第11話 市民運動会
そして迎えた運動会当日。あれからもヒナタとコカゲは2回練習し、最後はモミジ公園の周囲の道路まで走った。準備は万端だ。
スタートラインには夫婦・兄弟・先輩後輩、いろんなペアが並ぶ。全部で20組が5回に分けてスタートするが、タイムレースなので結果は最後まで判らない。突然市民運動会に出ると宣言した娘のために、ヒナタの母カオリもお弁当持って駆けつけた。
ヒナタとコカゲは3レース目だった。4組の選手が並ぶ。二人は最年少だ。
「位置について」
スターターが叫ぶ。
「よーい、パーン!」
二人のレースが始まった。イッチニ イッチニ。ヒナタは飛ばす。コカゲも懸命に応える。速い速い。ヒナ!イケー!カオリが絶叫している。あっという間の50m。二人は圧勝した。ペースも全く落ちず観衆はどよめいた。アナウンスも叫ぶ
『3レース目は中2女子コンビのぶっちぎり!』
コカゲは赤い顔をして息を荒げている。ヒナタはすっと脚の鉢巻を外すとコカゲを抱きしめた。大して息も切れていない。
「やったやん!行けるんちゃうドッグフード。ダントツやで!コカゲ ナイスランや」
「うん、はあはあ、凄いなヒナ、凄いわ」
「息ぴったりやな、あたしとコカゲ。オリンピックに二人三脚あったら行けるんちゃう?」
その後も2レースが続く。最後のレースに速そうな二人組がいた。高校生の男子だ。
「なんで二人三脚なんか出るねん。速そうなんやから100mとかに出とけよ」
ヒナタが毒づく。
「コカゲ、転べ!って念じよう」
「まあええけど。効くんかな、そんなん」
「コケの一念岩をも通すって言うやろ」
「コケ?」
「コケ」
「あの緑色の地面に生えてるやつ?」
「そう思うやろ。あんな柔らかいのが岩を通るって凄いって思うやろ。違うねん。コケってアホの事なんやて」
「アホ?」
「そう。アホでも一所懸命やったらやり遂げられるっていう意味」
ヒナタが解説している間に最終レースはスタートしていた。
「うわ、速いやんあいつら。コカゲ、念じよう。こけろー!」
コカゲも一所懸命に念じようとしたが、急に我に返った。
「えー?ほんなら私らアホ?」
その声があまりに大きくて、端っこを走っている参加者がコカゲの方を振り向いた。その瞬間、タイミングがずれたのか足がもつれ派手に転倒する。そして加速した高校生ペアがそこへ突っ込んだ。敏捷そうな二人はそれぞれがステップを踏んで躱そうとしたが足は繋がったままだ。そのまま彼らも転倒した。
「すご!」
ヒナタは声を上げてコカゲを振り返った。
「コカゲ、岩を通したな」
コカゲも驚いて口をポカンと開けた。
「やっぱり、私アホやったんか」
「まあええやん。終わり良ければすべて良しって言うやろ」
「まあ、何かビミョーやけど」
そして二人は見事に1等賞に輝いた。ドッグフード1年分の引換券を恭しく受け取ったヒナタは、司会者から聞かれた。
「はい、掛川ヒナタさんと松永コカゲさん。見事な快走でしたが、犬種は何を飼っているんですか?」
「いえ飼ってません」
観衆から笑い声が起こる。
「団地なんで飼えないんです」
「えー?そしたらドッグフードはどうするんですか?」
「あのー、身寄りのない犬にあげようかと思ってます」
観衆はまた大笑いになった。
「という心優しい女の子二人組でしたあー!」
二人は大拍手に送られた。が、待っていたカオリにヒナタは詰問された。
「ヒナタ、あんたあの野良犬にあげよう思てるやろ」
ヒナタは師匠の指摘にぐっと詰まる。コカゲが助け舟を出した。
「ヒナちゃん優しいから、その犬を助けたいってずっと思ってるんです。弱ってるそうやしやっぱり命は尊いもんやと思うからいい事やと思います」
そのきっぱりとした言葉にカオリもそれ以上は言えなかった。コカゲちゃん、ええこと言うやんか。
「ま、あんたらが自力で取ったもんやから、好きにしたらええわ。サンドイッチ食べよか。お腹すいたやろ。コカゲちゃんも一緒に食べよ」
「さっすが、師匠!」
背中を叩いたヒナタにカオリは
「アホでもええとこあるわ」
と笑った。
ペットショップから早速連絡があった。ヒナタは団地の駐車場にある小屋に運んで欲しいと頼んだ。数キロはあるドッグフードの袋が10袋以上だ。とてもヒナタには運べない。
約束の時間にヒナタは宿り木の婆を訪ねた。コカゲも一緒だ。
「峯婆ちゃんいる?」
宿り木の婆がのそっと顔を出す。
「あれヒナちゃん。今日は何?」
「あのさ、もうすぐドッグフードが1年分運ばれてくるねん」
「へえ?」
「あたしらな、市民運動会の二人三脚で1等取ってん。その賞品がドッグフード1年分やねん。もうじきペットショップのお兄さんが来てくれるから」
「ほおー、それは凄いな」
「ドッグフードあったら峯婆ちゃんオーロラ飼うてくれるって言うてたやろ。あたしは約束果たしたで」
宿り木の婆はしばらく沈黙していたが、やがて
「せやな。約束したな。約束は守らんとな。姉妹揃って頼まれたら嫌って言われへん」
「姉妹ちゃうって言うてるやん」
「ふふん」
その後からオーロラが顔を覗かせた。
「あれ?オーロラやん。峯婆ちゃんもう飼うてくれてるの?」
婆はにやける。
「飼うてへんけど勝手に入って来て住んどるねん」
ヒナタはまたそーっと手を下から出した。オーロラはペロッとその手を舐めた。
「ヒナちゃん、もう本物の友達やな」
婆は笑った。
間もなくペットショップのお兄さんが軽ワゴンでドッグフードを運んできて、宿り木の婆の小屋の土間に積まれた。ヒナタは携帯でドッグフードの山とそれにくっついて離れないオーロラの写真を撮った。
「待ち受けにすんねん」
コカゲはオーロラとヒナタを見較べて微笑んだ。
「ヒナは誰とでも友達になれるな」
「そうやで、ほら」
ヒナタはオーロラをぎゅっと抱き締めた。




