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23.ガラスの小瓶編 謎



 スノウは彼に、なんと声をかけていいかわからなかった。

 突然人になったそれ。目の前で、セフィライズが人を殺したのと同じ光景にしか見えない。


 赤い液体を頭から被ったかのように、人のそれが銀髪から滴っている。顔から、胸から、腕から、ぽたりぽたりと、地面に溜まりを作るように。血染めの彼の姿は、とても怖い。


 セフィライズを理解していないわけではない。きっと今までも、そしてこれからも。人を殺すことはあるのだろうと思う。それが仕事の一部なのだから。わかっているのだ、


 しかし、セフィライズが人を殺す、という行為を。受け入れられなかった。


 死は全ての終わり。死んでしまっては、何も始まらない。何の希望も、未来も描けない。全てをなかった事にすることだ。生きていたその人にも、大切な人がいて、愛しい人がいて、思い出があって、未来がある。それを、全て断ち切るのが、死だ。不可抗力、なんていうのはわかってる。でもその場では、受け入れられなかったのだ。


 立ち尽くし、ただ呆然とセフィライズを見ているスノウ。その目を彼は、見返すことができなかった。


 その後、どうやってその場が終わったのか、スノウは覚えていなかった。衝撃が体に走り、記憶することが壊れてしまったかのように、気がついたらシセルズがその場にいた。兵士達を指示し、その場の収束にはかっている。兵士の一人に帰るように促された。セフィライズは状況の説明の為に残ることとなり、一言も、何も、彼に伝えられないままにその場を離れる。

 スノウは気がついたら城内の自室にいた。








 セフィライズはシセルズが到着し、兵士達に指示を飛ばしながら場が収まっていくまで動けなかった。粘度のある赤い液体が髪から顔に張り付いて気持ち悪い。頭の中で、何も考えられず、思考停止の状態のままに立ち尽くしているところを、兄に肩を叩かれて目が覚める。


「おい、セフィ」


「……兄さん」


「なんだこれ、何があった」


 その場にもうスノウも、生首を抱いた女性も見当たらなかった。セフィライズは向けられた視線と言葉が忘れられない。そして一番目に焼き付いたのは、スノウの姿だった。彼女の驚いた表情、衝撃で、動けないままにいた彼女の姿を。


「おい、大丈夫か?」


「……ごめん」


 全てを消すように首を振った。深呼吸をして、兄に状況を説明する。


 スノウと一緒にこの公園に来ていたら、突然叫び声が聞こえたこと。黒いヘドロを巻きつけた異形の怪物が、人間を喰い殺していたこと。そしてその生き物は、コカリコの街を襲ったタナトスの群れに似ていたことを。


「なるほどな。お前が見たものと、一緒かもしれないし、違うかもしれない」


 シセルズはスノウと一緒にいたことを茶化そうかとも思ったが、心の一部を落としてしまったような表情をしているセフィライズを気にかけてできなかった。


「お前、本当に大丈夫か?」


 シセルズが、らしくないと言った口調で問いかける。

 人を殺したのは初めてではない。人の死を見たのも、恨まれるようなことを言われるのも、初めてではないというのに。セフィライズは、自身が動揺しているという事実に、さらに動揺していた。






 セフィライズの執務室に一緒に戻ったシセルズは、今回起きた事件の話をしていた。

 あの黒い化け物を、仮にタナトスと名付けることにし、人間のタナトス化という今回の原因を探る。何故突然、人がそのような姿になったのか。殺すと元に戻るのは何故なのか。過去に似たような事例はなかったのか。

 気が付けば日は沈みあたりは暗くなっていた。当時の状況を知っている人達の聴取の書類が到着し、室内の明かりを付け、壁に寄りかかり机に広げた資料をみる。しかしどれも全て、何の前触れもなく、突然に。と言った文言が並んでいた。


「一つ、気になるものを無理やり選ぶとすれば、これだ」


 シセルズが上げたのは、タナトス化し首をはねられた男性の妻の聴取だった。主人は最近疲れていた様子で、よく眠れていない状態だった、と書かれていた。それ以外は全て同じような文言。逆にこのような、当たり前のことぐらいしか、気になることはないという事。


「しかし、疲れただけでなんてのはありえねー話だ」


 セフィライズは兄の読み上げる聴取を聞きながら、その時のことを思い出す。きっとあの女性がそうだろうと彼は思った。目の前で、大切な人を殺されるのは、どんな気分だろうかと。


「お前は、何か気づくことあるか」


 声をかけられ、我にかえる。いつもと違う弟の雰囲気に、シセルズは思うところがあったが、あえて何も言わないことにした。


「人間に戻る時に見た、黒い粒子の発生は……マナのそれと似ていた気がする」


 黒いヘドロが取れるかのように、端から粒子化したそれは空中に淡く消えていく。まるで魔術を行った際に起きる、粒子の流れが逆になったものに見えた。


「……同じ事が起きたら問題だな」


 シセルズが資料を起きて、ため息をつく。相変わらず心を欠かしてしまったような顔をしているセフィライズに、何か言った方がいいかと思ったその時、部屋に人の兵士が入ってきた。


「大変です! 城内で、あの黒いやつが発生しました!」


 セフィライズとシセルズは目を見合わせ、兵士の案内で執務室を後にし走り出した。







 

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