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疑心の種

 佐登兼清は、守護である川瀬義景に呼び出された。

 大うつけであるはずの甥、清継に敗北し、この江原城に逃げ込んでから不機嫌であることを隠していない彼は、わずかに唸ってから使者に参上することを承諾した。


 広間で平伏する兼清に、川瀬義景は怒りをにじませた声で詰問した。

「兼清、私を謀ったか」

「滅相もございません、殿。誰がそのようなことを」

 顔をあげずに伏せたままの兼清を冷たく見下ろしながら義景は

「清正の倅のことだ。私は若いから勤めを果たせるかについては、あぁたしかにそう言った。だが廃嫡など望んでおらぬ」

 兼清は顔を上げ、義景を見た。

 その顔には滂沱と言っていいほどの涙が流れていた。

「私もあの甥は見どころがある若者と思うておりました。しかし、奴から攻めてきたのです」

「嘘を抜かすな」

「真でございます」

 そのあとも兼清は自らの弁解と清継へとすべての罪を擦り付けるため、持論を話し続けた。

 曰く、清継が兵を集めていたので警戒のために軍勢を出したら襲撃された、事情を問いただすため使者を送っているが誰も帰ってきていないこと、あと一歩で勝てたが情で帰城したこと、これらを涙降るような声音で述べ立てた。


「もうよい!お前の言葉だけでは埒が明かぬ!」

 義景の怒声が、兼清の言葉を止めた。

「天神山脈に住まう方々から清継を窓口にしたい由の話も来ている。下らぬ戦は仕舞じゃ」

 天神山脈は天龍が住まう土地だ。兼清は訝しんだ。

(天龍がなぜあのうつけを……?)

「私が和議の場を整えてやる。お前はそれまで大人しくしておれ」

「ハハッ!もちろんでございます!この兼清誓って私戦など行いませぬ!」

 そう叫ぶと兼清は再び平伏して見せた。



「彦左!彦左を呼べ!」

 自らの屋敷に戻るとすぐに酒匂彦左衛門を呼び出した。

「殿?」

 すぐに現れた彦左衛門は、兼清の顔を見て義景との会談がどのような形で終ったかを察した。

 兼清は命じた。

「義景があのうつけに出す使者、それを悉く捕らえ、殺せ」

「……よろしいので?」

「よろしいもよろしくもない。今更和議など」

 その言葉に含まれる冷たさに、彦左衛門は背筋が冷える思いをした。

 そこには守護への形だけの敬意さえ含まれていなかった。

 彦左衛門は下がると人選を頭の中で行いながら指示を出し始めた。

 兼清と付き合いの長い彼は、主が既に義景を排除することを決断していることを察していた。

 そのことも踏まえて今後の絵を描かなければならなかった。




 戦以降、兼清方の動きは沈静化した。

 とはいえこちらも動きにくい。

 江原城を攻撃すると守護に弓引くことになるし、城下町は栄えた市場だから火をつけて回ると勝った後にこちらが困る。

 前世で言うところの『捕らぬ狸の皮算用』だけど、勝った後に古土家にまったく対抗できません、な状態になっても意味がないしね。

 ということで勝ったのに主導権が握れていないみたいで、おもしろくない状態だった。


 当然、清継は不機嫌になるわけで……。



 定例の会議……評定の場でも清継はむすっとしている。

 こういった所を見ると大うつけと言う世評は割と本当なんじゃないか。

 ……って思われるからやめた方がいいんだけどなぁ。


 そう思っていると視線を感じて周りを見る。

 すると目の合った参加者たちから『なんとかして』という無言の要求が放たれていた。


 私は小さくため息を吐くと口を開いた。

清継(殿)、噂を聞いたのですが」

 一応公的な場なので丁寧な言葉使いで話しかける。

 私の言葉に清継が目だけをこちらに向けた。


「江原城から逃げ出した兵からの噂です」

「もったいぶるな、お転婆」

 私は頷くとつづけた。

「守護様が兼清様に和議をせよと命じられた、という噂です」


「和議?義景様が叔父上に?」

「噂ですが」

「だとして、なんだ?」

「和議云々が本当かどうかはともかく、守護様と兼清様は上手くいっていないのでは?」

 火のない所に煙は立たない。

 和議を命じたことが本当かはともかく(兼清は到底受け入れられないだろうし)、そういった噂が流れる時点で何らかの軋轢がある可能性が高い。

 ならそれを利用できるのではないか、ということを私は伝えた。


「お二人の仲が悪いとして、どうやって利用するのですか?城の中には手が出せないのですから」

 そう与一殿が疑問を投げかけてきた。

 それに私が答えようとすると清継が口を挟んだ。

「噂が流れてきたのなら、逆のこともできる。そう言いたいんだな?お転婆」

 私は頷く。

「問題はどういった()()()を流すか、ですが」

そこで吉家が口を挟んだ。

「思いっきり派手なやつを流そうぜ」

「派手って……あんまり荒唐無稽だと誰も信じないでしょ」

 吉家の言葉に思わず反論してしまう。


 だが、清継(大うつけ)は笑った。

「いや、そのほうがよい。お転婆、お前は先ほど和議の話は信じなかったな?」

「ええ、それはまぁ……」

 なにせ兼清から見たら飲めるわけのない話だ。

 そんなことを主である守護が提案した、というのはほぼガセだと思った方がいい。


「だがそれでもなにかあったと評価した」

「荒唐無稽な噂ほど、『なにかあった』の深刻度は大きく受け止められる、つまり結果的に影響が大きいと言いたいわけですか?」

 清継は頷いた。

 吉家はへー、って顔をしている。おい。


「では、どういった噂を流すのですか殿」

「簡単だ。」

 平井様の言葉に清継はにやりとしてから答えた。



「『守護様が叔父上を除こうとしている』だ」

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