6.城内での日々編 諦め
「もう一度お願いします!」
スノウは声を張り上げて頭を下げる。熱意で示さないと、呆れられてしまう。本当は、役に立ちたい。彼の事が、嫌いじゃない。そう伝えたい。
「……続きは、兄さんのほうがいいと思う。普段、人に教えたりなんてしないから」
「大丈夫です。わたし頑張ります!」
スノウは目の前にいるのだから、なんとか引き留めたい気持ちに駆られる。今、彼が去ったら、会えなくなるのではと思った。もしかしたら、もう使えないって思われてしまったのかもしれないと、焦る。
仕事とはいえ、このアリスアイレス王国に来るまで、たくさんお世話になった。彼のおかげで今がある。恩返し、なんて安い言葉かもしれない。でも、力になりたいと思った。せっかく、彼の下に就いたのだから。精一杯何かしたいのだ。その気持ちを、想いを、伝えるのは今しかない。
しかし、セフィライズは彼女に背を向けた。
「戻る……」
それだけ言うと歩き出し、素早くマントを羽織りフードを被った。
スノウは目の前に大きな壁が見えた気がした。呼び止めようと思っても、もう声は届きそうになかった。
結局そのあと、うだうだと弟の文句を言いながらシセルズがスノウの相手をした。教え方は確かにシセルズの方が格段にうまい。動きはすぐに理解できたし、その日のうちに、受け流す方法を一つ覚えた。
「ごめんな、スノウちゃん。あーいう、ちょっと、暗いやつなの」
「大丈夫です。わたしがまだまだだから。もっと、頑張って色々できるようになります」
「健気だねぇ」
今日の授業の最後に、スノウは練習場の掃除を手伝う。去り際にシセルズに頭を下げた。
シセルズの方も、なんて声をかけていいのかわからない表情で彼女を見送った。
翌日、スノウは朝寝坊をしてしまった。目が覚めたら、もう昼に近い時間だ。彼女は慌てるも、今日がそもそも休みだった事を思い出して胸を撫で下ろす。またに食べる為に買っておいたお菓子を、腹ごしらえに食べた。
彼女はいつも休みになると、どうしていいかわからなかった。親しい友達といえる人は、数人できた。しかし毎回休みが合うわけでもない。今日は一人きり、どこに行こうかと考えた。
結局、いつものようにアリスアイレス城内にある庭園に行った。外は寒すぎて出る気にはならない。庭園は今日が休日の、城内で生活する従者や兵士が多く訪れていた。それぞれにゆったりとした時間を楽しんでいるようだ。
四ヶ月もすれば、彼女の髪色にコソコソと何か言うものもいなくなる。周りに溶け込めたかのように誰にも見られる事なく庭園を散歩できた。昼過ぎ、お菓子だけでは小腹が空く頃だ。
「あ、スノウちゃんじゃん」
呼び止められ振り返ると、室内庭園の芝生の上でくつろいでるシセルズがいた。一人でのんびり日向ぼっこをするように座っている。
「おは、えっと……こんにちは」
「はは、おはようスノウちゃん。さっき起きたの?」
「はい、寝坊して、慌てました」
そっかぁーと笑ってるシセルズは、なんだがいつもの元気がない。彼のそばまでくると、ひとつに縛られた髪の毛が短くなっていた。
「髪を切られたんですね」
「あ、これ? 収穫されちゃった。面倒臭いから、いつもくくれるぐらいは残してもらうようにしてるんだけどね」
シセルズは髪の毛を触って見せる。短くなった髪の下、左目の涙ぼくろに円が崩れたような黒いシミのようなものが目立つ。入れ墨、だろうか。
「それは、ホクロ? ですか?」
「あーこれ? あーーー、刻印? うーーーん、まぁそんなとこ」
シセルズは、左目の下の刻印に触れる。
あまり触れて欲しくなさそうな対応だったので、それ以上聞くのはやめた。彼が持ち上げた左腕、長袖の口から包帯が見え、手首の下から中に続いている。スノウは思わずその手に触れてしまった。
「見えた?」
またもシセルズはあまり聞かれたくなさそうに、うーん、だとか、あー、だとか声を上げる。スノウはその間に、自然とシセルズの隣に座った。
「……スノウちゃん、俺達ってさぁ……やっぱ、家畜と変わんないのかなぁ」
「え?」
「なーんて。いや、ごめん忘れて」
無理して笑ってる。スノウからは、そんな顔に見えた。何かあったのだろうと察したが、それ以上は聞いてはいけない気がする。昨日セフィライズに感じた壁みたいなものを、シセルズにも感じてしまった。
彼は隣に座ったスノウに、昼ごはんに持ってきたパンを一つ渡す。彼女がそれを感謝を伝えつつ受け取って食べているのを眺めつつ、その横で芝生の上に寝転がった。
「あーー外は吹雪なんて思えないぐらい平和だよなぁ」
天井に映るのは魔導人工物の力で彩られた偽物の空。風はないが、まるで外にいるような気持ちにさせてくれる。しばらく黙ったまま並んでいた。彼女も頂いたパンを食べきり、あたりの草木に目をやりながらただ座っているだけの時間。それもとても落ち着くもの。
「あいつ、どーしてっかなぁ」
ポツリとシセルズが呟いた。あいつ、はきっと、彼の弟のこと。
シセルズは寝転がった状態から、体の反動を使ってそのまま立ち上がる。体軽く叩いてからスノウの方へ振り返った。
「あいつ、多いから、毎回どうしてんのかなぁって」
「多い?」
「んー……そうだ、ちょっと見てきてよ。あいつの家? 住んでるとこ教えるから」
シセルズはスノウをけしかけて、不機嫌な表情をする自身の弟の顔を思い浮かべるだけで面白いなと笑ってしまう。その悪い笑顔に、スノウは首をかしげた。
「俺が見てきてって、言ったって言えば大丈夫だって」
悪い顔のまま、スノウの耳元で彼の居場所を囁いた。
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