第065回
『Mikiko's Room(https://mikikosroom.com/)』で連載した、会津若松への旅行記(原題は「単独旅行記Ⅶ」)です。
この回のオリジナルは、↓のページに掲載しています。
https://mikikosroom.com/archives/50184287.html
なお、「小説を読もう!」では、写真を2分の1サイズに縮小して投稿しています。
フルサイズの写真は、上記オリジナルページをご覧下さい。
特に断りのない写真は、わたしが撮影したものですので、ご自由にお使いください。
なお、本文のみをまとめた総集編(後書きはありません)は、↓のページからご覧いただけます。
https://mikikosroom.com/archives/24257587.html
み「『相伴席』。
『客が大勢の場合に使われる』か。
お茶会みたいなときかな」
ハ「せやろな」
み「しかし……。
殺風景な部屋じゃ」
ハ「それが、侘び寂びやろ」
み「『躙り口』。
『客の出入口』。
入り口が低いのは……。
どんなに偉い人でも、頭を下げないと入れないからなんでしょ?」
ハ「小さい室内を大きくみせるためという説もあるようやで」
み「それはないでしょ。
茶室を作るような人なら、懐には余裕があるはず。
大きい部屋を作ればいいだけじゃん。
しかし、ここを通れない人はどうするんだろ?
相撲取りとか」
ハ「入らんかったらええだけやろ」
み「嵌った人って、いないのかな?
枠ごと外れて、腰に嵌ったままだったり」
ハ「コントやがな」
み「屋根に木が生えてる。
放っておくと……。
こういうのがびっしりになっちゃうんだろうね。
管理が大変だわ。
こんな斜面、簡単に上がれないでしょ。
あ、いいこと思いついた」
ハ「いいことやない気がする」
み「なんでじゃ!
ヤギを屋根に上げとけばいいじゃん。
屋根に生える雑草、食べてくれるよ」
ハ「転げ落ちるやろ!」
み「ヤギって、崖が得意なんじゃないの」
ハ「それは、岩場やからや。
こんなとこ、絶対に滑るわ」
み「安全帯が要るな」
ハ「それ以前の問題や」
み「『只今休場中』か。
野点の会場なんだろね」
ハ「違ごとると思うで」
み「なんでじゃ!」
ハ「向こうに見えてるのは、矢場の的やろ」
み「じゃ、こっから弓を射るってこと?
近すぎじゃない」
ハ「せやから、弓を体験する施設やがな」
み「ふーん。
やってみたかったな」
ハ「弓、射ったことあるんか?」
み「あるわけないでしょ。
でも、ひょっとしたら……。
弓の天才だったかも知れないじゃん」
ハ「100%あり得んわ」
み「断言すな!」
み「ここ、写真撮っていいのかな?」
何の施設か忘れました。
この写真1枚しかないので……。
たぶん、撮影禁止だったんだと思います。
み「お、誰の像だ?」
ハ「鑑真やて」
み「今度は鑑真か。
何やかやと、いろんな人と関係のある土地だね。
しかし、日中の国民には……。
命がけで両国の架け橋になろうとした、この人を……。
もう一度思い出してもらいたいもんだね」
ハ「たまにはええこと言うやないか」
み「いつも言ってるわい!」
み「『手づくり体験館』か」
ハ「体験したらどないや」
み「こういうのは、上手く出来る気がしない」
ハ「そんなら、弓はもっとやろ」
み「やかまし!」
み「木漏れ日の道だ。
いいねぇ」
ハ「今の季節が最高やな」
み「あ。
冬のこの道を想像したら……。
思いっきり気が滅入った」
ハ「いいときを楽しめばええやないか。
ネガティブなやっちゃで」
み「『天ぷらまんじゅう』だって」
ハ「どうせ、昼飯、食わんのやろ。
食うてみたらどうや」
み「思いっきり胃もたれしそうだわ。
しかし、何でまんじゅうを天ぷらにしようと思いついたのかね」
ハ「兵糧やないんか。
1個食うたら、そうとうに腹が保つやろ」
み「なるほど。
それはあるかも」
ハ「食うてみい」
み「遠慮する。
兵隊じゃないんで」
■躙り口
↓Wikiからの引用です(https://w.wiki/SJ2e)。
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躙口は、千利休が河内枚方の淀川河畔で漁夫が船小屋に入る様子を見てヒントを得たという伝説がある。
しかし、躙口の原型とみられる入り口は、武野紹鴎の時代の古図にも見られ、また商家の大戸に明けられた潜りや能舞台における切戸(囃し方の入り口)など同類の試みは多種見られることから、利休の発明とは言えない。
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発明したんじゃなくても……。
利休が、茶室に採用したわけですよね。
なぜ採用したのかということは、↑本編で「み」さんが言ってるように……。
「どんなに偉い人でも、頭を下げないと入れない」ということのようです。
もっと詳しい説明を探してみました。
『和楽(https://intojapanwaraku.com/)』というサイトさんの……。
↓『茶室の入り口が狭い理由は? 間取りの意味を知ったら、茶の湯の作法がスッと入ってきた!(https://intojapanwaraku.com/rock/gourmet-rock/2545/#toc-4)』というページからの引用です。
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このにじり口を茶室に取り入れたのは、千利休。
千利休が生きた戦国時代は、主従関係が強い時代でしたが、茶室の中ではすべての人が平等ということを示すために入り口を低くしました。
どんなに身分が高い人でも、刀を外し頭を下げなくては茶室に入ることができません。
たしかに、交流の場でもある茶室に、刀を持った武士がいたら落ち着きませんよね。
刀などの装身具をすべて外さないと入ることができないように、千利休は入り口をこんなにも低くしたのだそうです。
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とあります。
しかし、わたしは……。
利休が「躙口」を取り入れたことには、もうひとつ理由があったと思います。
利休って、デカかったんですよ。
『歴史上の人物外伝(https://rekishigaiden.com/)』というサイトさんの……。
『千利休は何した人? 実は身長がかなり高かった?(https://rekishigaiden.com/sennorikyu/)』というページからの引用です。
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利休の身長は、180cmもあったと推定されています。
現代でもかなり高い方ですが、当時の平均身長からすれば並外れた体格の持ち主だったと言えるでしょう。
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利休が生きたのは、戦国時代から安土桃山時代にかけて。
このころの日本男性の平均身長は、155㎝くらいだったようです。
つまり利休は、平均より25㎝も高かったわけです。
今の平均を170センチとすれば……。
195㎝に相当します。
飛んでもなく目立ちますよね。
利休は、自分の大柄過ぎる体型に……。
コンプレックスを持ってたんじゃないでしょうか?
侘び寂びとは正反対のガタイです。
なので、いっさい立たなくていいように茶室を作ったんです。
躙口にすれば、屈んで入れます。
「躙る」とは……。
正座したまま両わきに手をつき、膝から下を畳につけた状態で移動することです。
つまり、躙口を入った後も、立たずに済んだわけです。
それでも……。
正座した姿は、周りから頭二つくらい抜けてたでしょう。
どうしても、客を見下ろすことになってしまいます。
わたしは、これに気分を害した人物がいたと思います。
秀吉です。
秀吉の身長は、当時の平均より低かったんじゃないでしょうか。
利休と対すれば、たとえ正座してたとしても……。
見下されることになります。
この積もり積もった不快感が……。
利休に切腹を命じさせたんじゃないでしょうか。




