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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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22/64

22:魔女クローディア

 


「誕生日? 生まれた日の事? それを毎年?」

「そうよ、お祝いするの」

「へぇ、なんで祝うのか分からないけど、人間は祝うんだね」


 不思議そうに魔女が話す。

 プリシラからしたら彼女自体が不思議の際たる存在なのだが、逆に魔女からしたら人間の極平凡な文化が不思議なようだ。だが否定はせず、納得するようにふむふむと頷いている。


「魔女には誕生日の文化は無いの?」

「生まれたら祝うけど、その後を祝うことはないね。そもそも『一年』っていう時間の概念を持ってる魔女が少ないし。お祝いっていうのは何か良いことがあったその時と、あと何か祝いたくなった時にするものだよ」

「そうなのね……。名前も無いし、やっぱり私達とは違うわ。そうだ、名前と言えば」


 ふと思い出してプリシラは魔女へと向き直った。


「私、やっぱり名前が無いと呼びにくいわ」


 魔女には人間のような個人を特定する名前はない。それは初めて会った時に聞いた。

 強いて言うのなら、今目の前にいる彼女は『時戻しの魔女』。だがこれを名乗る魔女は複数いるので、今目の前にいる彼女を特定することはできない。


「同じ魔女同士で集まったりはしないの?」

「するよ。時戻しをする時は顔を合わせて決めるからね」

「それならどうやって呼び合ってるの? 混乱しない?」

「あんまり気にしたことがないなぁ」


 自分達の話だというのに魔女の返答は随分と間延びしている。

 きっと魔女にとっては考え対処する必要のないことなのだろう。だがプリシラからしたら些か不便だ。名前を呼ぼうとして言葉を止めることが今までも何度もあった。


「最初に会った時、好きに呼んで良いって言ったのを覚えてる?」

「そりゃぁ覚えてるよ」

「それなら私が貴女の名前を考えても良いのよね? ……クローディア、なんてどうかしら」


 プリシラが提案すれば、魔女が「クローディア?」とオウム返ししてきた。

 数度呟いているのは自分の中で落とし込もうとしているのか。声色も表情も満更でもなさそうだ。


「そう、クローディア。素敵でしょう?」

「良い名前だね」


 気に入ったのか魔女が表情を明るくさせる。

 試しにプリシラが「クローディア」と呼べば、「うん?」と返事を返してきた。この名前を呼ぶことを良しとしてくれたのだろう。


「その名前、いつか娘が生まれたらつけようと思っていたの」

「娘に?」

「えぇ。ずっと昔から。それこそダレンとの結婚が決まるもっと昔から考えていたの」


 いつか生まれた自分の娘に贈る名前。大事に取っておいた。

 だがダレンとの結婚生活では実子など到底望めず、前回の人生では結婚して四年目、ちょうど今の時期に己の子供を諦めたのだ。この名前も思い出すのが辛くなり記憶の奥底に押しやっていた。

 今回も同様に実子は望めない。もっとも、今回は仮にダレンから望まれてもお断りだ。指一本触れさせる気はない。


「せっかく大事に取っておいた名前だもの、このまま思い出さずにいるのももったいないでしょ。だから貴女にあげるわ」

「それは有難いけど……。でも良いの? 前回の人生はまだしも、今回はまだ子供を産む可能性だってあるよ」


 前回の人生では、心折れたプリシラは実子を持つことを諦めていた。ダレンに怯え、彼に屈し、屋敷の自室に閉じこもっていたのだ。義理の息子ジュノと向き合うことすら出来なかった。

 ……その果てに用済みとなり殺された。

 だが今回は違う。プリシラはダレンに対して屈することなく自由に行動している。もちろんみすみす殺されてやる気もない。

 つまりプリシラには未来があるのだ。

 たとえば、ダレンと別れて正真正銘の自由になり、他の男性と縁を得る可能性だってある。


 そんな人生の先に娘を……。

 だがそこまで考え、プリシラはふると首を横に振った。


「そうしたら別の名前を考えるわ」

「良いの?」

「えぇ。その名前は時戻しの前のプリシラが考えていたものだから。六年目の結婚記念日より先のことは改めて今の私が考えるわ」


 自分は自分だ。時戻し前に比べれば意思は強くなったが、プリシラ・フィンスターである事には変わりはない。

 まったくの別物だと割り切る気はないし、かつての自分を忘れる気もない。時が戻ってあの六年が消えたとはいえ、自分はかつての過去の延長線上にいる。

 それでもかつての人生が途絶えた六年目の結婚記念日より以降は、真っ新なプリシラの人生だ。その先にもしも娘に出会えるのなら、新しく考えた名前をつけてあげたい。


 なにより……。


「一度でも『ダレンとの間に生まれた子供』に与えようと考えた名前なんて、可愛い我が子につけられないわ」

「ははぁ、なるほど。それなら魔女につけるのがちょうどいいね」


 楽しそうに魔女――クローディアが笑う。名前に込められたプリシラの過去と、そしてダレンとの間にと考えてしまった落ち度、それらすべてをひっくるめてこの名前を気に入ったのだろう。





 そうしてしばらくは他愛もない話をし、そろそろお開きとなった。

 クローディアと共に屋敷の外へと出れば、少し離れた門の近くには見慣れた馬車と青年の姿。

 オリバーだ。彼は既に出発の準備を整えており、プリシラとクローディアが出てきたことに気付くと頭を下げてきた。


 以前にクローディアに言われて以降、この屋敷への送迎はオリバーに頼んでいる。

 彼に屋敷まで送ってもらい、そして帰りの時間までは別室で待っていてもらい、彼の操縦する馬車でフィンスター家まで戻る……。

 共に客車の椅子に腰掛けるわけでもなく、会話をするのは乗り降りの時だけ。僅かにしか増えていない。だがプリシラからしたらその僅かでさえ嬉しく思えた。時には一分にも満たなくても、交わす言葉は暖かく胸を満たしてくれる。


「それじゃぁクローディア、また遊びに来るわね」

「いつでもおいで。……あぁ、そういえば」


 馬車へと向かおうとしたプリシラを、クローディアが「ちょっと待って」と呼びとめてきた。


「どうしたの? 何かあった?」

「誕生日のお祝いと、名前をくれたお礼をしようと思って」

「私に?」


 お祝いとお礼と言う割にはクローディアの手には何も無く、取りに行く様子も無い。

 そのうえ晴天の空を見上げて「雨が降ってくるよ」と言い出すではないか。屋敷の扉の横に無造作に置いてあった傘を一本手に取る。


「雨? 雨なんて……」


 降るわけがない、とプリシラが否定しようとし……、だがその途中で「うわっ」という声を聞いた。

 オリバーだ。彼が慌てたように小走り目に駆け寄ってくる。


 突如降り出した大粒の雨から逃げるように……。


「え、今……、さっきまで晴れてて……」

「そうだよ。だから『降ってくる』って言ったんだ。この傘を使いなよ」

「そう……、それなら、借りるわ……」


 先程までの晴天が嘘のように空は薄墨色の雲で覆われており、大粒の雨が地面を叩いている。

 その光景が信じられず、プリシラはクローディアと空を交互に見た。

 まるで彼女が降らしたかのようではないか……。いや、もしかしたら『まるで』ではなく実際に降らせたのかもしれない。時を戻すのだから天候を変えることが出来ても不思議ではない。


 だが何のために?

 これがプレゼントなのか?


 プリシラの頭の中が疑問で埋まっていると、クローディアがオリバーを呼んだ。


「オリバー君、悪いけど傘はこれ一本しかないんだ。プリシラと一緒に使ってくれるかな」

「は、はい。かしこまりました」

「馬車までの道は水捌けが悪いから、プリシラが足を滑らせないように気を付けて」


 淡々とオリバーに告げるクローディアはまさに貴族の夫人と言った態度だ。

 命じるというほど威圧的ではなく、さりとて頼むというものでもない。自分の指示は守られて当然、プリシラが気を遣われるのも当たり前と考えており、そのうえでオリバーに念を押している。堂に入った立ち振る舞い。

 それはオリバーも分かっているのだろう、彼は改めるように頭を下げて傘を受け取ると、次いでプリシラへと片手を差し出してきた。


「足場が悪いとの事です。俺が手を取りますので、掴まってください」

「え、えぇ……。分かったわ」


 差し出されるオリバーの手に、プリシラはそっと己の右手を乗せた。

 彼がプリシラに掛かるように傘をさす。大粒の雨からプリシラを守るように、そのために、自然と身を寄せて。

 普段よりも近くにオリバーを感じ、プリシラは自分の胸が跳ねるのを感じた。実際に彼に触れているのは手だけだ、それも握られたわけでもない。だというのに、ほんの僅かに縮まった距離がどうしようもなく心音を高鳴らせる。


 そしてなによりプリシラの胸を熱くするのが、オリバーの手に重ねた己の右手、その手首に嵌められた細い金色のブレスレットだ。

 小さな石が嵌められたブレスレットは貴族の夫人が身に着けるには些かシンプルではあるが、それが奥ゆかしい美しさを感じさせる。


 密かに、静かに、目立つことなく、それでもプリシラに触れるブレスレット。


 気付いたオリバーが小さく息を呑み、次いで嬉しそうに目を細めた。




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