6.涙雨と救出編 水音
約束の明後日。多くの女性が乗せられた幌馬車は四台にもなった。各馬車に何人かの護衛が乗り込んでいる。
セフィライズは治癒術を使う少女が一番後方の幌馬車に乗せられるのを見て一緒に乗り込んだ。中には魔術師が一人、傭兵が二人いる。その傭兵二人は親しい間柄なのか、ずっと何か話しているようだ。
彼らに軽く会釈をして、セフィライズは一番端に座る。ちょうど荷台の縁に肘を置き、外がが覗ける場所だった。乗せられた人の中から金髪の少女を確認すると、目を閉じ静かに座っている。
一角獣と契約をした治癒の力が使える少女。本物か偽物かの確認がまだだ。セフィライズはどこかで治癒術を使っているところを見たいと思っていた。何か方法を考えなければいけない。そう考えている間に幌馬車は出発した。
ソレビアの街を出発し北へ上がる。セフィライズが数日前に下って来た道だ。途中休憩がてら数人の男が奴隷の女性を適当に選んで弄んでいたが、決して金髪の少女に声がかかる事はなかった。
吐き気がする程ありえない状況である。しかし、そんな事は最初からわかっていた。
この世界で奴隷制は一般的だ。けれどアリスアイレス王国だけは違う。二代も前の王が禁じて以来、城下町でもその姿を見ることはなくなっている。だから、これは完全に彼にとっての異様だが、世界の当たり前でもある。セフィライズは目を閉じ、全て感じないよう閉ざすしかなかった。
一回目の壁を、同じ幌馬車に乗っている魔術師が一人で開けていた。セフィライズはその姿を幌馬車の中から見て驚く。普通の人間がこれをできるとは思っていなかったからだ。
セフィライズは杖を大事そうに抱えて戻ってきた魔術師をよく観察した。おそらくその杖が、マナを増幅させる事ができる強大な魔導人工物なのだろう。
魔導人工物とは、マナが凝縮された魔鉱石を使い、目的に応じた能力を発する道具である。
セフィライズ以外の白き大地の民ですら、魔術が得意といえど壁を一人で開ける行為は非常に困難だ。かなりのマナ消耗する。魔導人工物があるとはいえ普通の人間がやったのだ。案の定、その男は座り込んだきり一切動かなくなってしまった。
雨が降り、鬱蒼とした森の中。車輪が岩と泥だらけの悪路に溜まる水を跳ね上げながらさらに進む。もうすぐコンゴッソ側の壁につくだろうといった頃、セフィライズは黙って外を眺めていた。
普段身を置かない環境で心が疲れていた。
自分以外の誰かが人として尊厳のある扱いを受けないというのはこんなにもしんどいものかと、彼は思う。
セフィライズは白き大地の民という生まれのせいもあり、長く人としての扱いを受けていなかった。元々、世界で最も広く信仰されているノルド教では、白き大地の民とは、世界樹が燃えた後の灰燼から生まれた存在とされている。異端の民族なのだ。
しかし今、彼にはアリスアイレス王国という後ろ盾が存在する。それに、自身の腕で何とかやっていける。だから、もう慣れたと言ってしまった方が早いかもしれない。
しかし今、ここにいる女性達は、後ろ盾もなく力があるわけではない。一方的に搾取されるだけなのだ。
ふと、心が疲れたせいかセフィライズの気が緩む。白き大地の民としての自身の姿を想像したからか、茶色に偽装した瞳が銀色にゆっくりと色が変わってしまった。
セフィライズは何気なく金髪の少女を見た。ゆっくりと顔を上げた少女とたまたま視線が合う。彼女が何だかとても驚いた表情をするものだから、セフィライズは慌てて視線を逸らした。
その直後に訪れる“惨劇”を、まだ誰も知らない。
馬車の揺れが、ふっと遠のいた。
雨の匂い。
崖の縁。
誰かの叫び。
そして、落ちていく感覚だけが、彼の意識に残った。世界が反転する。
――闇がすべてを呑み込み、時間が途切れた。
闇の底で、水音が響いている。




