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謀反の報せ

「なにか思案はないか!」

 兼清の怒鳴り声が部屋に響き渡った。

 その場にいた家臣たちは平伏し、だれも口を開かなかった。


 ここ最近、兼清の機嫌は最悪だった。

 酒匂彦左衛門はそれをひしひしと感じている。

 機嫌の悪化の理由は明確だった。


 兼清は義景の排除を企んでいた。そしてそれを彦左衛門は、義景の病死や清継による暗殺といった偽装を行って実現するつもりだった。

 だが城下に、そして国中に広がりつつある噂がその実行を止めた。

 曰く『義景は、兼清を排除しようとしている』。

 この噂が広がっている時に、義景が『病死』し、兼清が後見人となる跡継ぎが継ぐとなったときに兼清の謀殺が疑われないわけがない。

 よって彦左衛門は、兼清に義景排除の工作を一旦延期することを進言し、それは受け入れられた。


 だが、それで生じた感情的なあれこれを処理できるかは別問題というわけだった。


 それに、彦左衛門は目の前で不機嫌そうに歩き回る主を棚上げにしながら思案した。

 実際のところ、この状況……上役からの停戦命令を妨害し続けないと名分を保てない……を抜け出す方法は難しい。

 そのために上役自体を都合がいい者にすり替える、といったことを企んだのがそれがやりにくくなってしまった。


 ならば、どうするか。


「彦左!なにかないのか!」


 主君の言葉に彼は顔をあげ、口を開いた。

「恐れながら、お味方を増やすべきかと」

「味方?今更清純が味方に付くか?」

「いえ、清純様は旗色がもっとわかってからでないと動かれないでしょう」

「ならば誰じゃ!」

 兼清の怒鳴り声は高く響いた。

 馴れている彦左衛門は特に臆さずに続けた。

「まずは正行殿です。」

「うつけの弟の?」

「正確にはその母君の綾の方ですが。清継殿をひどく嫌っているとか。実際に靡くかはともかく牽制にはなるでしょう」

 もし清継が警戒したら全力での出撃が不可能になるかもしれない。


「損はないということか。他は誰じゃ」

「古土家です」

 外部の敵対勢力と手を組む。

 その案にさすがに他の家臣たちがざわめくが兼清は面白そうに笑った。


「古土が味方に付くなら、川瀬など必要ないな?」

「は?」

 その言葉に彦左衛門はさすがに虚を突かれた。

「いえ、しかし…」

「何を不思議がる。我等は燈鷲を支配でき、家が栄えれば良い。主君などだれでもよい」

「……」

「急ぎ古土へ文を出せ。そして義景襲撃の手筈を整えよ」

「……ハッ」

 都合の悪い主君よりは、その首を手土産に別の主君に仕える。この下剋上の世の中ではたしかにない選択肢ではない。

 だが。

 だが、この人は義景様だけでは手土産として不十分なことを、燈鷲の勢力全てを平らげなければならないことを、もう一度清継と戦い、勝たねばならないことがわかっているのだろうか。

 彦左衛門は襲撃の、そしてその後の合戦の手筈を脳内で整理しながら唸った。




 江原城内での義景の屋敷は壁だけではなく堀でも囲われていた。

 これは以前の主であり、築城を担当した清正が、主君のためにその屋敷を用意したためでもある。

 その日、まだ日が昇る前、屋敷へと続く門を警護していた柘植つげという武士は近づいてくる奇妙な一団を見た。

 彼らは鎧を着込み、武具を整え……完全武装でこちらに向かってきている。


 ただ事ではない。

 柘植はそう判断すると門を閉めるよう指示を出しつつ問いただした。

「ここは守護、川瀬様の御屋敷である。その方らは何故、具足を着込み……」

 柘植が最後まで言い切ることはできなかった。

 彼の頭蓋を、塀の上に登った武士が射抜いたからだ。


 守護に仕えていた武士たちは懸命に抵抗したが、多勢に無勢。

 10名程度の武士ではできることが限られていた。

 門付近では頑強に抵抗したものの、塀の上から次々矢を射かけられ、突破された。

 川瀬義景は屋敷に火を放ち、その息子と共に腹を斬り、ここに守護である川瀬家はその命脈を絶った。





 兼清謀反の報せは、昼前には上牧城に届いた。

 あまりの事態に動揺する部下たちに清継は直ちに陣触れ、出撃命令を出した。

 兼清がここまであっさり名分をかなぐり捨てるのはさすがに驚いていたが、これはまたとない機会でもある。

 ここで勝てば一気に内乱は終わるだろう。


 とはいっても常備の2000(内武士は500)以外の兵は動員できるまで時間がかかる。

 この間に清継は正行君にも兵を出すように要請したが、彼からは国境近くで古土家側に怪しい動きがみられるとの返事が返ってきた。

 清継は正行君にそのまま警戒しておくよう命じた。

 中立を保っていた清純様にも逆賊である兼清討伐に兵を出すよう文を出すが、返事を待っている暇はなかった。



 数日後、各地から動員兵が集まり計5000の軍勢を率いて出撃した。

 物見の報告では兼清方も徹底的な動員を行ったのか、約5000程度の軍勢を集めていたらしい。

 なにせ上牧と江原は10kmも離れていないのでその程度の情報はすぐに伝わる。


「お転婆、なにか面白い策はあるか」

 出撃直前に清継は私に声をかけてきた。

「と言われても地形は平地。一部を迂回させても遠くからでも見えますからすぐにばれますから」

「力戦になるか」

 私は頷いた。

 力戦とは正面切った決戦のことだ。

「策がないわけではないですけど、採用する意味(ハイリスク)はあまりない(ハイリターン)のしかないです」

「で、あるか」

 私の言葉に清継は獰猛に笑った。

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