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星渡りの船  作者: 紫生サラ
5/5

第五港

「……?」


 ふとナナミは一年生の頃の事を思い出しました。

 お母さんに怒られ、ナナミはすっかり泣き出してしまっていたのです。ナナミは夕食の準備をするお母さんの手伝いをしたかったのですが、何故かお母さんに怒られナナミはすごく悲しい思いをしたのでした。

 居間でナナミがすっかり拗ねていると、ナナミのそばにココアがやってきてナナミにくっついて寝転がりました。


『ココア……?』


 小さなココアはナナミを慰めてくれたのです。ナナミはうれしくなってココアを抱きしめました。抱きしめすぎてココアは少し迷惑そうでしたが、ココアは逃げずに抱かれたままでした。

ナナミは今まで忘れていたその出来事を思い出すと、何だかおかしてクスリと笑いました。だって、あの時お母さんが怒ったのは、ナナミがケガをしないように注意するために言ったのですから。それが今ならわかります。

 ナナミは悲しかった出来事を思い出して「フフッ」と思い出し笑いをしました。


「どうしたの?」


「ううん、何でもないの。あのね、さっきから昔の事をよく思い出すんだ」


「この河を通る人はみんな自分の事を思い出すのよ。ナナミも思い出したのね」


「うん」


 船長さんに言われ、ナナミは頷きました。

 お母さんに怒られた事を思い出したナナミは、お母さんがなんで怒っていたのかその理由を理解できました。ナナミは何だか幸せな気持ちになって自然と笑顔がこぼれました。


「さあ、帆を張って、一気にいくわよ!」


 船長さんが声を上げます。すると、黒猫達は慌ただしく船の中を走り、黒い帆を張りました。黒い船に黒い帆を張り、夜空を行くと、まるで夜空の溶けてしまいそう。

 ナナミはふと青いリボンの子と若草色の手袋の子がいない事に気がつきました。

 ナナミは慌てて船長さんに言おうと思いましたが、船員が少なくなった船では猫達が大忙しで聞くことができません。

 星の瞬きが強くなるほど、地上は船から離れ、最初に見えていたような街の光はもう見えませんでした。

 もしかしたら、夜の海の上を進んでいるのかもしれないな、とナナミは思いました。

 ナナミが一人で暗い河を見つめていると、どこからともなくエンジン音が聞こえます。

 ナナミは驚いてその音を探しました。


「あれ?」


 船の後ろの方から真っ白なプロペラ飛行機が飛んでくるではありませんか。飛行機はアッと言う間にナナミ達の船に追いつくと、船の上を何度か旋回しました。

 飛行機は浮船をつけた水上機です。

 それにしても、見れば見るほど真っ白で、もしこの飛行機が夜空にあれば、星と間違えてしまうかもしれません。


「あっ……」


 飛行機は河に着水すると、中から白い猫が出て来てフック付きロープが投げて、船と飛行機をつなぎました。すると飛行機の中から何かが飛び出してきました。

 クルクルと回転しながら甲板に降りたのは白い猫。


「……?」


 ナナミは目をこすってみました。白い猫だと思っていたのに、そこに立っていたのはふわふわの純白のドレスを来た小柄な可愛らしい女の子でした。

 確かに白い猫を見たはずなのに。

そう思って飛行機を見ると、飛行機には何匹かの白い猫が乗っていました。もしかしたら、見間違えたのかもしれません。


「私の名前は……」


「別に聞いてないわよ。それに乗船許可もしていないわ」


 白い女の子がしゃべりはじめようとした瞬間に船長さんは言いました。


「自己紹介くらいさせなさいよ!」


「だって聞いてないもの。何かようなの?」


「珍しいのがここを渡っているから、見にきたのさ。そしたら、船に人間なんて乗せているじゃない?」


 白い女の子はツカツカとナナミに近寄ると、その白くて愛らしい顔をナナミに近づけ、サファイアのような青い瞳でナナミの事を覗き込みます。

 ナナミにもわかります。この子はナナミがここにいる事を歓迎していないようなのです。


「こんな子乗せて、どういうつもり?」


「あなたに関係あるかしら?」


 船長さんの突き放したような口調に白い女の子はムキになって言いました。


「ずいぶん人間に入れこんでいるみたいじゃない? こんなにしてやる必要あるかしら?」


「やっぱりあなたには関係ない話みたいね」


 船長さんは相手にしません。すると白い女の子はさらにムキになって言いました。


「ただの人間相手にバカじゃない!?」


「バカとは何よ! それにただの人間じゃないわ! ナナミよ!」


「何がナナミよ、バカバカっ!」


 白い女の子と黒い船長さんはついにケンカを初めてしまいました。

 ナナミはオロオロしてどうしたらいいかわかりません。

 船の猫達が慌てて船長を止め、飛行機から白猫が四匹ばかり降りてきて急いで白い女の子を止めました。


「ごめんなさい、私が、原因みたいで……」


 ナナミは引き離された白い女の子の前に立って頭を下げて謝りました。


「ふん、そんな事する必要はないわ。私が勝手にやってる事だもの」と船長さん。けれど、二人のケンカの原因はやっぱり自分のせいだと思い、ナナミはもう一度謝りました。なんで白い女の子が怒っているかはわかりませんでしたが。


「……別に、もういいわ」


 白い子は体を抑えていた白猫たちを振りほどくと乱れた髪を直しながら言いました。


「まだ帰ってこられそうだし。言い訳はそのあとでも……」


「別に言う事なんてないわ」


「何ですってぇ!?」


 またケンカを起きそうになったので、白い女の子は白猫たちに抑えられながら飛行機へと連れていかれてしまいました。

 かわりに黒い蝶ネクタイをした白猫がペコリと頭を下げて言いました。


「申し訳ありません。機長はあれで船長さんの事を心配おりまして……」


「……わかっているわ。あの子に伝えて、私もちゃんと帰るつもりだからって」


「はい。それを聞いて安心しました。伝えておきます」


 白猫はお辞儀をすると、飛行機へと帰っていきました。


「あ、あの、船長さん」


「ごめんね、騒がしくて。友達なの。いい子なんだけど、少し気難しい所もあってね」


「う、うん……」


 船長さんが優しい目をしていたので、ナナミは言葉を飲み込みました。

 どうして自分はここにいるだろう? 自分はどこに向かっているのだろう、何か大事な事を忘れてしまっているような気がして、ナナミはまたソワソワしてきました。


   ☆


 小さな子猫がその家に住むことになって、小さな女の子と出会いました。

 彼女の名前はナナミ。女の子の母親はノリコ、父親をリョウイチと言いました。

 ナナミは小さくて、泣き虫だけど好奇心旺盛の猫好きの子でした。

 ナナミは子猫の名前を何にしようか随分悩みました。そしていくつか上がった候補の中から、思い切って一つを決めました。


「ココア」


 子猫はその時からココアになったのでした。

 

   ★


「……あれ?」


 ナナミはまた思い出しました。ココアと出会った時の事を。どうして、そんな事を思い出したのでしょう。


「ナナミ、見えたわよ。良かった、橋を渡る前だわ!」


「え、橋?」


 船が岸につくと、船長さんは船を飛び下り、まるで砂浜のような白く光る岸を走りました。その先には、ナナミが今まで見てきたような服を来た一人の女性が橋に向かって足を進めている最中でした。


「待って、船長さん!」


 船長さんを追ってナナミと猫達も船を降りました。


「待って! 待ってノリコ!」


「……?」


 船長さんに呼び止められ、その人は振り向きました。


「……お、お母さん?」


「ナナミ……どうしてここに?」


「わ、私、船長さんに、ここに連れて来てもらって……」


 ナナミは驚いて、そこにいたノリコの姿に見ました。そして、今まで見てきた人達の姿が何を意味していたのかを知りました。

 ナナミは自分の家で、病気で入院してしまったお母さんが帰ってくるのを待っていたのです。お母さんがご飯を作る音を探しながら。


「お母さん!」


「ナナミ」


 ノリコとナナミは抱き合いました。ノリコの体はどこかひんやりとしています。

 ノリコの着ている服。それにあの橋。

 ナナミには、もうわかっていました。お母さんはあの橋を渡って行ってしまうのだと。   


「ナナミ、元気でね、お父さんを困らせたらダメよ」


「お母さん!」


 お母さんの冷えた体に抱き合っているナナミの体も冷えていきます。まるで命が流れていくかのように。でも、ナナミはお母さんと離れたくありませんでした。離れれば、もう、お母さんと話すことも、抱きしめてもらう事もできません。

 ナナミの体からキラキラとした光の粒子が流れ、白い岸に積もっていきます。


「……ありがとう船長さん、こんな所まで」


「……」


 お母さんは黒い船長さんと一緒にきた四匹の猫に言いました。


「うん、船長さん」


 ナナミは船長さんの方を、涙を拭きながら向きました。


「船長さん、ナナミの事、お願いしてもいいかしら?」


「……」


 船長さんは、少し困った顔をして、言葉を探して言いました。


「それでは出来ないわ、ノリコ」


「……?」


「ナナミのお母さんの役は、ノリコ、あなたにしかできないと思う……」 


 船長さんがそう言うと、白い耳飾りをした子と黒い上着を来た子が前に出ました。


「船長、本当にいいの?」


「予定と違うけど、これでいいと思うわ」


「わかったわ」


 黒い上着の子はナナミにきちんとお辞儀していいました。


「ここまで一緒に来られて、楽しかったです……にゃ」


「……?」


「あんまり泣いてばかりいちゃダメよ。もうお姉さんなんだから」


 そう言って耳飾りの子は自分のしていた耳飾りをナナミの手に握らせました。

 二匹の猫が目を細めるとまるで何もなかったかのようにすぅと消えて行ってしまいました。

 すると、どうでしょう。お母さんの体が温かくなっていくではありませんか。


「ナナミの分もね」


「楽しかったです、ナナミさん」


 赤いリボンの子と黒いスカーフの子もまたどこかへ消えて行ってしまいました。


「本当は会って帰るだけのつもりだったけどね」


「えっ? えっ?」


 ナナミはわけがわからず消えた猫達と船長さん、お母さんを見ました。

 お母さんも驚いています。


「ナナミ、ノリコ、さあ、帰って。ここは命のある人間のいられない場所よ」


 船長はナナミとノリコを走らせ、二人を船に乗せ、出航させました。けれど、船長さんがまだ船に乗っていません。


「船長さん、早く!」


「このままでいいのよ。私の分はもうなくなってしまったの。だから、あなた達だけで帰るのよ」


「そんな!?」


「さようなら、ナナミ……ちゃんと自分でご飯を獲れるようにならなきゃダメよ」


「!?」


 帆は突然風を受け、急速に白い岸辺を離れて行きました。

 白い岸に、小さな小さな黒い猫。


「……ココア? ココア!」


   ☆彡


「あっ……」


 ナナミはハッとして暗い部屋の中で目を覚ましました。

 日はすっかり落ちて、今何時なのかもわかりません。

 ナナミはまだはっきりとしない頭で辺りを見回し、電気をつけないまま玄関に走って行こうとした瞬間、突然電話が鳴りました。

 電話? でも、今はそんな……。

 ナナミは何を焦っていたのか、今見てきた記憶が電話の音にかき消されていくようでした。迷いながらしばらく鳴っていた電話を取り上げます。


「もしもし……」


「ナナミか、お母さんが……!」


「えっ?」


 お父さんの声にナナミはドキッとしました。そう、お母さんは入院していたのです。意識がなくなってもう数日経っていました。


「お母さんが目を覚ました? うん、わかった!」


 ナナミは喜ぶお父さんに合わせて声を弾ませました。けれど、なぜだがナナミにはお母さんが目を覚ますのはわかっていたような気がしていたのです。

 電話を切ると、ナナミは急いで家の外に飛び出しました。


「ココア! ココアどこにいるの!?」


 けれど、いくら探しても、もうココアを見つけることはできませんでした。


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