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1.城内での日々編 穢れ


 アリスアイレス王国はヨトゥンの寒冷期に入っていた。吹雪に霞む城の影。日中も太陽光は雪で大部分が遮られてしまう。忙しなく除雪が行われるも、しかしすぐに降り積もる。魔術も魔導人工物(アーティファクト)も追いつかない程だ。

 しかし、アリスアイレス王国が作る魔導人工物(アーティファクト)の力で城内はとても暖かかった。

 セフィライズは執務室の大窓をカーテンで閉じようと立ち上がった。外の冷気が中に伝わり、背中が冷たいと感じたからだ。金糸で編まれたロープを引くと、アリスアイレス王国のメインカラーである赤いベルベッドの布がさっと落ちてくる。猛吹雪で視界が悪い外だが、遮られてしまうと部屋が急に狭くなるように感じた。

 セフィライズはその窮屈な雰囲気が嫌いだった。眉間に皺を寄せながら再び椅子に座ると同時に、白い扉がノックされた。返事をする前に、扉を開けたのは彼の兄、シセルズ。


「よぉ」


 いつもより真剣な表情をしながら軽く手を上げながら入ってくる。セフィライズの元までやってくると、デスクの上へ雑に資料を置いた。


「今日で二十人目だ」


 最近、アリスアイレス王国では奇怪な死亡事件が発生していた。突然もがき苦しみ、数時間後には死に至る。最初は心臓発作か何かだと思われたそれだが、ここ数日に集中して報告されており、明らかにおかしい。

 死体は四肢の先が黒く変色している。それはアリスアイレス王国第一王子であるカイウスも患ったフレスヴェルグの病にとても似ていた。


「……兄さんは、どう思う?」


 これが、フレスヴェルグの病と無関係かどうか。という意味を含めた発言。シセルズは言葉足らずなセフィライズに慣れているせいか、すぐに含まれた意図を理解した。


「フレスヴェルグの病とは無関係だろうな。あれは衰弱していく。こっちはあっという間に苦しんでそのまんま死んでしまうから」


「原因は一緒だと……思う?」


 またもセフィライズは明確な言葉を発しなかった。これはフレスヴェルグの病を治せる少女がいる、と言ってきた兄だからこそ、すぐ理解できると思ったからだ。

 原因不明の奇病であるフレスヴェルグの病。だが、シセルズは勘付いているのだ。その原因が、マナの穢れである事を。そして一角獣(ユニコーン)の乙女ならば、浄化の力を用いてカイウス王子の体内にある穢れを全て清める事ができる。そう思ったから、スノウの情報を持ってきたはず。


「セフィは、穢れだと思っている。って意味だよな。それは」


 二人の間ではっきりと、フレスヴェルグの病の原因について話した事はない。ただお互いになんとなく察しあっていただけだ。

 セフィライズはシセルズに頷いて見せた。それを見て、シセルズもまた深く考えるように手を顎にあてる。


 マナの穢れ。目に見えないそれは避けることができない。かつてあった世界樹は、それらを浄化し新たに世界へと排出していた。


「今日亡くなった奴の死体は、まだ霊安室にある。もし穢れが原因だとしたら、スノウちゃんなら浄化できるんじゃないのか」


「それは、死体に治癒術をかけるという事?」


「四肢の黒変が取れるかもしれないだろ」


 スノウがカイウスに治癒術を使った時、王子の四肢の黒変はきれいに無くなった。おそらく彼女が体内のマナを浄化したからだ。シセルズは死体から黒変が消えれば、それはマナの穢れが原因であるという証拠にならないかと思った。


「それは……反対する」


「どうして」


「彼女に、あまり死体を見せたくはない」


 シセルズは何の気遣いかと驚いた。


「セフィ、これは仕事だろ。フレスヴェルグの病に今回の件。一緒なら取り除けるのはスノウちゃんしかいない」


「仕事だとしたら、なおさら許可できない。彼女の上司は……今は、俺だから」


 セフィライズは詰まりながら言葉を吐いた。今はという言葉が、なぜだか強調されているよう聞こえる。


「死んだ人は生き返らない。死体に治癒術をかけたところで戻ってこないのなら、意味はあまり、ないと思う」


 セフィライズはスノウが死に対して敏感な事を理解していた。癒しの神エイルへの信仰心を考えれば、容易に想像がつく。死体を彼女が見たらどう思うだろうか。助けられなかった罪悪感に苛まれたりしないだろうか。そんな心配をしていた。


「それに、原因がマナの穢れだとして……それを根本から取り除く手段はない」


 セフィライズは話しながら無意識に自身の胸に手を当てていた。辛そうな表情をしているのに気が付いたシセルズが、深いため息を吐く。


「……お前が何を守ってるかわかんねーけど……今回の件はわかった」


 消失していくマナ。目に見えない穢れ。

 かつてあった世界樹はその穢れを浄化し、新たなマナを世界中に満ちさせていた。


 それはもう、この世界にはない。







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