「罪の余韻と、世話焼きの迷宮」
エシャン王宮の地下、光の届かぬ審問場では、冷徹な法の執行が行われていた。
イデリーナ、エリーゼ、メリッサ――かつて後宮の華であった三人の妃に対する、”国家反逆罪”の最終判決が下される日である。
玉座に座る国王ヴィンセントの表情は、氷のように冷えていた。
法に則り執り行われた裁判の結果は、彼女たちの実家にとっても破滅を意味していた。
「……判決を申し渡す。元妃三名は、禁忌の魔導具を用いた王族暗殺未遂、および他国との不適切な接触を認め、終身幽閉とする。意識が戻らぬ以上、死罪よりもその身を檻に繋ぐことが、この国への償いである」
ヴィンセントの声が重く響く。
だが、真に凄惨なのはここからだ。エシャン王国の法は、大逆罪に対して連座を適用する。
「彼女たちの実家であるバークス公爵家、カウエル侯爵家、マットン侯爵家については、爵位を剥奪し、全ての財産を没収。国境付近の開拓地へと永久追放とする。……異論は認めん」
宰相マシューが冷徹に書類を整理する。家門そのものを歴史から抹消する、徹底した排除。
有能な王による統治とは、時に一族の歴史を根こそぎ焼き払う非情さを伴う。
これが現実だ。後宮の華やかな諍いの果てには、常にこのような”血の報い”が待ち受けていた。
地下の血生臭い空気とは対照的に、東の離れでは、新たな火種が燻っていた。
理性の皇女アディリンは、昨夜の敗北感を払拭するため、ある独自の結論に達していた。
(……理解できないなら、管理すればいいのよ。彼女の生活を私の理論で“最適化”すれば、自ずと正体も見えてくるはずだわ)
アディリンは、帝国の高度な事務処理能力をフル活用し、アシュリーの生活習慣の徹底的な改善に乗り出した。
「アシュリー様。その寝具の素材、吸湿性が低すぎますわ。こちらの帝国特産の魔導絹に取り替えました。また、紅茶の温度は摂氏六十八度。クロ様の食事のタイミングも、魔力脈動の周期に合わせてスケジュール化いたしましたわ」
アディリンは分厚い管理日誌を片手に、事務的に、けれど完璧にアシュリーの世話を焼き始めた。
それはもはや”妃”の仕事ではなく、”超一流の執事”のそれであった。
「……ええ、勝手にしてちょうだい。静かなら何でもいいわ」
アシュリーは相変わらずソファに沈んでいたが、アディリンが整えた”あまりにも快適な環境”に、心なしか寝返りの回数が減っていた。
そこへ、面白くない顔で現れたのがダイアナである。
彼女は、新入りのアディリンがいつの間にかアシュリーの”一番近く”で采配を振るっているのを見て、掠れた声を上げた。
「ちょっと! 何よその仰々しい日誌は! アシュリーのことは、長くここにいる私の方が分かっているわ! この子はね、もっと雑に扱われた方が落ち着くのよ!」
「ダイアナ様。それは単なる怠慢ですわ。論理的な安眠環境の構築こそが、彼女の能力を安定させるのです。……見てください、この湿度管理を」
「湿度なんて、私が取り寄せた精霊石を置けば済む話よ! どきなさい、帝国の女!」
アディリン(理性・管理)vs ダイアナ(感情・経験)。
正妻の座など眼中にない二人の王女が、「どちらがより快適な安眠を提供できるか」という、前代未聞の“世話焼き競争”を開始したのである。
さらにそこへ聖女ヘレナが”聖なるアロマ”を持って乱入し、東の離れはもはやカオスの極致となっていた。
騒ぎを聞きつけてやってきたヴィンセントは、自分の居場所が世話焼きの女性陣に占領されているのを見て、露骨に不機嫌な顔をした。
サリーとケリーはこの騒動の中静かに部屋の隅に控えていた。
「……アディリン。貴殿まで、何をしている。私の血(食事)のスケジュールにまで口を挟むつもりか?」
「陛下。あなたの血の成分は、最近アシュリー様への献身がすぎて鉄分が不足気味ですわ。このままではクロ様の栄養バランスが崩れます。……これを飲みなさい。帝国の滋養強壮剤です」
「……っ、おのれ帝国……」
ヴィンセントは毒づきながらも、アディリンの正論に反論できず、差し出された苦い薬を飲み干す羽目になった。
そんな大人たちを余所に、小竜クロはアディリンの”理知的な魔力”が気に入ったのか、彼女の膝の上でゴロゴロと喉を鳴らしている。
「……アディリン、あなた。意外といい腕をしているわね」
アシュリーが、ふとアディリンを見上げて呟いた。
その瞬間、アディリンの胸の奥で、かつて感じたことのない奇妙な高揚感――”承認欲求の充足”が弾けた。
(……な、何よ。私はただ、この異物を管理しようとしているだけなのに……。なぜ、こんなに気分がいいの?)
理性の皇女、陥落まであと一歩。
エシャン王宮の生態系は、アディリンという新たな世話係を吸収し、さらに強固で、そして救いようのない共同体へと変貌していくのだった。
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