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11.城内での日々編 お酒



 久々に兄弟喧嘩なんてしてしまった。シセルズは別れた後、後悔にさいなまれていた。下を向いてただまっすぐ自室に戻り、むしゃくしゃしながらベッドに飛び込む。まだ日は高いのに、さっきの喧嘩でものすごく疲れた。自身の手を見て、殴ってしまった感覚を思い出す。


 −−−−あいつの顔に一発入れるとか、いつぶりだろ……


 子供の頃に、確か一回やった気がする。小さいあいつを平手で殴り飛ばしたら、体ごとぶっ飛んでびびったな、なんて懐かしいことを思い出す。


「あーーー……俺、何やってんだろ……」






 気がついたら部屋は真っ暗になっていた。シセルズは後悔しながらベッドの上で眠ってしまったらしい。起き上がって、机の上のランプの形をした魔導人工物(アーティファクト)に光を灯す。暗い部屋に、ほんのり柔らかいあかりが灯った。

 せっかく休みの日なのに、こんな気持ちになるなんて。肩を掴んで、無理やり向かせたセフィライズの顔を思い出して。あんな酷い顔をさせてしまったと、胸が痛かった。


「酒でも飲むかぁ……」


 棚の上に置きっぱなしのグラスと酒瓶に手を伸ばす。ロックグラスを片手にその辺の窓を開けて、積もった雪を雑にグラスの中にいれた。

 雪国のお酒はアルコール度数が高い。じゃがいもを主原料に蒸留されたそれに、多種多様な香草で味付けがされている。氷酒と呼ばれ、他国に出荷もしている特産品だった。

 雪が入ったグラスに注ぐと、常温でもそれなりに冷たくなる。度数が高いから一気にはいかない、ちょっとずつ飲むのだ。元々アリスアイレス王国生まれの男達はショットグラスで一気飲みをするようだけれど、シセルズには厳しい。

 椅子に座り、外の雪景色を眺めようにも、今日も月明かり一つ無い吹雪だ。魔導人工物(アーティファクト)のほのかな光を眺めてグラスに口をつけた。


「兄さん、起きてる?」


 扉の向こうでセフィライズの声がして思わず酒をこぼしそうになった。返事をして扉を開けると、視線をそらしながらもそこにセフィライズが立っている。


「お前が俺を訪ねてくるとか、珍しいな」


「さっきは……ごめん」


 ちらりとも顔を見ていないし、かなり小さな声だったけれど、シセルズは精一杯の気持ちだろうと思った。こいつはこいつなりに、頑張ってここまで来たんだと。


「いや、俺も……ごめんな」


「じゃあ……それだけだから、おやすみ」


 謝るだけ謝って帰ろうとするセフィライズを、シセルズは左手を掴んで呼び止めた。その手に、もう包帯が巻かれてない事に気がついて、スノウと会った日に何があったのか、また少し見えた気がした。


「一緒に飲もうぜ、ちょうどさっき飲み出したところだから」


「……酒?」


 セフィライズがシセルズの自室を覗く。確かに机の上に氷酒とグラスが置かれていた。


「あんまり強くないけど……」


「いいって、付き合えよ」


 セフィライズの左手を引っ張り部屋の中へ引き込むと、すぐに扉を閉めた。彼は多少戸惑いつつも促されるままに椅子に座る。

 シセルズはグラスをもう一つ、先程と同じように外の雪を適当に詰めて持ってきた。


「氷酒しかねぇけどな」


「度数高いな」


「いけるだろ?」


「少しなら……」


 シセルズはセフィライズ用に持ってきたロックグラスに氷酒を注いでいやる。飲むのをためらわないように、さっさと自身のグラスを相手にものに当てて乾杯をした。


「飲めよ」


「わかってるよ……」


 気まずい。でも、呼び止めた。

 シセルズは次の言葉がでないままに氷酒を飲み干す。またすぐに二杯目を注いだ。


「大丈夫……?」


 シセルズの血行が良くなったのか、顔が赤くなる。それを見てセフィライズは少し心配した。


「明日、仕事だよね」


「あー、いいんじゃねぇ。別に、大丈夫っしょ」


 気まずさを酒で消すかのように飲んでしまった。しかも止まらない。ランプの灯りだけで、お互い近い距離にいるけれど表情はよく見えにくい。


「お前、スノウちゃんの事、どー思ってんの?」


 唐突な質問。セフィライズは少し考えた。どう、と言われても良くわからない。自然と会話はできる、他の人とは少し違う、一緒にいて苦ではない。しかし何故かと聞かれると、それはわからない。

 シセルズがこの質問をしたのは、スノウが多分、本人もまだ気がついてないだろうけれど。セフィライズの事を少し、いいや、だいぶ好きなんじゃないかと思っているからだった。練習場で会話した時や、実際のセフィライズを見る目、みたいなものでなんとなく感じる程度だったけれど。

 こんな偏屈で、根暗で、何考えてるかは……顔に出るからよくわかるけれど、そんな弟の事を気にする子が現れた事自体が恐ろしく貴重だと、シセルズは思った。だから彼女が、きっと何かを変えてくれる、起爆剤みたなものになってくれるのではないかと期待した。


「前向きで、真面目で。あと、少し頑固……」


「あはは、お前よく見てるな。当たってるんじゃね」


 スノウの話をするセフィライズは、薄暗くてよく見えなかったけれど、どこか優しい顔をしていた。


 いつか弟が誰か他人に心を許す日がくるなら、せめて最初ぐらいは、裏切られないほうがいい。白き大地の民というだけで、誰からも好奇の目で見られる。そして近付いてくる人間は、どこか裏があるのだ。

 だから、いつかの他人が、彼女なら安心できる。そう、思っていた。

 そして願わくば、人間味がなかった弟がゆっくりと、ひとつずつ、ろうそくの火を灯すように、心に光が宿っていって、やっとここまで来た。だから、シセルズでは教えられない伝えられない心を。

 

 人を愛するという最後のろうそくに、スノウが火を燈してくれる。そう、願って。



 シセルズは少しずつ氷酒を口にするセフィライズを横目で見た。柔らかな光に、肩にかかる銀髪が輝いてる。自分の髪の毛を触ってみて、色の違いをまた認識した。そして思わず、彼の髪に手を伸ばす。


「何……?」


「いや、俺も……ほんとはこんな色なんだなって……」


 この銀髪に、どれだけ苦しめられたかわからない。呪われた色。この国にきて、すぐに髪の色を変えた。話し合いで、一人はそのままで活動するのを躊躇うシセルズを察して、すぐにセフィライズが名乗りでた。まだ、六歳だった、当時の彼。

 その頃は、まだ兄弟らしいことなんてほとんどしたことがない。心のどこかで、全部こいつに押し付けてやればいいと思っていたのかもしれない。自分じゃないことにほっとして、ああよかったって、無責任に思った。


「ごめんな……」


 昔を思い出して、また謝ってしまった。セフィライズは苦笑しながら「さっき聞いたよ」って言うけれど。それじゃないんだって、言えなかった。












 


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