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キミとの約束  作者: 蒼野 棗
第二章
22/47

#13 未来視を持つ者


 その日は、やけに暑くていまにも干からびてしまいそうなほど、灼熱の太陽が地上を焦がす日だった。

 黙って立っているだけで汗が浮かび上がり、その滴が火照った肌を濡らし、その水滴のせいで服が張り付く感覚がやけに不快だ。

 近くでミンミンと騒ぐ蝉の声が暑さを増長させている気がして、滅入ってしまう。


 本来ならば、こんな暑い日はクーラーが効いた部屋で涼むか、北に逃げるかの二択である。しかし、瀧石嶺本家にはいたくない。だからといって、連絡も無しに一年近く国内を巡っていたせいで当分は遠くに出かける事も許されない。


「……やれやれ、彼らは一体何様なのだろうね」


 呟く声に答える者はいない。

 当然だろう。監視係を振り切って、ようやく一人になれたというのだから。


「黙っていても抑えきれぬ輝きを放つ僕に存在感を消させるなどという苦行をやらせたんだ。それ相応の対価はもらわないとね」


 誰かに対して言っているわけではない。あえて言うなら自分自身に言い聞かせるように瀧石嶺照はそう口にした。

 いつだって彼は瀧石嶺家から逃げようと家を飛び出しては見つかって連れ戻され、監視を振り切って家を出る。そして、また見つかって家に連れ戻される。


 まるでイタチごっこのようだ、と照は自嘲する。

 本来、監視を振り切った今の内に再び旅に出るのが得策だ。しかし、それをしないのはひとえに本家で聞いた気になる話があったからだ。


 瀧石嶺家の人間以外に未来視の力を持った人間がいる。そんな話だ。

 未来視を持つのは本来は巫女のみ。もっとも今代のお飾り巫女には千里眼はあるけれど未来視はできない。


 千里眼を持っているとはいえ、その力は弱く、また体も弱い今代の巫女は表向きは彼女が瀧石嶺家の当主だが実際は違う。

 瀧石嶺本家の中で彼女の発言力は無いに等しい。


 お飾りの巫女。そんな事を知っているのは瀧石嶺本家の人間のみ。実質、瀧石嶺家を牛耳っているのは彼女の母――瀧石嶺たきいし万里ばんりである。

 瀧石嶺照の出生をもみ消し、そして彼を瀧石嶺家に引き入れて決して逃がさないのは彼女の意志だ。


 瀧石嶺万里は貪欲な女性だった。

 退鬼師の頂点である瀧石嶺家に執着し、年々落ちぶれていく瀧石嶺家を再興させる為には手段を選ばない。だからこそ、瀧石嶺家以外の人間から現れた巫女としての力を持った人間を許容できない。


 未来視を持った人間――石動いするぎたえは瀧石嶺家に捕らえられ、身勝手な理由で命を奪われるだろう。

 照はそれが許せなかった。そんな理不尽を許してはいけなかった。だからこそ、彼は自分が逃げるチャンスを無碍にしてまでも石動妙に会いに行った。当然、忍び込むという形でだが。


 流石名門と呼ばれているだけあって、石動家の敷地は広大だ。

 この広大な敷地内から人に見つからないように石動妙を捜すのは困難だろう。どう足掻いたって目立ってしまう己がこんな時ばかりは恨めしくなる。


 とりあえず人気ひとけがないところに忍び込み、情報収集をしようと決めた照は本邸ではなく、離れにある別邸に向かう事にした。

 別邸に向かうと人の気配を感じ、茂みに隠れて様子を窺う。

 丁度一人の老婆が庭の花に水を上げているところだった。


 この家の使用人だろうか。そう考えた照は静かに老婆の様子を観察する。遠目からでも分かるほど彼女の魂は美しく澄んでいた。

 水やりを終えた老婆の新緑の双眸が不意に照が潜んでいた茂みに向けられる。


「そこにいるのは、どなたです?」


 しゃがれた……けれど、どこまでも慈愛を感じる優しく穏やかな声だった。

 見つかってしまって仕方がないと照は潔く茂みから姿を現す。

 老婆は照の姿を認めると、皺だらけの顔に更に皺を増やして、優しく笑う。


「いらっしゃい。よく来てくれたねぇ。何もない所だけど、上がっていきなさい」


 突然現れた不審者に対して、笑いながらそんな声をかけた老婆に照は怪訝な表情を浮かべる。

 老婆はそのまま縁側から部屋の中に入ってしまったので、仕方なく照も警戒しながら彼女の後についていく。


 居間として使われているであろう八畳の和室に足を踏み入れた照は、物珍しそうにキョロキョロと部屋の中を見渡す。

 子供向けの絵本に漢字や算数のドリル。そして、子供が遊ぶ為であろう玩具の数々が部屋の隅にきちんと整頓されている。


 此処は誰の為の屋敷なのだろうか。そんな事を考えていた照の元に老婆が戻ってくる。

 彼女の手にはお盆。その上にはお茶とお茶菓子が乗せられていた。

 ありがたくそれを頂いて、一息をついた所で照は眼前の老婆に話を切りだした。


「僕が此処に来ることを知っていたのかね?」

「そうさねぇ、知っていたよ。……瀧石嶺家が私を引き渡すように石動家に圧力をかけてきたこともよく知っているよ」


 その言葉に照は理解する。

 眼前に座る老婆こそが未来視を持った人間――石動妙であるということを。


「おやまあ、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているね。お捜しの人間がこんなおばあちゃんで驚いたのかい?」

「……そうだね。まさかこんなご年配の方とは思っていなかったね。貴方のその力は年老いてから得たものなのかね?」

「いいや、生まれつきだよ」


 ゆっくりと告げられた言葉は照に衝撃を与えるものだ。

 生まれつき未来視の力を持っていたというのに彼女は今までどうやって生きながらえてこれたのか。


 そんな疑問が脳裏を占める。

 照の困惑した表情が面白かったのか何故か妙は穏やかに笑って、それから照の疑問に対する答えを口にした。


「……私はね、一度死んだ事になっていたんだよ」

「っ!? それは、どういう事かね?」

「瀧石嶺家以外の家から生まれた巫女の力を持つ人間。当時は巫女が不在だったからねぇ。瀧石嶺本家でも私の扱いにかなり揉めたようだよ。けれど、私は未来視は出来ても千里眼を持っていない。未来だって自分の意志で見る事は出来ない。だからこそ、瀧石嶺家は私という存在を抹消しようとしたんだよ」

「で、では、何故貴方は生きているのかね?」

「……私が死んだ事にしてくれた人がいたんだよ。その人は私に新しい名前と経歴をくれた。そして、私を娶ってくれたのさ」


 昔を懐かしむように笑う妙の顔はどこまでも穏やかだ。


「それは貴方の?」

「そうさねぇ、私の旦那だよ」


 その言葉を聞いて、照は心から安堵する。

 彼女は幸せな人生を送ってこれたのだ。それなのに何故瀧石嶺家の身勝手な理由でそれを奪われなくてはいけないのだろう。

 照の表情が悲しげに歪んだのを見て、妙は優しく笑う。


「……分かっていたことだったんだよ。私がいずれ瀧石嶺家に見つかることも。そして、殺されることも。全部分かっていたのさ。……だから、そんな顔をするんじゃないよ。あんたは優しい子だねぇ」

「わ、分かっていたならば、何故逃げなかったのかね!? 貴方はこのままだと殺されてしまうのに」

「…………なんで私は本邸ではなく、こんな離れの別邸に住んでいるんだと思うかい?」

「え?」


 唐突すぎる質問に照は目を丸くさせた。


「そんなの瀧石嶺家から貴方を守る為──」


 そこまで口にしたところで照は気付く。自分も同じだから分かってしまった。

 彼女は逃げないのではない。逃げられないのだ。


「な、何故だね!? 貴方の旦那は貴方を守る為に貴方を娶ったのではないのかね?」

「あの人は関係ないのさ。あの人は石動家の人間にすら私の素性を隠していたのさ。けれど、あの人が亡くなって、私の素性を知られてしまった。石動家はそれはもう戦慄したさ。瀧石嶺家を騙していたことを知られたら自分達はおしまいだとね」

「だから、貴方を離れの別邸に軟禁したのかね」


 妙は何も答えない。ただ静かな笑みが肯定を示していた。

 結局は瀧石嶺家も石動家も同じという事だ。自分達の都合で他人を虐げ、自由を奪う。実に美しくない。


「僕はね、瀧石嶺家が嫌いなのだよ」


 退鬼師であるならば決して言ってはいけない言葉。それを口にした照に妙は驚くことなく、悲しげに笑みを返すだけ。


「だから、瀧石嶺家の思惑通りに貴方を殺させたくはない。僕が貴方を逃がしてあげよう」


 笑顔と共に差し出された手。

 自信に満ちた笑顔は彼に任せれば確実に逃がしてもらえるだろうと理由もなく納得してしまうほど、輝きに満ちていた。だが、妙がその手を取る事はない。

 彼女はゆっくり首を横に振り、拒否を示す。


「ありがたい申し出だけどねぇ。もういいんだよ。私は充分に生きたさ」

「何が良いものかね!? こんな風に軟禁されて、自由もなく、相手の都合だけで殺される……そんな馬鹿な話が許されてたまるものか! 貴方は幸せになるべきだ! 命を狙われ、名も経歴も変え、軟禁されたというのに貴方の魂はどこまでも澄んで美しい! 貴方は、こんなところで死ぬべきではないのだよ!」

「……本当に優しい子だねぇ。でもねぇ、一つ間違っているさ。私はねぇ、決して不幸な境遇じゃなかったさ」

「え?」

「私にはね、孫がいるのさ」

「孫?」


 そこで照は気付く。部屋の隅にきちんと整頓されている玩具の数々は、その孫のものなのだと。そして、その孫も彼女と一緒にこの別邸に住んでいるのだということを。


「息子が愛人との間に産んだ子でねぇ。石動家の体面の為に引き取ったけれど、本邸の人達からの扱いは酷いものでねぇ。私が引き取ったのさ」

「その子は今どこに?」

「今は本邸に呼ばれているよ。普段は本邸に入ることすら許されないんだけれど、今日は珍しく呼び出されたのさ」


 妙の言う通りならば、その孫も彼女と同じこの別邸に軟禁状態なのであろう。

 実の母だけではなく、実の子供すら世間体の為に閉じ込めるとは、石動家の当主はどこまでも醜い人間らしい。


「あの子はね、とても優しい子なんだ。実の親にまともに会うこともできず、他の兄弟達からは疎まれる。それでも決して人を恨まない。自分の境遇を恨まない。そんな優しい子なんだよ」


 慈愛に満ちた表情からは彼女から孫への愛情がひしひしと伝わってくる。


「ばあちゃん、ばあちゃんって慕ってくれるあの子が可愛くてねぇ。私はそれだけで幸せだったんだよ。あの子に会う為だけに三十年耐えたんだから、もう充分報われたさ」

「し、しかし、それならその孫も一緒に──」

「いいんだよ。あの子にはね、この先かけがえのない仲間ができるんだ。その為にはねぇ、この老婆が引っ込まないといけないんだよ」


 深い覚悟を決めた新緑の双眸。

 その瞳に込められた覚悟に照は決して彼女の決意を変える事はできないのだと悟る。


「私はねぇ、自分の人生が不幸だなんて思っちゃいないよ。私はねぇ、恵まれていたさ。愛してくれる人と出会えて、ばあちゃんと慕ってくれる孫と出会えた。とても幸せだったさ。だから、私の人生が不幸だと決めつけないでほしいねぇ」

「…………失礼をした。確かに僕は一方的に貴方を不幸な境遇だと認識していた。無礼を許してほしい」

「分かってくれればいいんだよ。あんたの気持ちも嬉しいがねぇ、私は本当にもう充分なのさ。三十年前からこの結末は分かっていたからねぇ」


 照はもう何も言わない。

 彼女の境遇に同情するのは彼女に対して失礼だと気付いたからだ。ただ何も出来ない自分が歯がゆくて堪らなかった。


「……一つ、頼まれてくれるかい?」

「何かね?」

「いつか孫と会うことがあったら、言伝を頼みたいのさ」


 おそらく彼女には見えているのだろう。

 数日後か、何ヶ月後か、何年後かに照と嵐が出会う光景が。だから、彼女は照に言伝を頼むのだ。

 その意味を理解した照は黙って頷く。


「ありがとうね。それじゃあ────」


 照は伝えられた言葉を静かに胸に刻む。そんな彼の反応に妙は満足そうに笑った。


◇◆


「そして、妙さんは石動家の手によって殺された。当然、そんな要求をしたのは瀧石嶺家だ。君には瀧石嶺家を怨む権利があると僕は思うね。……石動嵐君」


 初めて照が嵐の名を呼んだ。

 今までの話を黙って聞いていた嵐は俯いたままで、その表情を確認する事はできない。


「もし君が瀧石嶺家に復讐を望むと言うなら、僕も手を貸そう。当然、瀧石嶺家の一員である僕を殺したいというなら、それもいいだろう。僕は無抵抗で君に殺されると約束しよう。さあ、君はどうするのかね?」


 依然として嵐は俯いたまま。何も言わない。何も答えない。

 ただ静かに彼の右手が刀の柄に掛けられる。


「嵐! まっ──」


 嵐の動きを止めようとした優斗を制したのは照だ。

 動きだけで優斗を制した照は何も言わずに静かに嵐を見つめている。

 刀に手を掛けた嵐の手が小刻みに震えていた。その事実に気付いていたのに照は何も言わずに彼の意思を見守る事を選ぶ。


 息をすることすら躊躇うほどの沈黙が周囲を満たす。

 一分か、一秒か、時間の感覚が分からなくなるほど張りつめた空気の中、それを壊したのは嵐の深いため息だった。


 結局彼は刀を抜くことをしなかった。ゆっくりと手を離し、顔を上げる。

 その顔には様々な感情が入り交じった複雑なものだ。


「……止めておく。人を傷つけると自分が傷つくだけだって、ばあちゃんも言ってたからな」

「ならば、復讐はしないと?」

「瀧石嶺家の事は今でも信じられないし、許せない。けど、ばあちゃんがそれを望んで受け入れたなら俺が敵討ちするのもおかしな話だからな。……俺に出来るのは、理不尽に殺される人を助けることぐらいだ。大事な人を守る為……その為の力を、知恵を俺は教えてもらったんだから」


 まっすぐ照を見据える緑の双眸。その意思の強さに在りし日の妙の姿を思い出す。


「……なるほど。妙さんは実に良い孫をもったようだね。君を試すような事をしたのは素直に謝罪しよう。僕は君という人間を見誤っていたようだね」

「別に謝ってもらうことじゃない。あんたの提案に心が揺らいだのも間違いなく事実だからな」

「けれど、君は僕の提案を受け入れなかった。復讐という単純でいて強い動機に囚われないのは君が強く、そして優しくなければ出来ないことだからね」


 照の脳裏に浮かぶのは孫が優しい子だと話していた妙の姿。あの時は分からなかったが、いまならば彼女に同意できる。

(ああ、確かに彼は優しい子だ。それは彼の友人である弟子君も同じ。彼らのように澄んだ魂は退鬼師に向かないというのに)


「……どうかその高潔なる魂が闇に呑まれる事がないように……」


 誰にいう訳でもなく呟かれた言葉。

 その意味を理解できずに優斗と嵐は互いに視線を合わせて、首を傾げあう。

 そんな二人の様子に照は静かに笑みを零す。その視線が不意に中庭の茂みに向けられる。


「君達も、もう出てきてくれて構わないよ」

「え?」


 照が声をかけた茂みから現れるのは花音の姿。いや、花音だけではない。

 晴も聡も幸太郎までもが茂みから姿を現す。

 呆気にとられる優斗と嵐。見つかってしまった事にバツが悪そうに視線を逸らす花音達。

 仲の良いチームメイト達を見て、照は笑う。


「うんうん、素晴らしい友情だね! 妙さんの言う通り、君は素晴らしい仲間に出会えたようだね!」

「……私達がいるのにいつから気付いていたんです?」

「もちろん最初からだとも! だが、声を掛けなかった。君達も彼らのチームメイトだからね。知る権利があると判断したのだよ」

「え、えっと、それならぼく達を処分したりは?」


 先程まで照が話していたのは決して知られてはいけない瀧石嶺家の秘密だ。

 それを知ってしまった自分達を殺さないのかと聡は尋ねる。だが、聡の問いに照は笑顔のまま。


「何故そんな事をしなければいけないのかね? 君達は友人の過去を聞いただけではないのかね?」


 にっこりと笑う照の笑顔に優斗は彼が最初からこのつもりだったのだという事を悟る。


「はじめから俺達に教えるつもりだったんですね」

「それは買い被りというものだね弟子君。僕は君が過去を見なかったら話す気などなかった。君がその力を持つが故に話したんだ」

「あれは本当に俺の力なんですか?」

「そうだね。その内分かる時が来るだろうね。……一つだけ言っておこうかね。その力の事は決して学園に──いや、瀧石嶺家に知られてはいけないよ」


 その言葉で優斗は理解する。

 何故瀧石嶺家に知られてはいけないのか。

 何故照が優斗に瀧石嶺家の秘密を話したのか。


 答えは簡単だ。瀧石嶺家にとってその力は驚異に感じられるものだから。そして、瀧石嶺家に驚異を感じられたものの末路は嵐の祖母が示していた。

 二つの疑問の答えを理解した優斗は、小さく頷く。

 優斗が頷いたのを見ると照は嵐に視線を向ける。


「嵐君、君は素晴らしい仲間に出会えた。その絆は大切にしなければいけないよ」

「……分かってる。仲間は守るものだってばあちゃんが言ってたからな」

「ああ、なるほど。だから、妙さんは僕にあんな伝言を残したのか」

「え?」


 一人納得した様子で頷いた照に嵐が目を丸くさせて、彼を見る。

 嵐の反応に照は楽しそうに笑って、優斗達の顔を順番に見ていく。そして、最後に嵐に視線を戻して口を開いた。


「あーちゃんとは沢山の約束をしたけどねぇ、全部を律義に守る必要はないからね。もうあーちゃんは一人じゃない。私との約束に縋らなくても自分を見てくれる仲間がいるだろうから……だから、これからは自分の意思で自分の決断で物事を判断しなさい。石動嵐という一人の人間として生きていくこと。それが私との最後の約束だよ。…………以上が妙さんから君への伝言だ」


 石動嵐の行動原理は全てが祖母との約束だった。

 友達を守るのも。仲間と仲良くするのも。人を傷付けてはいけないのも。退鬼師になるということさえも。

 全部が全部祖母との約束によって形作られていた感情だったのだ。


 それは一種の呪いと言っても過言ではないだろう。祖母が孫の心を守る為に課した呪い。そして、彼女はもうその呪いは必要ないと判断した。彼女は見えていたのだ。

 嵐と照が出会う頃には彼の傍に彼の心配をしてくれる仲間がいたことを。だからこそ、あの時照に呪いを解くための伝言を残した。

 伝言を口にした照は最後の妙が最後に呟いていた言葉を思い出す。


『……私もあーちゃんのお友達に会ってみたかったねぇ。心残りがあるとすればそれぐらいだろうねぇ』


 誰にいうわけでもなく呟かれた言葉。だが、照は聞いていた。

 彼女は本当に孫を愛していたのだと照は知っていた。だからこそ、彼女の代わりに嵐達の様子を目に焼き付ける。


(今度、妙さんのお墓参りに行った時に報告してあげようかね)


 彼の心の声を知る者は此処にはいない。

 ただ彼は慈愛に満ちた眼差しで、涙を流す嵐を慰める仲間達を静かに見守っていたのだった。


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