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24.ガラスの小瓶編 タナトス化



 タナトス化した人間が発生したのは男性兵舎だった。夜の談話室で会話を楽しんでいた一人が、突然うめき声をあげ苦しそうにしだしたのを、隣の仲間が介抱した。その時、突如としてタナトス化した兵士が仲間の首を噛みちぎったらしい。今も兵舎の中で暴れ回り、人を喰らっていると走りながら二人は説明を受けた。


 夜深くなり、辺りは暗い。風がないが小さな雪が降り注ぐ、趣のある円柱の形をした兵舎の前まで来た。寒いのに防寒具も着る時間が無かったのか、外に溢れ出て避難する兵士達が、兵舎の出入り口の扉を抑えこんでいた。あまりの脅威に対応出来ず、向かった兵士は全員食い殺されてしまい、閉じ込める他無くなっていた。


 セフィライズとシセルズが到着し、出入り口の前に立つ。セフィライズは兄が腰に帯びている剣を勝手に抜いた。


「お前、それは俺のっ!」


「兄さんは下がって」


 シセルズの剣を構えて出入り口の扉を正面にさっさと向かってしまう。セフィライズに言いたいことが山ほどあったが、飲み込んでその場を弟に預けることにした。


「お前ら、俺が合図したら開けろ」


 シセルズが出入り口の横に周り、扉を抑える兵士に向け声をかける。正面に立つセフィライズに視線を送ると、ゆっくりと頷いた。


「よし、開けろ!」


 兵士達が一斉に体をひいて扉から離れると、タナトス化した人間が扉を破り飛び出してくる。全員の目の前で異常な跳躍を見せた。夜の闇に紛れる程に高く飛び上がり、黒い夜空に溶けると、一瞬、全員がどこに行ったかわからなくなる。

 しかしセフィライズは真っ直ぐに走り出し、タナトスが降りてくる場所を見定め剣を振り上げる。落下してくる相手の勢いを利用するように、彼の剣はタナトスを二つに切り裂いた。やはり、その感覚は人のそれと非常に似ている。

 二つに切り裂かれたタナトスは直後に黒い粒子を撒き散らしながら人の姿に戻っていく。真っ白な雪の上に、赤い鮮血が黒い染みのように広がった。

 セフィライズは顔に浴びた血を手で拭う。剣についた血を振り、雪の上へ飛ばした。


 シセルズはすぐにその二つに切られた死体を確認しに近寄る。確かに飛び出してきた時、黒いヘドロを巻きつけた異形の化け物だった。人型のそれは、死体になった瞬間に兵士の姿に戻っている。目を開きながら絶命しているその兵士はシセルズの知っている男。眉間に皺を寄せ、そっと絶命した兵士の瞼を閉じさせた。


「とりあえず、動ける奴は救護班叩き起こしてこい! あと誰か、その時の状況知ってるやついるか?」


 シセルズが見る限り、怪物になった人間に怪我を負わされた兵士が何人もいるように見えた。兵士達の中から二人程シセルズの前にやってくる。二人は敬礼し、かしこまった表情で立ち止まっている。


「セフィ、話を聞くぞ。セフィ!」


 立ち尽くしたままでいるセフィライズに声をかける。心ここにあらずといった表情で、彼はシセルズを見た。

 今日だけで、二人も結果的に殺した。いつもなら、こんな気持ちになることはない。

 消えないのだ。彼女の姿が。離れない。


「おい、マジでどうした?」


 シセルズがセフィライズの肩に手を置く。殺した相手の血が、彼の銀髪から滴り落ちた。


「血生臭くて……気分が悪くなった」


 顔を覗き込むと目を背ける。その仕草に、シセルズは思うところがあった。しかし今、セフィライズの相手をしている場合ではなく「しっかりしろ」と背を叩くだけしかできなかった。





 兵士二人の案内で、死亡した兵士の部屋に入った。彼らの説明によると、最近疲れていたようだが特に変わった様子はなかったという。

 四人部屋で二段ベッドが二台、部屋の両端に置かれている。机も収納も人数分ある、いたって普通の兵舎の一室。その兵士の寝床であるベッドを前に、整列して胸に手を当て黙祷した。


「悪いけど、漁らせてもらうな」


 シセルズは知っている男だっただけに、少し感情がこもった。ここにはもういないその兵士に語りかけるように話し、荷物を物色する。彼がタナトス化してしまった原因が探れればいい。

 セフィライズも死んだ兵士の机の周辺を探す。引き出しを開けると、ペンと紙、そして空の小瓶があった。至って普通の持ち物、しかしセフィライズはその小瓶が気になった。元はインクが入っていたのだろうと思われるが、しかしだとすれば小さすぎる。それに、妙に凝った作りで、かなり透明度もあり高級そうに見えたからだ。

 小瓶を持ち上げ、開けてみる。匂いをかぐと、それはインクの香りではなかった。中は空だが、妙な匂いがした。血の、匂いのように感じたのは彼自身が今、返り血を浴びている状況での錯覚だったのかもしれない。


「兄さん、これ」


 シセルズに手渡すと、彼はその小瓶を照明用の魔導人工物(アーティファクト)にかざしてみた。


「インクが入っていたにしては、小さすぎると思う」


「確かにな。一応、持っていくか」


 とりあえず、何か状況が分かりそうなものとして、兵士の私物を回収し、その場を後に兵舎を出る。寒空の下、兵舎に戻れなくなった兵士達が怪我人を救護していた。


「とりあえず、後の指示は俺がやっとくから。お前は俺の部屋で着替えてこい」


 血がべったりと張り付いたままの私服を着ているセフィライズは、夜に見ると少し怖い。回収した荷物を受け取ると、その場を離れる。後ろから兄に風呂にも入れよ、と声をかけられ、振り向かずに手を上げて返事をした。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 追いつきましたー! セフィさんとスノウさんの感情の機微が細かく描かれてて綺麗です! [一言] 応援してまっす!
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