表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/388

5.涙雨と救出編 少女




 指定されていた場所は廃墟に近い建物だった。中は薄暗く、入るなり嫌な匂いと猥雑な声が聞こえる。セフィライズは本当にいい仕事ではないと眉間に皺を寄せた。

 入り口すぐのところに、上半身裸体の筋骨隆々とした大男が立っていた。堀の深い眼球がじろりとセフィライズを睨んでいる。


「コンゴッソに貼られた求人を見た」


 大男は一瞬とても驚いた顔をして見せた。物好きもいたもんだという、吐き捨てるような言葉が返ってくる。こんな仕事を自ら進んで選ぶ人間なんて、借金があるか弱みを握られているか、どこか壊れている奴しかいない。というのは、働いている側の人間からしても共通認識のようだ。


「貧相な体で、よくここまで来れたな」


 愚弄する視線を向けられても、セフィライズは涼しい顔で受け流した。コンゴッソのギルド受付で貰った紹介状を男へと突き出す。男はぐしゃりとそれを握りつぶすように受け取ると、唾を吐いて歩き出した。


「あんた、金に困ってんのか。もっといい仕事紹介してやろうか」


「いや、いい」


「ならなんだ、いい女でも探してるのか?」


 今回の積み荷が性奴隷である事から、見た目がよく具合のいい女を探していると思ったようだ。

 その男はある扉の前でピタリと止まった。


「もう人も集まりそうにないしな。明後日にでも出発する予定だった。あんたで締め切りだ」


 薄笑いを浮かべながらゆっくり扉を開ける。そこは粗末な牢屋だった。鉄格子の向こう側、その中に何人かの女性が座らされている。音に反応した者もいるが、皆静かに座っていた。


「それまで適当な女選んで遊んでいってくれてもいいし、気に入れば買い取ってもらってもいいぞ。だがよ、その左端だけはダメだ」


 男があごで示した先に、小さな少女がぽつんと座っていた。ひざを立て、その上に顔をうずめているせいで、表情は見えない。けれど、その髪色。はっきりと目を引いた。

 淡い陽の光を含んだような、明るい金髪。髪は肩のあたりでふんわりとはねていて、呼吸に沿ってくせ毛がやわらかく揺れた。

 ほとんどの人々は、黒や茶色の髪をしている。天然の金髪、この世界ではとても特別な色だ。

 

「金髪は、珍しいな」


 思わず言葉が漏れた。セフィライズの知っている人間で、おそらく一番金に近い色と言えばギルバートだ。黄土色に近い茶髪。だが、まったく違う。とても美しい菜の花色。

 声に反応したのか、少女がゆっくりと顔を上げた。やわらかな輪郭に、ふっくらとした唇。本来なら愛らしい顔立ちなのだろうに、いまの彼女はとても疲れに満ちたひどい表情をしていた。

 彼女の瞳を見たとき、セフィライズは思わず息を飲んだ。澄みきった、深い碧色。まるで湖の底がそのまま光になったような、静かで美しい色。この世界では、瞳の色といえば濁った青や、くすんだ茶色がほとんど。セフィライズでさえ、こんな色は一度も見たことがない。

 金髪に、翠玉のような緑の瞳。それは愛と豊穣の女神フレイヤと同じ、きわめて美しい色の組み合わせだった。


 セフィライズがまじまじと彼女の髪を見ていたのに気が付いたのか、男は肩に軽く手をのせる。諦めろ、とでも言いたそうだった。


「髪の色、目の色。信じられないぐらいの上級品だ。でもな、何故か処女でないとダメなんだと」


「価値が、下がるからか?」


「ん、いや……」


 男はにたりと笑った。


「治癒術が使えるらしい」


 セフィライズは驚きを隠せないまま男を見た。その反応に上機嫌になったようで、喉の奥で何かがつっかえたような汚い笑い声を出している。

 実在した。

 探していたが、半信半疑ではあった。こんなにも早く、一角獣(ユニコーン)の乙女を探し出せるとは思っていなかったのだ。セフィライズはじっとその少女を見つめた。


 その瞬間、扉が荒い音を立てて開いた。セフィライズは視線をそちらへ向けると、入ってきたのは、またも体の大きな髭を生やした男だった。

 髭の男は、ひとりの女の腕をしっかりと掴み、まるで重い荷物を引きずるかのようにしている。女の服はボロボロで、あちこちに殴られた痕が見えた。床には、女の足から伝って流れた血の跡が、赤く残った。

 屈強な男は雑に鉄格子を開け、中にその女を放り投げる。他の女性たちは、驚きと恐怖にかられて一斉に奥へと退いた。けれど、牢の奥に座っていた金髪の少女だけは違った。少女は倒れ込んだ女のもとへ、迷うことなく駆け寄っていく。

 強い碧の瞳が、彼女からその男に向けられた。男は大声を上げ、威嚇するように鉄格子を殴りつけ揺らす。恐怖を押し殺した声が聞こえたが、金髪の少女はひるまずその男を見上げていた。


「チッ」


 彼女には手を出せない。わかっているからか、男は苛立ちを隠さず唾を吐き捨てその場を去っていった。

 セフィライズはその少女へと目を向ける。痣だらけで酷い状態の女性を抱きかかえ、耳元で声をかけているようだった。


「じゃあ、えっと……あんた名前なんだっけか? とりあえず上に空き部屋あるから、そこで明後日まで適当に過ごしてくれ」


 そういって、入口から案内をしてくれた男もその部屋から出た。一人残ったセフィライズは、しばらくその少女が治癒術を使うのではないかと見ていた。しかし、一向に気配がない。


「あの……」


 金髪の少女が、その珍しい鮮やかな碧の瞳でセフィライズを見上げた。セフィライズは声をかけられるとは思っておらず、少し間をあけてから声を出す。


「何か」


「その……ここから、出ていかないのですか?」


 少女の声は、小さくて静かだった。

 セフィライズは、その瞳に捕らわれた。少女の瞳は曇りひとつなく、真っすぐで。そこには消えない色が宿っているように思えた。

 恨みもなく、憎しみもない。ただ澄みきった光。


 しばらくして、少女のほうが気まずそうに視線をそらした。


「いえ、その……あの、何でもありません」


 このまま残ってどうするのか確認してもよかったが、セフィライズはため息をついて黙って背を向けるとその部屋を出た。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ