよ。


 私は怒りが堪えられない。

 私の心は張り裂けそうだ。


 何で私の誕生日を祝ってくれないのよ。

 何で私のことを見てくれないの。


 私は、私はーー


「今日はお前も誕生日だろ。式凪」


 煌星は言った。

 私の心を埋め尽くす深い霧を一瞬で払うように、彼は言った。


「すまんな。実はさっき氷雨から聞いて知った」


「何よそれ……」


「今日は俺とお前の誕生日を祝おう」


「何よ……」


 私は高揚感を感じていた。

 あんなに怒りを感じていたのに、今は負の感情はない。


「誕生日おめでとう。式凪」


「別に、嬉しくないし……」


「あとこれ」


 煌星は目を合わせず、木箱を差し出してきた。

 恐る恐る受け取り、箱の中身を確認する。


 どうせ掃き溜めに入れるような物でも入っているのだろうと思っていた。


「これは……」


 指輪が入っていた。


「は、はあああああああああ!?」


 煌星の行動にはさすがに引いた。

 指輪なんて、しかもまだ高校生なのに。


「ち、違うぞ」


「おい煌星、男前だからってやりすぎだよ」

「そうよ。私も引いてる」


 蛇木楽も氷雨も煌星のプレゼントに引いていた。


「ち、違う。その指輪は魔力を向上させる道具だ」


「えー、ホント?」


「ホントだって」


 煌星は顔を真っ赤にする。

 それでも彼はこう言葉を続ける。


「サポーターとして頑張ってくれてるから。その感謝の意味を込めてだよ……」


 こんなにも恥ずかしそうにしている煌星は初めて見た。

 というか照れすぎだ。


 氷雨はニヤニヤしながら言う。


「きっと煌星はこう言いたかったんだよ。これからも私と一緒に冒険をしてくださいって」


「氷雨め」


「照れすぎだよ。相変わらず煌星は嘘へたっぴよ」


 私は楽しくて笑っていた。

 私は今、幸せだ。


 バイトもサボり、私たちは祝杯を交わす。


「これからの私たちのパーティーに、乾杯」


 私は心から思うよ。

 このパーティーで良かったと。


 私たちの絆は永遠に不変だと。



「煌星、指輪代ってどうしたの?」


「拾った」


不変だなんて前言撤回。

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