9.城内での日々編 昔話
シセルズは昨日何があったか何となく察しがついた。あーと、考える時にいつも出してしまう口癖のような言葉を吐く。
「スノウちゃん、今からちょっと、いい?」
シセルズは練習場にいる新兵達に、少しだけ外すことを伝えに行く。戻ってきた彼は、スノウの肩を軽く叩いた。
「ちょっと付き合ってよ。俺と昔話、しよっか!」
そう言って、スノウを室内庭園まで誘った。
今日が休みの人たちが、憩いの場を利用している。シセルズは人が少ない場所を選び芝生の上に座ると、スノウにも隣に座るように促す。草花が育つ気持ちのいい空気感は、はやり心が和んだ。
「悪いね、やっぱりこういう話は、明るいところでしないと」
シセルズは、懐かしむような顔で言葉を選ぶ。あまり、聞いて気持ちがいい話ではない。しかし、スノウになら、言える気がした。彼女の心の中にある気持ちに淡い期待を込めて、しかしこれを聞いて、たとえ拒絶を示したとしても。
「あいつと、俺の、昔話」
あいつはさぁ、小さい時から色々あって、生傷が絶えない子供だったんだよ。
でもどこか人間味がなくて、無表情でよくわからない奴だった。誰かがそれに包帯巻いてさぁ……なんか、子供の俺から見れば、いつも体中に白いもん巻き付けてるお化けに見えたわけよ
セフィが産まれたのは、俺が九歳の頃だったかな。ちょっと、色々あって……その、産まれたと同時に母親が亡くなってさ。父親と取り巻きが育てたんだけど……子供の俺からしてみれば、弟のせいで母親が死んだって思ったね。
弟なんていなかった。
父親に酷い目に遭わされてるのも知ってたけど、見て見ぬふりをした。今でこそくだらないことで笑いあってるけど、当時の俺たちは、全くの他人だった。
リヒテンベルク魔導帝国が攻めてきた時。俺は真っ先に逃げようとした。その時、俺は十五歳で、あいつは六歳。
火の手が迫る神殿で父親が、あいつを殺そうとしてんたんだよね。全部お前のせいだ。お前なんて作らなければよかったって。
その時、目があった。
なんか、よくわからないけど咄嗟に助けてたんだよ。父親を踏み倒して、あいつの手を引いて。ただひたすら走った。止まると殺されるから、必死に走った。六歳のあいつは走るの遅くて、何回も置いて行こうかと思ったよ。ここで手を離せば、俺だけでも助かるのにって。
何度目か立ち止まって、また手を引こうとしたらあいつ、動かないんだよ。だから、どうしたんだろうって思って見たら、なんかもうなんていうか。まるでここに存在していないかのような、人間じゃないっていうか。そんな顔してて。
生きている意味がないから、もう死にたいから。置いて行けって言ったんだよ。
その時にね、俺はいままで何をしてたんだろうって、頭殴られるぐらい衝撃だったの。だって、六歳のあいつは、手を握ったら、小さくて、持ち上げられるぐらい軽くて。
こんなこと言わせるぐらい追い詰めてたのかって。
その後、俺たちはすぐに人間扱いされなくなった。それは、どんな気持ちかなって。それを、あいつはずっと……味わってたのかなって。
見て見ぬふりして、ずっとほったらかしていたから、人間性みたいなものが、本当に育ってなかった。まるで生きてる人形と変わらない状態だったんだよ。
あいつがあんなに人と関わるのを避けるのも、本当のこと、言いたいこと、ちゃんと言わないのも。何もしてこなかった俺達が悪いわけよ。
でも、結局今となっては、俺があいつをどうにかしようと頑張っても、傷の舐め合いでしかないわけ。
何か、特別な他人が必要なわけよ。あいつの世界をぶち壊してくれるような。
「それを、スノウちゃんに期待しちゃってるんだよね」
話し終えたシセルズは、清々しそうな顔をしていた。心を砕いて、生きた人形のような弟を必死に人間にしてやりたくて、頑張ってきた。けれどどうしても、どうしても。兄だからこそ、教えられないものがある。血が繋がっているからこそ、変えてやれないものがある。それをずっと、変えてくれる誰かを。気が付かせてくれる誰かを。
未来を、見せてくれるような人を、ずっと。
「俺、しょうもないお兄ちゃんしてるでしょ」
そうやって笑うシセルズに、スノウはなんて声をかけていいかわからなかった。彼らしか経験してない過去の話を聞いて、まだ気持ちが追いついていない。
「セフィは多分、スノウちゃんの事が嫌いじゃないし、別に能力不足だとか、そういう事思ってないと思うんだよね。でも、もしスノウちゃんが今の話聞いて、思うところがあるなら。あいつの下からは降りた方がいいと思う」
関わらない方が幸せかもしれない。そういった意味合いを含んだ言葉。
臭いものには蓋を、面倒臭いことからは逃げて。それで、取り残された人は、どうなるのか。スノウは目を閉じて、自分の過去を振り返る。
仕事、彼はそれが仕事。それでも、暗闇の中に手を伸ばし、ここまで引き上げてくれたのは。紛れもない彼自身。選ぶことに怯えて、自由に怖がり。流されて、ただそこにいるだけのスノウの背を押してくれたのは、セフィライズの他にいない。
だから、
「今度は私が、セフィライズさんの背中を、押す側にまわりますね」
その回答に、シセルズはお兄ちゃんの顔をして笑った。