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再会

風が、止んだ。

ついさっきまで荒れ狂っていたはずの空気が、嘘のように静まり返っている。

木々は裂け、地面は抉れ、戦闘の痕跡だけが残っていた。

その中心にーー

一人、立っている影があった。

「無理すんなって言ったろ。リリア」

低く、落ち着いた声が聞こえた。

リリアはゆっくりと目を見開く。

「……ソウマ?」


信じられないような声が聞こえた。

だが、目の前にいるのは間違いなくーーソウマだった。

「なんで……ここに……」

息が乱れる。

魔力も、かなり消耗している。

それでも視線は逸らさない。

ソウマは、当たり前のように答えた。

「危ないと思ったからだ」

それ以上は言わない。

だがーー


リリアは気づく。

(……違う)

立っているだけなのに、妙に“静か”だ。

周囲が静かなのではない。

ーーソウマ自身が、ソウマの存在が、静かすぎる。


「……来ちゃダメって言ったわよね」

少しだけ、強がるように言う。

「聞いたよ」

「じゃあなんで来てるのよ」

「言わせるなって」

「言わないと分からないことだって、あるわよ」

「あーもう。心配だったからだ。力不足なのは承知の上。直感的にいかないといけない気がしたっつーか」

ソウマは照れた様子でそんなことを口にする。

「俺が、来たかった」

それだけで、リリアは言葉を失う。

「……ほんとに、バカなんだから」

小さく、囁くように言った。

その声には、わずかな安堵が混じっていた。


「で」

ソウマが、ゆっくりと視線を巡らせる。

抉れた地面。

倒れた木々。

そしてーー

姿の見えない仲間たち。

「どういう状況だ、これ」

当然、生まれる問いだった。

リリアは息を整えながら答える。

「見えない敵よ」

「……」

「気配も、魔力も感じない。でも——」

言葉を一瞬切る。

「確実に存在している」

ソウマは小さく頷いた。

「何をしてくるんだ?」

「簡単に言えば、存在を消される」

リリアの目が、わずかに揺れる。

「音もなく。気配もなく。触れられないまま」

そしてーー

「気づいた時には、消えている」

静寂が落ちる。

その説明だけだと、普通なら理解できず、納得もできないはずだ。

だがーー


「なるほどな」

ソウマはあっさりと受け入れた。

「……信じられるの?」

「ここでリリア疑ってもどうにもならないだろ。あと、大体分かった」

「え?」

思わず、素の声が出る。


ソウマは、ゆっくりと地面に視線を落とした。

「攻撃、当たったか?」

「一応……触れた感覚はあった」

「でも仕留められない」

「そうね」

その通りだった。

「当たってるのに、いないのよ」

その言葉に、ソウマはわずかに目を細める。

(……やっぱりな)

思考が繋がる。

「消え方は?」

「ほとんど、一瞬よ」

リリアは即座に答える。

「ほとんど?」

「うん。でも——」

少しだけ言い淀む。

「完全に一瞬じゃない時もあった」

「……ほう」

ソウマの目がわずかに鋭くなる。

「どういうことだ?」

「さっき、一人が消える時——」

思い出す。

「……段階的に消えたの」

空気が、わずかに張り詰める。

「腕のあとに、胴が消えたわ。順番に削られるみたいに」

ソウマは無言で聞いている。

(……理不尽に完全消失させられる訳ではない)

つまりーー

「触れられてる瞬間はあるってことか」

「そう……だと思う」

リリアも確信はない。

「おそらく、それが分からないと対処できない、と思う」

リリアはハッとした。

「あれは存在が分かったあとだった……!」

「つまり、意識すれば気づかないうちに消されることはない、と思う」

その時。


……フュワン


すぐにリリアが叫ぶ。

「来るわよ!」


世界が歪んだ。

「っ——!!」

リリアが即座に反応する。

風が、瞬時に展開される。

世界の揺れが止まる。

「……来る」

こんな状況なのに、ソウマの声は妙に落ち着いていた。

「見えるの?」

「いんや。全く見えない」

「……」

ソウマはゆっくりと一歩前に出る。

だが、その裏で——

世界が歪む。


……フュワン


今度は、近い。

「っ……!!」

リリアが風を叩き込む。

だがーー

仕留めきれない。いつまで経っても避けられるだけだ。

「何で……!」

「リリア」

「なに!?」

「ちょっと前、出てくる」

「……は?」

意味が分からない。


「消えるわよ!」

「分かってる」

「なら……!」

「でも、やらなきゃどっちも消える」

「……私たちじゃ無理だって言うの」

「そんなことは、言ってない」

「言ってるようなものでしょ!」

リリアが声を上げた。

「何で?!何でそんなに命をお粗末に扱うの?!消えたらどうなるかも分からないのに!どうして!ねえ、どうして……?もう、見知った人が消えるのは嫌よ……」 

だがーー


ソウマは、真剣だった。

「お願いだ。行かせてください」

その目は、いつもの数倍も本気で、それに隠れてーー恐怖が混じっていた。

(……当たり前ね)

「……消えないでね」

おねがいだから、と消えそうな声でリリアが呟いた。


風の出力を、ほんの一瞬だけ落とす。

その瞬間。

案の定、“それ”が動いた。


……フュワン


(来た——!!)

だが、その瞬間。

ソウマが、リリアの前に出る。

守るように。庇うように。


(……)

世界が、ほんの少しだけ揺れる。

音が遠のく。

風が止まる。

(……なんだ、これ)

ほんの刹那。

だが確かにーー

“何か”が見えかけた。

(今の……)

だが、次の瞬間には、元に戻る。


「……くっそ」

悪態が漏れる。

「見えたの?」

リリアが聞く。

「……いや」

ソウマは首を振る。

「でも」

視線を、ある一点に向ける。

「今、何かが“通った”」

確信を持って言う。

「……」

リリアの背筋に、冷たいものが走る。

(この状況で……把握してる?)

「まだ警戒した方がいいな」

ソウマが低く言う。

その声に、迷いはなかった。

「次で——見る」

静かに、そう言い切る。

空気が張り詰める。


……フュワン


再び、歪む空間。

今度は、さっきよりもはっきりと。

ソウマは目を細める。

(……来い)

意識を、極限まで集中させる。

視界。

聴覚。

感覚。

すべてをーー研ぎ澄ます。

(……掴め)

そしてーー

“それ”が、目の前に来た気がした。

その瞬間。


世界が——止まった。

風の流れがない。

落ち葉が空中で舞ったまま進まない。

音がソウマに届かない。

(……まただ)

また世界が止まった。

「……リリア」

声を出す。

だが、返事は返ってこない。

(やっぱり、声も届かないのか)

ソウマはゆっくりと視線を動かす。

風。

木々。

地面。

そして——

“何もない空間”。

(……うん)

その“何もない()()の場所”に、違和感がある。

「……いるな」

だが、まだ“見えない”。

(見えない……いや、そうじゃない)

違う。

(“見えてない”だけだ)

その瞬間。


頭の奥が、わずかに熱を帯びる。


ざわり。


——理覚。

今まで、戦闘の中でしか働かなかったそれが、“思考”に割り込んでくる。

(……見ろ。ここではない空間を)

言葉で聞いたのではない。

だが、確かにそう“理解する”。

ソウマはゆっくりと手を前に出す。

ここではない空間に触れるように。

(……そこか)

何も見えない。

だが。

“ある”

その感覚だけが、確かに存在する。

(なら——)

意識する。

思い出せ。

あの時の感覚を。

あの、空間さえ線で構成されていた時を。

目を閉じて、開ける。


視界が、変わっていた。

世界が、線で見える。

(成功だ!)

見渡すと、やはり全てのものが無数の“線”で構成されている。

木々も。

地面も。

風も。

そして、()()()()も。

すべてが、細い線の集合体として見える。

「これなら見えるだろ!」

そう確信した。

ーーしかし。


線が、ない。

本来、存在していれば線が見えるはずの場所に。

“何もない”。

だが。

そこだけに、明確な異物感がある。

(……存在してるのに、構造にない?)

意味が分からない。

だがーー


ざわり。


また理覚が働いた。

しかし、さっきよりも強く。

嫌な予感がして、無理矢理切ろうとしたが、切れない。

ただ、その予感は外れていた。

今までのような情報ではない。

理覚は、別の視点を示した。

(……?)

簡単に言えば、情報と前提の整理と言ったところか。

(待てよ……。空間?身体の消失?)

直感的に理解する。

(あいつ……)

あいつは、世界の“外側”にいる。

いや、正確には——

(この俺のいる空間とあいつの空間が、違う)

同じ場所に存在しているのに、“存在している層”が違う。

(だから——)

見えない。

触れない。

でも、遠ざけることは出来る。

全部、繋がる。

(……そういうことかよ)

思わず、笑いそうになる。

「はは……」

乾いた笑いが漏れる。

理不尽すぎる。


だが、納得はできる。

(世界線……?)

言葉として浮かぶ。

完全に同じではないが、近い。

(あいつは——)

“この空間と、重なってない”

だから、認識できない。

(……いや)

ソウマの目が、細まる。

(完全に重なってないわけじゃない)

さっきの“段階的な消失”。

あれはーー


“交差していた瞬間”があるということ。


(つまり——)

“触れる瞬間がある”

その一点だけが、唯一の干渉点だろう。

(……なら)

やることは一つだ。

その“瞬間”を捉える。

(でも——)

問題がある。

(どうやって?)

考えた瞬間。

ーー理覚が、動く。

(……感じろ)

まただ。


しかし、今度は違った。

思考ではない。

直感でもない。

“理解”が、降りてくる。

(存在している空間を……合わせる?)

意味は分かる。

だがーー

次の瞬間。


世界がーー戻る。

「——はっ!!」

空気が、一気に流れ込む。

風が動く。

音が戻る。

時間が、再開する。

「ソウマ!」

リリアの声。

「大丈夫だ。消えてない」

そしてーー

分かった。

「リリア」

これはーー

「空間が違う」

短く言う。

「この俺たちの空間と、あいつの空間が違う」

「……空間が違う?」

「同じ場所にいるけど、違う層にいる」

言葉を選びながら説明する。

「だから見えない。でも攻撃は当たる」

リリアは一瞬、黙る。

だが——


すぐに理解が出来たようだ。

「……じゃあ」

「一瞬だけ、交差する」

ソウマが続ける。

「あの時消される瞬間だけ、干渉ができる」

「……!」

リリアの目に、光が戻る。

「なるほど……!」

その事実は、戦うには十分過ぎた。

「つまり、その瞬間に攻撃すればいいってことね」

 リリアが言う。

「できるのか?」

「できるようにする」

即答だった。

その言葉に——

迷いはなかった。


……フュワン


再び、空気が歪む。

「来るぞ」

ソウマが構える。

“そこにいる”と分かる。

「リリア」

「なに?」

「風、絞っててくれ」

「了解」

リリアの風が、収束する。

先ほどよりも、さらに鋭く。

「次で——当てる」

ソウマが、静かに言う。

その目は——

完全に、捉えていた。

風が、唸る。

だがーー


それでも、足りない。

「……っ!」

リリアは歯を食いしばる。

風は確かに空間を削っているはずだ。

それでも、“当たっている実感”が薄い。

(いるのに……掴めない……!)

その時。


空気が、静まる。

次の瞬間。


……フュワン。


「っ——!」

来る。

空間の歪み。

今までと同じはずなのにーー

今は、やけに“分かる”。

(……何?)

違和感。


世界が“止まった”。


ーー音が消える。

風が止まる。

空気が動かない。

リリアは、その場で動かない。

だがーー


ソウマだけが、動いていた。

「……やっぱりか」

静止した世界の中で、ソウマは目を細める。


目の前。

“それ”が、あった。

ぼやけた輪郭。

存在しているのに、確定していないような歪み。


(……こいつ)

手を伸ばす。

触れる。

——触れられる。

「やっぱり、ズレてるだけじゃないな」

小さく呟く。

「“違う層”にいる」

視線を細める。

“構造線”を観る。

だがーー

(……ない?)

いつもなら見える“線”。

世界の流れ、存在の繋がり。

それが——

“こいつにはない”。

「だから消えるのか」

構造に乗っていない。

この世界の“繋がり”から外れている。

だから、認識されないし、触れられない。

だがーー

(完全じゃない)

この時だけは、“こちら側”に接している。

だから——


(叩ける)


ソウマは、光を掬う。

圧縮させ、収束させる。

「ルクスレイド!」

静止した世界で、光が棒状に形を成す。

そしてーー

“それ”に向けて、棒を振る。


——バチン。


確かな手応え。

歪みが、揺れる。

「……効いたな」

その瞬間。


世界が、動き出す。

音が戻り、風が動く。

「——そこだ!!」

ソウマが叫ぶ。

踏み込む。

リリアが反応する。


「っ!」

風を叩き込む。

ーーギィン。

空間が軋む。

「……っ!?」

リリアの目が見開かれる。

(当たった……!?)

確かに今、触れた。

「いるわね……!」

「いる」

ソウマが自信を持った声で言う。

「完全には外れてない」

ソウマが続ける。

「だから当たる」

また来る。


……フュワン。


「右の半歩前だ!」

「っ!」

リリアが動く。

風を叩き込む。


ーービシッ。


「……当たった……!」

今度は明確だった。

確かな手応えを感じる。

「そのまま押し込め!」

リリアが踏み込む。

ソウマも踏み込む。

「ルクスレイド!」

光の棒を振る。

連続で斬る。

全て、“何か”に当たる。

「逃がすかよ!」

リリアも同時に、風の密度を上げる。

範囲を絞り、逃げ場を消す。

「そこにいるんでしょ!」

風が、空間を削る。


……フュワン。


歪みが、強くなる。

今までで一番。

(来るか!)

ソウマは構える。

だがーー

「……逃げたか」

圧が引いた。

気配が遠ざかる。

「逃げるな!」

リリアが風を放つ。

だが。


ーー届かない。


……フュワン。

最後の歪み。

そして。

静寂。

完全に、何もなくなった。

「……逃げた、のか」

ソウマが息を吐く。

「……みたいね」

リリアも風を解く。

その場に、静けさが戻る。

だが——


前までとは違う。

「……」

リリアは周囲を見る。

消えた者たちは戻らない。

森は荒れ、地面は抉れている。

「……最悪ね」

小さく呟く。

「でも」

ソウマが言う。

「一応、追い払えた」

「……そうね」

完全な勝利ではない。

だがーー

(全滅は防いだ)

それだけで十分だった。

「ソウマ」

リリアが振り向く。

「なんで分かったの?」

ソウマは少しだけ考えーー

「違和感だな」

と言った。

「違和感?」

「ああ」

森の奥を見る。

「いるのに、いない感じ」

それだけ。

それ以上は言わない。


「……ほんとに、いろいろ何者なのよ」

「ただの新米だろ」

即答だった。

思わず、笑いが漏れる。

「まだ半人前ね」

「うっせ」

少しだけ、空気が緩む。

風が、静かに木々を揺らす。

異常は消えた。

だが——

「……そのうちまた来るわね」

リリアが呟く。

「だろうな」

ソウマも頷く。

「終わらなかった」

二人の視線が、森の奥へ向く。

何もない。

「……戻るか」

「そうね」


二人は歩き出す。

静まり返った森を、並んで。


しばらく歩いた後、森の奥に影が見えた。

「……魔獣か」

ソウマが呟き、手を上げ、光を灯す。

「ノクスル」

淡い光が、闇を押し退けて、対象に飛んでいく。

影が、揺れる。

(……なんだ、あれ)


二足で立っている。

呼吸している。


そしてーー


その手に握られているのは、見覚えのある大斧だった。


「……おい」

声が低くなる。

「それ……」

リリアの言葉が、途中で止まる。


光が、届く。

その姿が、露わになる。


膨れ上がった肉体。

歪んだ皮膚。

理性を失った異形。


だが——

その顔だけが、違った。

「……っ」

リリアが息を呑む。

そこにあったのは、“前まで一緒にいた仲間の顔”だった。


「……ラドック」


ソウマが、静かに呟く。

その瞬間。

ラドックが、一歩踏み出す。

だが——

その足が、止まる。

まるで、自分の身体を制御できていないように。

「……ぁ……」

喉が震える。

声にならない音。

そのまま、ゆっくりと——

首が、横に振られた。

「……来るな」

そう言っているようだった。

その瞬間。


ラドックの身体が、軋む。

筋肉が膨張し、骨が歪む。

「——ガァァァァッ!!」

咆哮。

理性を塗り潰すような叫び。

さっきまでの“顔”が、完全に消え去った。



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