冒険者ギルド
夜の街を、ソウマとリリアは並んで歩いていた。先ほどまでいた路地裏とは違い、この辺りは比較的広い通りらしい。石畳の道はきれいに整えられており、両側には木造や石造りの建物が並んでいる。空には満月が浮かび、その淡い光が街全体を照らしていた。
通りにはまだ人の姿も多い。
酒場から出てくる冒険者、店を閉めようとしている店主、荷車を押して帰る商人らしき男。
その光景を見ながら、ソウマはぽつりと呟いた。
「……すごいな」
「何が?」
前を歩いていたリリアが振り返る。
月明かりを受けて、銀髪が柔らかく輝いた。
「全部だよ」
ソウマは周囲を見回す。
武器屋の店先には剣や槍が並び、鎧が壁に掛けられている。別の店では奇妙な光を放つ石や、色とりどりの液体が入った瓶が棚に並んでいた。
「街も、人も、店も」
「まるでファンタジーの世界みたいだ」
「ふぁんたじい?」
リリアは不思議そうに首を傾げる。
「なんでもない」
ソウマは適当にごまかした。
この世界にファンタジーという概念があるとは思えない。
それにしても、とソウマは思う。
異世界。
まさか本当にそんな場所に来るとは思ってもみなかった。
数時間前まで普通の高校生だった自分が、今はモンスターが出る街を歩いている。
現実感が追いつかないのも無理はない。
ソウマは腕を組み考えながら歩く。
そうしてたら急にリリアが、
「ソウマは考えてばっかり!」
と言い、腕を掴む。
「ほら、行くよ!」
「ちょ、待てって!」
ぐいぐい引っ張られる。
ソウマは慌てて歩き出した。
(本当に行動力の塊だなこの人……)
しばらく歩いていると、前方の通りで何かが動いた。
ぬるり、とした音。
「ん?」
ソウマが足を止める。
石畳の隙間から、半透明の塊が這い出してきた。丸く、ぷるぷると揺れている。
「……スライム?」
ゲームで見たことのあるモンスターだった。
「うわ、本当にいるのか」
思わず声が出る。
しかし、リリアはため息をついた。
「また出た」
その時にはもう剣を抜いている。
スライムがぴょん、と跳ねてこちらへ向かってきた。
次の瞬間。
キィン――
銀色の閃光が走る。
剣が振り抜かれた。
スライムは真っ二つになり、光の粒となって消えていく。
ほんの一秒もかからない。
「……」
ソウマは数秒黙る。
「強いな」
「普通よ」
リリアはあっさり言った。
「この程度のモンスター、子供でも倒せるわ」
「それはさすがに盛ってるだろ」
リリアは少し笑った。
「まあ、慣れればね」
剣を軽く振り、鞘に収める。その動きには無駄がない。
(完全に熟練の剣士だな)
ソウマは内心で思う。
見ただけで分かる。
この少女は――かなり強い。
二人は再び歩き出した。
少し進むと、通りの先に大きな建物が見えてきた。
石造りの建物。
三階建てほどの高さがある。
入口の上には、大きな看板が掲げられていた。
【冒険者ギルド】
ソウマは思わず立ち止まる。
「……本当にあるんだな」
「そりゃあるわよ」
リリアが肩をすくめた。
「ここがこの街の冒険者の拠点なんだから」
ソウマはしばらくその建物を見上げる。
ゲームや小説の中でしか見たことのない場所。
それが今、目の前にある。
リリアは扉を押した。
「入るわよ」
ギィ、と扉が開く。
瞬間、空気が変わった。
ざわめき。
酒の匂い。
笑い声。
鎧を着た男たち。
ローブ姿の魔法使い。
巨大な斧を背負った大男。
様々な冒険者がテーブルを囲んで酒を飲んでいる。
壁には依頼書がびっしり貼られていた。
(完全に冒険者ギルドだ)
ソウマが周囲を見ていると。
「……誰だあいつ」
「装備ないぞ」
「迷い込んだ一般人か?」
ざわめきが起きた。原因はもちろんソウマだ。
武器なし、防具なし。
服もボロボロ。
どう見ても冒険者には見えない。
その時。
リリアが一歩前に出た。
「私の連れよ」
その一言で空気が変わる。
「……リリア様か」
「あの銀髪剣士の」
「新人連れてきたのか」
しばらく続いたざわめきが収まった。
(結構有名なのか)
ソウマは少し驚いた。リリアはそのまま受付へ歩く。
「新人登録をお願いします」
受付嬢が対応する。
「リリア様、お帰りなさい」
「新人登録ですね」
そしてソウマを見る。
「登録料は銀貨一枚になります」
ソウマは沈黙した。
「……ない」
受付嬢が聞き返す。
「……今何と?」
「一文無しだ」
リリアが額を押さえた。
「……はぁ」
ポケットから銀貨を取り出す。
カラン。
カウンターに置く。
「私が払います」
受付嬢がリリアの顔を見つめる。
「リリア様はお優しいですね」
「別に」
「彼氏でございますか?」
受付嬢はとんでもないことを言う。
「ちっ、ちがっーー!」
「違うのか」
「そこは否定してよ!」
少しからかうと、リリアは頬を赤くした。
「放っておくと死にそうだからよ」
「ひどい言い方だな」
「事実でしょ」
受付カウンターの奥では、数人の職員が忙しそうに書類を整理していた。
冒険者ギルドという場所は、ただの酒場ではないらしい。依頼の管理、報酬の支払い、討伐記録の確認など、様々な仕事があるようだ。
受付嬢は書類を取り出した。
「では、登録のための簡単な確認を行います」
「お名前は?」
「神代ソウマ」
受付嬢が少し首を傾げる。
「珍しいお名前ですね」
「まあ……遠い国から来たんだ」
ソウマは適当に答えた。
リリアが横で腕を組む。
「極東の島国らしいわよ」
「そうなのですね」
受付嬢は頷き、書類に何かを書き込んだ。
「年齢は?」
「十七だ」
「職業は?」
ソウマは少し考えた。
そして、
「……無職」
こう告げる。
受付嬢の手が止まった。
リリアがため息をつく。
「本当に何もないのね」
「事実だからな」
ソウマは親指を立てる。
「では、無職ということで登録をさせていただきます」
受付嬢は淡々と登録を続けていく。
「では最後に、簡単な適性検査を行います」
カウンターの横には、いくつかの道具が置かれていた。
大きな石、透明な水晶、そして金属製の器具。
「まずは筋力測定です」
受付嬢が石を指差す。
「この石を押してください」
ソウマは近づく。
石の表面には奇妙な模様が刻まれていた。どうやら魔法の道具らしい。
ソウマは両手を当てて押した。
石が淡く光る。
少しして光が消える。
受付嬢が結果を見て、申し訳そうに言う。
「……平均以下ですね」
周囲から笑い声が上がった。
「弱っ」
「新人でももう少しあるぞ」
「すぐ死ぬな」
リリアが振り返る。
じっと冒険者たちを睨んだ。
それだけで笑い声が止まる。
その影響力は見上げたものだ。
「まあ、そんなもんだろ」
「次は魔力測定です」
受付嬢は水晶球を指した。
透明な球体で、内部には淡い光が揺れている。
「この上に手を置いてください」
ソウマは言われた通り手を置く。
その瞬間。
(……?)
視界が変わった。
水晶の内部に――
構造線が見える。
いや、これは構造線とは違うものだ。
この水晶玉を押した冒険者の魔力が結晶となったもの。
無数の線。
まるで複雑な回路のように絡み合っている。
そして。
一本だけ、強く光る線。
ーーピシッ
小さな音がした。
水晶が一瞬だけ明るく光る。
「……?」
受付嬢が首を傾げる。
「今、少し反応が……」
だが光はすぐ消えた。
水晶は静かになっている。
受付嬢はもう一度確認する。
「……魔力も平均以下ですね」
周囲から笑いが起きた。
「弱すぎだろ」
「よく冒険者になる気になったな」
ソウマは苦笑した。
「耳が痛いな」
リリアがむっとした顔をする。
「うるさいわね」
小さく呟いた。
受付嬢は書類をまとめる。
「これで登録は完了です」
「今日からあなたも冒険者になります」
小さな金属プレートを渡された。
「これはギルド証です」
ソウマは受け取る。
ひんやりと冷たい。
表面には自分の名前が刻まれていた。
「なくさないようにしてください」
「分かった」
その時だった。
後ろから声がした。
「おい」
振り向く。
そこには大柄な男が立っていた。
筋肉質の体。
肩には大きな斧。
いかにも荒くれ者という雰囲気だ。
男はソウマを見下ろす。
「お前、本当に冒険者になる気か?」
「そのつもりだけど」
男は笑った。
「やめとけ」
「お前みたいな弱そうな奴はすぐ死ぬ」
周囲の冒険者がくすくす笑う。
リリアが一歩前に出た。
「……何か文句ある?」
男はリリアを見る。
「おっと」
口先だけ反省している。
「あの銀髪の剣士様か」
その「あの」という言葉には、少しだけ含みがあった。
男はソウマを見る。
「まあいい」
「死にたくなきゃ外縁区には行くな」
そう言って去っていった。
リリアがあちらを軽く睨んでいる。
「感じ悪い」
「まあ、言ってることは間違ってない」
ソウマは苦笑した。
「実際弱いしな」
リリアは腕を組む。
「それでも」
少しこちらを見る。
「さっきは助けてくれたでしょ」
ソウマは少し驚いた。
「俺は何もしてない」
「したわよ」
リリアは言う。
「あのモンスターの目と首の弱点。あれ見るだけじゃ判断できないわよ」
それは構造線を見たから。
そうとすぐに言えたらよかった。
ーーあれ?
「もしかして…あのモンスターの弱点って最初から知ってた…?」
「当たり前じゃない。何体倒してきたと思ってるのよ。…だから何であんな危険を冒したのって聞いてるのよ」
最悪だ。
(俺の命賭けた意味ねーじゃん!)
だとしても、能力のことはまだ言えない。
ソウマは視線を逸らす。
リリアはじっと見てくる。
少ししてから目を逸らした。
「まあいいわ。私を助けようとしてくれたってことは間違い無いでしょうし」
「それに」
少しだけ口元を緩める。
「嫌いじゃないわ」
ソウマは少し黙った。
(この人、本当に真っ直ぐだな)
その時だった。
ギルドの外から風が吹き込む。
夜の空気が少し冷たい。
リリアが言う。
「依頼見に行くわよ」
掲示板へ歩いていく。
壁には無数の紙が貼られていた。
討伐依頼。
採集依頼。
護衛依頼。
様々な仕事が並んでいる。
「初心者ならこれ」
リリアが一枚の紙を指差した。
【スライム討伐】
「またスライムか」
「最初はこんなものよ」
リリアは言った。
「経験を積むのが大事」
ソウマは頷く。
掲示板を見ていたソウマは、ふと目を止めた。
一枚の依頼書。
その紙に――
構造線が走っている。
(なんで見えるんだ?)
「……?」
目を細める。
その線は依頼書の中の一文に集まっていた。
【スライム討伐】
場所:北の森外縁
(違う)
ソウマは直感した。
構造線が示しているのは北ではない。
「リリア」
「ん?」
「この依頼、場所間違ってる」
「え?」
リリアが依頼書を見る。
「そんなわけないでしょ」
「いや、違う」
ソウマは言う。
「南側だ」
その時。
後ろで作業をしていた職員が言った。
「……あ」
「本当だ」
依頼書を確認する。
「すみません、これ昨日の修正前の依頼です!」
周囲の冒険者がざわつく。
「マジかよ」
「危ねえ」
職員は驚いた顔でソウマを見る。
「どうして分かったんですか?」
ソウマは少し笑った。
「……勘」
リリアも小さく笑う。
「やっぱり変な人」
だがその時。
(……?)
その瞬間――
視界の端に、構造線が走った。
刹那。
世界が止まる。
(能力が発動…?)
つまり、
(死にそうな状況だってこと…?)
どこで、何者が。
振り向く。
たが、何もいなかった。誰も俺のことなんて気にしていなかった。
(何で発動したんだ…)
とにかく、一度状況を確認しよう。
そう思うも、辺りを見渡しても異変は見当たらない。
ともかく、と構造線を見る。
さっき俺を笑っていた冒険者たちにも、もれなく構造線が走っている。弱点もすぐに判断できたので、後で痛い目遭わせてやろうと思う。
それとは別として、攻撃するつもりはないが、リリアはどうだろうかと確認する。
やはりだ。
リリアの背中。
その体にも、線が走っている。
だがモンスターとは違う。
綺麗な線だった。
まるで整った回路のように。
ただ。
その中心に、一本だけ歪んだ線があった。
ソウマは思わず目を細める。
(なんだ……これ)
ただ見ても、意味は分からない。
今すぐ襲われるような気配もないので、足を動かす。
世界が動き出す。
リリアが振り返った。
「どうしたの?」
「……いや」
ソウマは首を振る。
まだ分からない。
だが一つだけ確かなことがある。
この少女には。
銀髪の剣士リリアには。
自分の知らない何かがある。
ただ、ソウマはまだ気付かない。
この時の時間停止が、
自分の能力ではなかったことに。
そして――
その時間停止を、
誰かが「見ていた」ことにも。




