53.王国の第一王子編 未来
スノウは朝、よくわからないまま目を覚ました。体が非常に重い。昨日何があったか、ぼんやりとしか思い出せなかった。しかし、セフィライズに対してとんでもなく失礼な態度で逃げたことだけは、鮮明に思い出された。
レンブラントは部屋の中までは入ってこない。一人きりの室内でどこにも行く気が起きず、外の景色をただ茫然と眺めるだけで時間がすぎていく。
しばらくして、従者が部屋を訪ねてきた。命令や指示を伝える係の者だ。
「カイウス殿下がお呼びです。共にお越しください」
その言葉を聞いて、スノウは深々と頭を下げた。かしこまりましたと返事をする。何の話なのか、スノウには容易に想像できた。自ら言い出したこと、この国で雇ってもらうこと。まだ返事をもらっていなかったからだ。
このアリスアイレス王国で働きたい、だなんて。我ながら突拍子もないことを言ったかもしれないとスノウは焦る。しかし、もう後には戻れない。
伝達係の案内でカイウスの部屋に到着する。後ろにはしっかりレンブラントもついてきていた。
「失礼致します」
開けられた扉。部屋の中にいたのは、セフィライズとベッドの上にいるカイウスだけだった。予想より少ない人数に、スノウは安堵する。しかし、先日の出来事のせいで、スノウはセフィライズを直視することができなかった。ただ部屋の空気が異様に重たいのだけは理解できた。
「やぁ、君がスノウさんか」
ベッドの上で体を起こしているカイウスは痩せているも、血色も良く非常に体調が良さそうだった。死にかけていた姿を見たのが最後だっただけに、スノウは心からよかったと思う。
「リシテアから話は聞いている。今日はその為に君を呼んだ」
スノウはカイウスに招かれるままベッドのそばへ。膝をつき、頭を下げた。
「はい、あの……大変、失礼な事をお願いしてしまって……申し訳ありません」
「いや、本当に驚いた。父上から聞いた話と一緒だったから」
カイウスが視線をセフィライズへ向ける。彼は軽く頭を下げた。
「ぜひ君を採用したいと思っていてね」
スノウの意見が、全面的に認められた瞬間、心から安心した。彼女のほっとした表情に、カイウスが笑う。
「所属は、セフィライズの下につけることにした」
それを聞いて、驚いたのはスノウだけではなかった。セフィライズはまるで立会人か傍観者ぐらいの気持ちでそこに居たのだろう。目を見開き、カイウスの方へと歩み寄る。
「カイウス様、理由を聞かせて頂けますか。彼女の能力を考えれば、医療関係に所属させるのが一番かと思いますが」
「セフィライズの報告を聞いた結果だ。お前が適切に彼女の能力を管理しなさい」
「しかし……」
セフィライズの表情が歪む。カイウスはそれにまた笑った。
「確かに、お前に中隊を預けた時は悲惨だったな。シセルズはうまくやるのに。しかし、お前も部下の一人ぐらい面倒を見れなくてどうする。それに、セフィライズに死なれては困る」
カイウスは、スノウならあるいはいけるかもしれないと思った。
言葉足らずで、不器用で、人との関わりにどこか一線を引いている。円滑な奸計が築けないからか、セフィライズに部下をつけてもすぐ辞めてしまうのだ。
それに、いざという時には治癒術で命だけでも助けてもらいたいと考えていた。彼は妙に無茶をする癖がある。死地に飛び込み、怪我をすることもいとわない。誰かが傷つく事を恐れているのか。どうも、己を軽んじた行動が目立つのだ。
スノウの能力の度合いなどを総合的に考え、そして何よりセフィライズの、彼女の事を語る表情でカイウスは決めた。
セフィライズからはまだ何も発せられず、言葉を選んでいるようにも見える。カイウスはため息をついた。真剣な表情で再び声をかける。
「……セフィライズ、前から聞きたかったのだが、何故そこまで敬遠する。普段のお前の行動も、何もかも。私から見れば、死に急いでるようにも見える」
その言葉に、セフィライズが酷く傷ついた顔をしたのを、スノウは見逃さなかった。
「かしこまりました……すみません、先に、失礼します」
深々と頭を下げ、セフィライズは部屋を早々に出てしまう。その後ろ姿にカイウスは笑うしかなかった。咄嗟にスノウは立ち上がり、頭を下げてセフィライズのあとを追おうとする。
「スノウさん、ちょっと扱いにくいやつだけど、頼むよ」
カイウスの言葉に、スノウは少し戸惑いながら「はい」と返事をした。
部屋から出ていく彼女をレンブラントが追おうとする。すかさずそれをカイウスが止めた。
「少しいじめすぎたかな」
《世界の中心》の事、白き大地の民のこと、彼自身のこと。今日ははっきりと言葉にしすぎたと、カイウスは反省した。
セフィライズはいつもより早足で、カイウスの部屋を後にする。
胸の中を抉られた気がして、居た堪れなくなった。死に急いでいるわけではない。ただ、漠然と、諦めているだけだ。それをはっきり、見透かされている。
「セフィライズさん!」
スノウが小走り出追いかけてくる。呼び止める声に立ち止まるも、彼は振り向かなかった。
「あの、セフィライズさん。わたし……」
振り返らない彼と距離をとってスノウは止まる。伝えようと思った言葉が、途中で消えてしまった。しばしの沈黙の後、彼がゆっくりとスノウを見る。その目は、いつも見る物悲しそうな、寂しそうな、辛そうな、そんな色。
だから、できるだけ明るく。できるだけはっきり、スノウは真っ直ぐに、手を伸ばして言った。
「これから、よろしくお願いします」
スノウの伸ばす手を見つめる。
不思議と氷が溶けるような、そんな温かさが彼女の笑顔にはある。何か、心に絡まるものを取り除いてくれるような。
「……ああ、よろしく。スノウ」
セフィライズが戸惑いながらその手を握り返す。彼の言葉に、スノウは太陽のように暖かい、今までで一番の笑顔で答えた。
一章 白亜の残滓 完
以下いつもより長いあとがき。
興味ない方は飛ばしてください。
白の魔術師と癒やしの力を持つ少女
1章 白亜の残滓 を最後まで読んでくださった皆様に心から、感謝を申し上げます。
また、ブックマーク、評価、感想、いいねなどひと手間かけて、応援をしてくださった皆様にも重ねてお礼申し上げます。
荒削りな最初の更新時の内容で読んでくださっていた数少ない読者の皆様に支えられ
ここまで来ることができました。
随時推敲をしておりますが、まだまだお見苦しい状態の本作品を楽しんで頂けた事、大変うれしく思っています。
現状最後までプロットは完成しております。必ずエンディングまで持っていきたいと思っております。
さて、ここからは1章に関しての振り返りとなります。
興味のない方は読み飛ばして頂きますよう、お願い申し上げます。
私が1章で描きたかったものは
ヒロインの、選べない状況の中で流れるように選ばす生きるという選択肢を無意識に取り続けていたのを
自由という無限に広がる可能性から、ひとつ選び取る決意をする。というものです。
自由とは、本当に恐ろしいと感じる瞬間があるんです。
敷かれたレールを移動するだけが、結局は楽に生きていける。
しかし自分で選び取ることは、自分で責任を持つということ。
私の中で主人公はセフィライズですが、一章の中での主人公はスノウだったかもしれません。
また今後も、ヒロインであるスノウから見た三人称が多くなるでしょう。
今後ですが、ぜひ彼の秘密についても考察しながら読んで頂けると、嬉しいです。
セフィライズの秘密に関する答え合わせは、予定通りなら4章で直接的表現のない答えが、5章で本人から答えを示す予定です。
全部で6章で完結する予定(あくまで予定)ですので、今後もお付き合い頂けましたら、大変うれしく思います。
2章が始まる前に、短い一人称の外伝を挟みます。
ここまで読んで下さった、皆々様に、再び心より感謝申し上げます。
いいね、評価、感想、ブックマークは本当にやる気につながりました。
重ね重ね、ひと手間ふた手間かけて下さった方々に、お礼申し上げます。




