全てが嘘でも
風が、止まった。
ーーいや。
止まったのは、風だけじゃない。
「……は?」
音が、ない。
さっきまで耳の奥を削っていた不快な音が、綺麗に消えている。
不自然なほどに、静かすぎる。
「神代ソウマ」
目の前にいる“リリア”が、こちらを見ている。
さっき看破したはずの“それ”。
だがーー
(……消えてない)
むしろ、濃くなっている。
「……何したんだよ」
ソウマの声は低い。
だが、“それ”は答えない。
ただ、静かに首を傾げた。
「今、何が起きてると思う?」
「……」
答えられない。
「さん、にー、いち。はい時間切れー」
一歩、近づいてくる。
でも、足音がしない。
「もう答え言うよ?」
「……分からない」
「さっきまではさ、“選ばせてた”んだよ」
「……選ばせてた?」
「そう。でも、それをやめた」
ぞわりと。
理解が追いつくより先に、本能が警告を鳴らす。
「——やめた?」
「うん」
にこり、と笑う。
「だってさ、選ばなくても壊れるって分かったから」
「……っ!」
背筋が凍る。
「——ソウマ」
すぐ横から声がした。
「……っ!?」
振り向く。
そこに、“リリア“がいる。
普通に、立っている。
血もない。
傷もない。
「……え……?」
思考が止まる。
さっきまでーー
(全員同じように血が……)
「どうしたの?」
リリアが、不思議そうに首を傾げる。
「変な顔してる」
「……」
後ろを見る。
誰もいない。
さっきまであったはずの、“無数のリリア”も、“それ”も。
何もない。
静寂だけ。
「……なんだ、これ……」
喉が、乾く。
「ソウマ?」
“リリア“が、一歩近づく。
「大丈夫?」
手を、伸ばしてくる。
触れる距離まで。
「……来るな」
反射的に、言葉が出た。
「……え?」
“リリア“が、止まる。
「……なんで?」
「……」
(……違う)
怖いんじゃない。
(……分からないだけだ)
何が正しくて、何が間違っているのか。
それが、分からない。
「……ねえ」
“リリア“が、静かに言う。
「さっきの、何だったの?」
「……っ」
心臓が、跳ねる。
「いきなり暴れ出して」
「……?」
「私に向かって魔法撃ってきて」
「……は?」
理解が、追いつかない。
「覚えてないの?」
“リリア“の声は、落ち着いている。
あまりにも、落ち着きすぎている。
「……ちょっと、危なかったんだけど」
「……待て」
顔が、引き攣る。
「……今、なんて言った」
「何が?」
「俺が?」
「うん」
「リリアを攻撃した?」
「そうよ」
“リリア“は、頷く。
「ソウマが、私を攻撃した」
「……」
思考が、完全に止まる。
(……そんなはず、ない。俺は、偽物を——)
“リリア“が、少しだけ距離を詰める。
「本当に、大丈夫?」
「……」
「さっきから、ずっとおかしいよ」
「……」
その言葉が、じわじわと侵食してくる。
(……違う)
違うはずだ。
(……俺は、間違えてない)
確かに、“本体”を捉えた。
確かに、消えた。
(……終わったはずだ)
なのに。
何で。
「……ソウマ」
“リリア“の声が、柔らかくなる。
「……無理、してない?」
その声。
その距離。
その温度。
全てが、“正しい”。
「……っ」
頭が、痛む。
「……違う……」
絞り出すように、声を出す。
「何が?」
「……俺は……」
(あれ……?)
「……俺は……」
(……何を、した?)
記憶が、曖昧になる。
さっきの戦いの記憶が。
“それ”とのやり取りの内容が。
まるで霞がかかるように、ぼやけていく。
「……ソウマ」
“リリア“が、さらに一歩近づく。
「ちゃんと、思い出して?」
「……っ!!」
頭の奥でーー
何かが、軋んだ。
「ほら」
“リリア“が、手を伸ばす。
「大丈夫だから」
「……触るな!」
弾く。強く。
反射的に。
「……っ」
“リリア“の手が、止まる。
そのまま、ゆっくりと下ろされる。
「……そう」
静かな声。
「やっぱりもう、壊れてるんだね」
「……え?」
その言葉。
その瞬間。
空気が、歪む。
「……っ!?」
“リリア“の輪郭が、揺れる。
「……は……?」
視界が、歪む。
“リリア“が、二重に。三重に。
(……増えてる?)
「ねえ」
同じ声が、重なる。
「どれがさっきまで話してたか、分かる?」
「……っ!!」
同時に喋った瞬間に、理解する。
これは、さっきまでとは違う。
“見分ける”段階じゃない。
「……気付くのが遅いよ」
声が、四方から響く。
「もう、とっくに始まってるのに」
「……何がだ……!」
「侵食だよ」
その瞬間。
「——ぐっ!!」
頭に、激痛が走る。
記憶が、混ざる。
現実と、幻が。
区別できなくなる。
「……君、その段階まで来たら」
声が、近い。
すぐ隣だった。
「もう、“どこまでが本当か”分かってないでしょ?」
「……っ……!」
否定出来ない。
むしろその通りだった。
「ねえ」
優しく、でも残酷に。
「さっき、何があった?」
「……」
「それとも」
間を置いて。
「最初から、“こっち側”の存在だったのかな?」
「——やめろ」
「どっちだと思う?」
「やめろ!」
叫ぶ。
だが。
止まらない。
「ねえ、ソウマ」
最後に。
「“今の私”は、本物?」
「ぅぁっ……」
思わず答えそうになり、無理やり止まる。
「ほら」
囁かれる。
「また、負ける」
「……っ」
「ねえ」
静かに、でも確実に。
「この状態で、どうやって戦うの?」
ーー答えは、ない。
ソウマの視界が、さらに歪む。
“リリア“が、増える。
世界が、重なる。
現実が、崩れる。
そしてーー
「まだ、前編だよ」
“それ”が、楽しそうに笑った。
視界が、定まらない。
“リリア“が、いる。
一人じゃない。
二人でもない。
数えられない。
全部、同じに見える。
全部、本物に見える。
全部、偽物に見える。
「……っ」
呼吸が浅くなる。
足元の感覚が、曖昧になる。
立っているのか、足が崩れているのか、怪我をしているのか、それすら分からない。
「ねえ」
右から声がする。
「ソウマ」
今度は左。
「……こっち」
後ろ。
「……助けて」
前。
「……怖い」
「……っ!!」
耳を塞ぐ。
だが、意味がない。
音は、外からじゃない。
頭に直接、喋ってくる。
無理矢理、聞かされる。
「やめろ……」
絞り出す。
だが、止まらない。
「ねえ」
今度は、すぐ近くから。
吐息がかかるほどの距離。
「なんで、そんなに必死なの?」
「……」
「もう分かってるでしょ?」
優しく、穏やかに。
「君、詰んでるよ」
「……っ」
言い返せない。
否定できない。
現状、どうやっても突破口が見えない。
「選べないし、見分けられない。守ることすら出来ない。はっきり言って、ここにいても何も出来ない」
「……ッ」
「ね?」
軽く、肩を叩かれた。
「もう、終わりでいいじゃん」
「……くそ」
拳を握る。
でもその力は、入らない。
「楽になろうよ」
「……」
「君、もう十分壊れたよ?」
その言葉が、妙にしっくりくる。
(……壊れてる)
ああ、そうだな。
(……もう、まともじゃない)
視界も、聴覚も、思考も。
全部、信用できない。
「だったらさ」
“それ”が、囁く。
「信用しなければいいんだよ」
「……?」
一瞬、思考が止まる。
「全部、捨てちゃえばいい」
「……全部?」
「うん」
当たり前のように。
「見えてるものも、聞こえてるものも、感じてるものも」
「……」
「全部、“嘘”ってことにすればいいんだよ。さっきみたいに」
「……っ」
その言葉に、引っかかる。
(……嘘)
「だってさ」
“それ”は続ける。
「どうせ、今の君には区別できないんだからさ」
「……」
「だったら最初から、“全部間違ってる”って前提で動いた方が楽じゃない?」
沈黙が流れる。
風は、もう鳴っていない。
代わりに、静寂自体に重さがある。
(……全部、間違ってる)
その考えがゆっくりと、自然に染み込む。
(……なら)
見える“リリア“も。
聞こえる声も。
全部。
(……信用しなくていい)
「……やっと」
“それ”が、小さく笑う。
「いいね、その顔」
「……」
「少しは、分かってきた?」
「……少しは」
ソウマの声は、かすれている。
「……分かってきた」
ゆっくりと、顔を上げる。
焦点は、合っていない。
「……と、でも言うと思ったか」
「……そう」
一瞬だけ、“それ”が黙る。
「……じゃあさ」
少しだけ、声音が変わる。
「逃げないなら、どうするの?」
「……」
答えない。
(……まだ、足りない)
“全部嘘”にするとーー
(……何もできない)
「ほら」
“それ”が、答えを促す。
「どうするの?」
「……」
頭が軋むほど、無理矢理。
壊れたまま、ぶん回す。
(……見るな)
見ても意味がない。
(……聞くな)
聞いても意味がない。
(……感じるな)
感じても意味がない。
「……なら」
ぽつり、と。
ソウマが呟く。
「……逆に使う」
「……え?」
“それ”の声が、わずかに揺れる。
「全部、嘘なんだろ」
「……そうね」
「だったら」
一歩、踏み出す。
体全体が、ふらつく。
それでも、止まらない。
「……全部、“本当でもある”ってことだ」
「……?」
空気が、止まる。
「……意味が分からない」
「そのままの意味だ」
ソウマは、続ける。
「見えてるリリアも、その聞こえてる声も全部、同じ一つから来てる」
「……」
「だったら」
拳を、握る。
前に突き出す。
「どれを攻撃しても、同じだろ」
「本気で言ってんの?」
初めて、“それ”の気配が、明確に揺れた。
「……雑すぎるよ」
だが、すぐに戻る。
「そんなの、通用しないよ?」
「通用する」
即答。
「……根拠は?」
「ねえよ」
「……はぁ。またなの?」
呆れたような、ため息。
「それで、また間違えたら?」
「間違える前提で動く」
「……」
「当たるまで、全部、全部」
「……正気?」
「最初から正気じゃねえし、今はお前のせいでもっと狂ってるぞこの」
「……っ」
ほんのわずかに、“それ”の空気が歪む。
「……でもさ」
すぐに、立て直す。
「無理だよ」
「……何がだ」
「君はもう、とっくに限界を迎えてるんだから」
その言葉と同時にーー
「——ぐっ!」
頭に、激痛。
視界が、さらに崩れる。
まっすぐ立っていられない。
膝が、折れかける。
「ほら」
“それ”が、優しく言う。
「そんな状態で、全部殴るの?」
「……っ」
「一発だけで、死ぬかもしれないよ?」
「……」
「それでも?」
沈黙。
呼吸が、荒い。
口の中で血の味がする。
(……確かに)
これはもう、限界に近い。
これ以上の無茶はーー
(……死ぬ)
「ねえ」
“それ”が、囁く。
「やめときなよ。どうせ、無理なんだから」
「……」
「ここで終われば、まだ楽だよ。無駄に苦しむ必要なんてない」
「……」
たった数秒の、静寂。
でも、もっともっと長く感じる。
そしてーー
「……ああ」
ソウマが、呟く。
「無理だな」
「……でしょ?」
「無理に決まってる」
「……うん」
「こんな状態で、全部とか」
一歩。
踏み出す。
「できるわけねえ」
「そうよ」
「でもな」
顔を上げる。
その目は、かつての戦友のようだった。
「やるしか、選べないんだよ」
「……なぜ?」
「ここで止まったら」
拳を、震わせる。
「本当に全部失う」
「……」
「だからこそ」
息を吸う。
「無理でも、やり遂げる」
「……ほんと、バカだね」
“それ”が、小さく笑う。
だがーー
その奥にまた、わずかな警戒が混じる。
「じゃあさ」
次の瞬間。
「——試してみなよ」
空気が、変わる。
“リリア“たちが、一斉に動く。
全方向から。
同時に。
「——っ!!」
ソウマは、目を閉じない。
もう、意味がないから。
代わりにーー
「……来いよ」
低く、呟く。
「全部まとめて」
魔力を、無理やり引き出す。
軋む。
壊れる。
それでもーー
「——ぶっ壊してやる」
光が、集まる。
だが、まだ撃たない。
(……まだだ)
何かが、足りない。
このままじゃーー
(……届かない)
その瞬間。
「——ソウマ」
声がした。
一つだけ、他と違う。
「……っ」
一瞬、意識が揺れる。
だがーー
「……無視だ」
切り捨てる。
今は、全部同じ。
全部、嘘。
全部、偽物。
(……でも)
ほんのわずかに。
何かが、引っかかる。
(……今の……)
「ほら」
“それ”が、笑う。
「また迷った」
「くっ……」
「やっぱり、無理じゃん」
「……」
だが、ソウマは動かない。
ただ、考えている。
壊れた頭で。
(……何かが、違う)
全部同じはずだ。
(……今の声だけ)
ほんの一瞬だけ。
(……重なってなかった)
「……」
呼吸が、止まる。
(……そこか?)
気づきかける。
だがーー
「——遅いよ」
その一言で、世界が、圧し潰された。
全方向から同時に、リリアが来る。
「ソウマ」
「助けて」
「……怖いよ」
「こっち」
声が、重なる。
位置が、意味を失う。
距離が、消える。
(……全部、同じだ)
判断できない。
でも、する意味も、ない。
「——っ!!」
踏み込まれる。
「……っ、ぐ……!」
それでも、ソウマは、動かなかった。
避けない。
構えない。
ただ、立つ。
(……避けても、意味がない)
見えているものは、信用できない。
感じているものも、信用できない。
ならーー
「……来いよ」
次の瞬間。
ーーザシュッ!!
衝撃が走る。
腹を、貫かれる。
遅れて、痛む。
焼けるような熱。
「……っ、ぁ……!」
呼吸が、止まる。
肺に、空気が入らない。
膝が、沈む。
視界が、白く弾ける。
それでもーー
倒れない。
「……なんで……避けないの?死にたいの?」
“それ”は、本気で困惑していた。
「……避けねえよ」
声が、割れる。
それでも、笑う。
「……どうせ……全部同じなんだろ」
「……」
「……だっ……たら……当たる方が、早い……」
血が、滴る。
足元に、溜まる。
(……来い)
もっと来い。
もっと、もっと!
(あれは……!)
一瞬。
空気が、歪む。
(……今だ!)
見えない。
だが、分かる。
ほんのわずかながら、“ズレた”。
「……想像した通りだ」
掠れた声。
「……全部同じ、じゃない」
「……」
“それ”が、黙る。
「……お前」
一歩、踏み出す。
血を引きずる。
「反応して……るだろ」
「……何のことかな?」
「とぼ……けるな。……今のだよ」
息が、荒い。
視界が、二重に揺れる。
「一瞬だけ、遅れた」
「……」
「全部同じ……なら、遅れる必要なんかな……いだろ」
沈黙。
空気が、重くなる。
「……あーあ」
やがて、“それ”が笑う。
「バレちゃったか」
軽い声。
だがーー
その奥にわずかな硬さが滲む。
「でもさ」
次の瞬間。
「それ、続けられるの?」
ーーザシュッ!!
さらに一撃。
今度は、左肩。
骨に、当たる。
「がっ……!!」
身体が、跳ねる。
感覚が、飛びかける。
「そのままじゃ、先に死ぬよ?」
「……そうだな」
息を吐く。
血が混じる。
血の鉄臭さが広がる。
「その前に……当て……るんだよ」
「無理だよ」
「……やってみ……ないと、分かんないだ……ろ」
沈黙。
一拍。
二拍。
そしてーー
「——じゃあ、試してあげるよ」
世界が、歪む。
今までとは比べ物にならないほど、
強く。
深く。
“リリア“たちの動きが、変わる。
完全に同期する。
ズレが、消える。
「……っ」
(……見えねえ)
さっきまであった“引っかかり”が、ない。
全てが、完全に同じだ。
「これがお望みなんでしょう?」
“それ”が、囁く。
「これでも分かる?」
「……」
分からない。
本当に、分からない。
どこにも、違いがない。
「終わりだね」
「……」
「やっぱり、君じゃ無理だったんだよ」
「……」
その言葉を、ソウマは聞き流す。
(……見えないなら、作ればいい)
「……は?」
“それ”の声が揺れる。
ソウマは、自分の裂けた腹に手を突っ込んだ。
「……っ、ぁ……!!」
痛みが、爆発する。
思考が、白く飛ぶ。
それでも、止めない。
さらに、傷を広げる。
「何してんの……!?」
「……うるせぇ黙れ……」
自分の血を掴む。
生温かい。
確かな“現実”。
「見えねえなら……」
拳を握る。
血が、滴る。
「見えるようにするだけだ……!」
ーーバシャッ!!
血を、撒く。
前へ。
横へ。
全方向へ。
「——っ!?」
その瞬間。
ほんの一瞬。
ほんのわずか。
“何か”が、遅れた。
「……そこだ!!」
踏み込む。
足が、滑る。
力が、入らない。
それでもーー
進む。
(……足りねえ)
これでも……
(……確定しねえ)
まだ、曖昧だ。
このまま撃てば、外す。
外せばーー
終わる。
「ねえ」
“それ”の声。
すぐ近くからする。
「今、何しようとしてるか分かってる?」
「……」
「それ、外したら終わりだよ?」
「……」
「もう一回、同じことできると思う?」
「……分かってる」
できない。
身体が、持たない。
次は、ない。
「やめときなよ」
優しく。
甘く。
「ここで終われば、まだ失敗した時よりかは楽だよ?」
「……」
「無理して、全部失う必要ないでしょ?」
「……」
その時、頭の奥で。
聞き覚えのある声を聞いた。
『……全部、一つに見ろ』
「……っ」
止まる。
「……まだ、やるの?」
“それ”が、呆れたように言う。
「……ああ」
小さく、答える。
「……バカだね」
「……知ってる」
息を吸う。
痛みが、走る。
それでもーー
(……選ばない)
(……見分けない)
(……全部まとめて)
「……全部、同じだ」
呟く。
“リリア“を見て。
偽物を見て。
空間を見て。
全てを見て。
「——なら」
光が、集まる。
だがーー
広がらない。
一点に、沈んで、凝縮する。
「……一つだ」
その瞬間。
何も、起きない。
ーー一瞬。
遅れて、空間が、歪む。
引き寄せられる。
リリアが。
偽物が。
音が。
存在が。
全てがーー
一つに、収束する。
「——なっ……!?」
“それ”が、揺れる。
「やられた……!」
「——《単一光)》」
遅れて、結果だけが、現れる。
ーーバチィィィィン!!
その空間が、壊れる。
光は、見えない。
ただ、そこにあったものが一つになって、砕けた。
「……ぁ……!?」
“それ”の声が、歪む。
周囲が、崩れる。
だがーー
まだ、残っている。
「……っ、終わってねえ……!」
踏み込む。
また、もう一歩。
身体が、悲鳴を上げる。
そんなの関係ない。
「——っ!!」
再び、収束させる。
「コンヴェルギア!!」
空間が、わずかに歪む。
引き寄せられているのは“対象”じゃない。
“差異そのもの”だ。
ーーバチィィィィン!!
さらに、深く。
「やめて——」
拒否よりも強い、拒絶。
「やめて、それ……!」
「……知るか」
最後に、力を、振り絞る。
「——終わらせる」
その瞬間。
「——ソウマ!!」
声がする。
一つだけ、はっきりと。
揺れない。重ならない。
「……」
でも、振り向かない。
それでもーー
分かる。
(……これが)
「……本物だ」
理由はない。
でも、確信する。
(……選んでない)
ただ、そう思った。
「……終わるから」
短く。
そしてーー
「コンヴェルギア!!」
最後の収束。
ーーバチィィィィン!!
全てが、砕ける。
音が、消える。
歪みが、ほどける。
「……ぁ……」
“それ”が、崩れる。
ゆっくりと。
消えていく。
「最後だしね」
かすれた声。
「最後にいいことを教えてあげよう」
「……なんだよ」
ソウマが、答えた。
「僕の言ったことは、全て正しい。彼女の感情も、それに伴う行動も……」
「——っ。嫌なこと聞かせやがって……!」
「最後に一つ聞かせてくれ。なんで見えた?」
「……見えてない」
「……」
一瞬。
「無理やりだ」
血に濡れた顔で、笑う。
「全部まとめて、叩いただけだ」
「……」
沈黙。
そしてーー
ため息をついた。
「……はぁ」
微かに笑う。
「……本当に……バカだったね……」
そのまま、光の粒となって消えた。
ーー静寂。
「……は……」
膝が、崩れる。
視界が、揺れる。
まだ、重なっている。
完全には戻らない。
「ソウマ!!」
声がする。
腕が、支えられる。
温かい。
でも、震えている。
「……」
目を開ける。
リリアがいる。
一人。
(……ああ)
完全には、戻っていない。
それでも。
手を伸ばす。
触れる。
温かい。
「……」
小さく、息を吐く。
「……悪い」
かすれた声。
「……遅くなった」
「……っ、バカ……!」
震えながら言われる。
「……遅いのよ……!」
「……すまない」
目を閉じる。
沈む。
その中で、俺の意識が、暗闇に落ちた。




