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【完結】殺された伯爵夫人の六年と七時間のやりなおし  作者: さき


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21/64

21:二度目の四年目、プリシラの誕生日

 


 また一つ年をとった。

 二度目の十九歳。フィンスター家に嫁いで四年目。


 以前の十九歳の誕生日は悲惨なものだった。

 味方は誰も居らず祝いの言葉一つ貰えず、朝から自室に籠って本を読んで過ごしていた。期待すら抱かず、そんな自分に対して抱いたあの惨めな想いは今でも忘れられない。

 今になって考えれば生家アミール家や友人達から祝いが届いていたはずなのだが、きっとそれらはダレンに取られていたのだろう。返礼の手紙も偽装していたに違いない。

 当時のプリシラはそれを考える事も出来ず、仮に思い至ってもダレンを相手に訴える事は出来なかっただろう。


 だが今は違う。『今度の十九歳の誕生日』は違う。

 朝からイヴがとびきり美味しい紅茶を淹れて祝いの言葉と共に振る舞ってくれた。三時には彼女とケーキを食べ、質の良い手袋をプレゼントしてもらった。肌触りの良い黒い布地に銀色の刺繍がよく映える、大人びた美しい手袋だ。

 更にそこにレッグ医師までお茶菓子を手に顔を出し、心温まる楽しい時間を過ごすことができた。

 アミール家に居た時はもっと華やかに誕生日を祝われていたが、それと同じくらいに、そしてフィンスター家の屋敷の中とは思えないほどに心地良い誕生日。


 ……だけど、とプリシラはチラとレッグ医師へと視線をやった。

 老年の彼はプリシラの視線に気付き、穏やかな笑みを携えてどうしたのかと尋ねてくる。


「その、今日彼はどうしたのかしら……」

「彼、ですか?」

「えぇ、……オリバーよ。貴方が来た時にもしかしたらと思って」


 オリバーは御者としてフィンスター家に勤めているが、その仕事が無い時はレッグ医師の手伝いをしている。

 医者として働く程の知識があるわけではないが、故郷にいた時から手伝いをして雑用程度ならば出来るのだという。

 だからてっきりレッグ医師が来るのならオリバーも来てくれるのだと思っていた。そうプリシラが話せば、レッグ医師とイヴが顔を見合わせた。

 心なしか二人が微笑んでいる気がする。「そろそろ良いでしょうか?」「もう戻ってきてるだろう」という会話はどういう意味だろうか。


「ところでプリシラ様、せっかくのお誕生日ですしどこか出かけたらいかがでしょう?」

「今日? 今から?」

「はい、そうです。たとえばいつものお友達のところや、お友達の都合が合わないのでしたら海を見に行くとか」


 どうでしょう?とイヴが勧めてくる。それどころかプリシラが「そうねぇ……」と返事をしただけで彼女は決まりだと結論付け、さっそくと外出の準備に取り掛かってしまった。洋服と帽子、それに靴はとコーディネートしだす。

 これにはプリシラも「イヴ?」と不思議そうに彼女の名前を呼ぶしかなく、あっという間に外出用のワンピースに着替えさせられているではないか。この手際の良さ、さすが夫人付きである。

 もちろんレッグ医師はプリシラが着替え始める前に部屋を出ており、妙に嬉しそうに「オリバーに声を掛けておきますよ」と言っていた。


 そうして着替えを済ませて屋敷を出れば、そこに居るのはオリバーだ。

 既に馬車の準備を整えており、プリシラに気付くと穏やかに微笑んでくれた。


「突然ごめんなさいね。イヴが出かけたらどうかって言い出して」

「いえ、大丈夫です。……俺も、プリシラ様にお会い出来たらと思っていたので」


 照れ臭そうに話し、オリバーが御者台に置いていた小さな紙袋を取るとプリシラへとそっと差し出してきた。


「今日が誕生日とイヴから聞いて、急いで買ってきたんです」

「私のために?」

「はい。貴族の女性に贈れるような立派な物ではありませんが……」


 プリシラは男爵家の生まれであり、現在は伯爵家夫人である。

 貴族の夫人らしい贅沢な生活とは言えないが、それでも相応の物に囲まれている。はたしてこれはダレンなりに最低限の義理と考えているのか、もしくは伯爵家の最低品質なのか、身の周りの品はどれもそこそこに良い物ばかりだ。

 対してオリバーは田舎の生まれで、現在は伯爵家の御者。

 それもプリシラ付き御者のためフィンスター家内での立場は良いとは言えず、稼ぎも秀でて優れているわけではないだろう。――以前にそれを謝ったところ、オリバーは笑って「『プリシラ様の味方』は名誉ある仕事です」と答えてくれた――


「それでも、もし気に入って頂けたらと思い、ご用意いたしました」


 それも、朝方イヴから今日がプリシラの誕生日と聞き、慌てて市街地に探しに行ったのだという。

 照れ臭そうにオリバーが話し、照れているのを隠すためか雑に髪を掻き上げた。頬を少し赤らめてはにかむ表情にはあどけなさがある。


 その仕草が微笑ましく、彼の気持ちが嬉しく、プリシラは感謝を告げると紙袋を受け取った。

 この場で開けて良いかと了承を求めれば、オリバーが照れ臭そうに頷いて返してくる。……だがさっそくとプリシラが紙袋に入っている小さな箱の包装を開けようとしたところ、話し声が聞こえてきた。

 屋敷の扉が開く。はっと息を呑み、プリシラは箱を紙袋に戻した。


「……ダレン」


 扉から出てきたのはダレンだ。彼と側近の男、続いてジュノが屋敷から出てくる。

 ダレンはプリシラを見ると露骨に眉間に皺を寄せた。対してジュノは小さく「あっ……」と声を漏らし、眉尻を下げて父と母を交互に見だした。焦りと困惑を綯交ぜにした表情は、幼い少年のあどけない顔付きには似合わない。


「プリシラ、どこに行く」

「友人に会いに行くだけよ」

「また勝手な行動を……。誰が外出を許した、部屋で私の指示を待っていろ」

「あら、それなら私の友人の予定をキャンセルしないといけないのね。せっかく私のために予定を立てて、ぜひ来てくれと言ってくれたのに」


 ダレンの言葉に、プリシラはわざとらしく残念そうなそぶりをしてみせた。

 もっとも、これは嘘だ。今日はこれといって魔女の屋敷に行く予定は無かった。むしろ今までも一度として約束はしていない。海辺の岩場で待つと彼女は日傘に海鳥を止めて現れていたのだ。

 屋敷に直接来るように言われて以降も、プリシラが連絡無しに訪問しても必ず出迎えてくれる。

 そもそも訪問の予定を伝えようにも彼女への連絡手段が無いのだ。――「手紙を出したいなら適当に宛名を書いて出してくれれば受け取るよ」と彼女は言っていた。きっとそれで届くのだろうが、さすがにこれは試す気にはなれない――


 もちろんこんな話をする気は無く、プリシラはさも『友人がわざわざ自分のために予定を立てて招待してくれた』という体を装った。

 ダレンは『友人』の正体を知らない。むしろダレンに限らず誰も知らない。プリシラの『友人』は『身体が弱く療養のために隠居している貴族女性』と考えている。

 その誘いを当日になって断るのは失礼どころではない。それも理由は緊急性の無い『夫に行くなと言われたから』というものなのだから、これが世間に広まればダレンの評価は下がる一方だ。取り繕っている外面が剥がれかねない。

 それを危惧したのか、ダレンが逡巡した後、「勝手にしろ」と吐き捨てた。


「それなら行かせてもらうわね。ところで、あなたはどこに行くのかしら」

「知人と会うだけだ。お前には関係無いだろう」


 プリシラの外出に対しては文句を言ってきたくせに、いざ自分が問われれば不機嫌そうに有耶無耶にする。そんなダレンの態度にプリシラは呆れすら抱かず「そうね」とだけ返した。

 そうしてダレンがプリシラの横を通り過ぎていく。まるで興味が無いとでも言いたげな足取り。彼の後を追う側近の男はプリシラに対して一応頭を下げはしたものの浅く、そこに敬意が込められていないのは誰だって一目で分かる。

 だがジュノだけはプリシラの横を通り過ぎる際、小声で「お母様」とプリシラを呼んできた。


「お誕生日おめでとうございます」


 ダレンに聞かれないようにと思ったのだろう、囁くような小さな声。

 だがプリシラの耳にはしっかりと届いた。控えめな、それでも心のこもった祝いの言葉。

 真正面から告げられない事への申し訳なさ。……それと、これから会うであろう人物を考えての罪悪感もあるのだろう。

 幼い子供が発するには控えめで切なさを感じさせる声に、プリシラもまた罪悪感を抱いて目を細めた。



 ダレンと遭遇してしまった事で誕生日を祝う空気は消え去ってしまった。

 そのうえダレンを見送りする者達まで出てくるのだから、長々とオリバーと話をしているわけにもいかない。彼からプレゼントを貰い、それを目の前で開けて……、なんてもってのほかだ。

 オリバーもそれを察したのだろう、プリシラと目が合うと僅かに苦笑を漏らし「参りましょう」と御者らしい言葉と共に客車の扉を開けた。


「移動中に開けてください」

「良いの?」

「お渡しできるだけで十分です。……それに、本当にたいしたものではないので、恥ずかしいという気持ちもありますから」


 周囲に聞かれないようコソリと話し、オリバーが気恥ずかしそうに笑う。

 穏やかで少しあどけない笑み。普段は凛々しく精悍な印象を受けるが、今は子供のような純粋さを感じさせる。

 そんな彼の笑みにプリシラも小さく微笑んで返し、彼が御者台に着いて馬車がゆっくりと走り出すと、胸の高鳴りを感じながらそっと箱の包みを解いた。



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